3、勇者の価値
レグナス王国・王城グランセイル。
謁見の間は、張り詰めた静寂に包まれていた。
高窓から差す白光。
磨き抜かれた大理石の床。
赤い絨毯の先、玉座に座すのはこの国の頂点。
壮年の王は、豪奢ではなく“重厚”という言葉が似合った。
積み重ねた決断の数だけ刻まれた皺。
揺るがぬ視線。
その左右を固めるのは、王国中枢の重鎮たち。
軍務卿。
財務卿。
宮廷魔導師団長。
そして——王立記録院の記録官たち。
視線が集まる。
歓迎ではない。
評価。査定。選別。
勇者という“戦略資源”の値踏みだった。
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「面を上げよ」
王の声は低く、よく通った。
顔を上げる。
視線が交わる。
逃げ場はない。
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「まずは礼を述べよう」
王はゆっくりと言葉を選ぶ。
「私はレグナス国王・アルヴェイン三世と申す」
この国の名前はレグナスと言うらしい。
言葉が連なる。
「召喚直後の混乱において、
そなたは魔族の急襲を退け、多くの命を救った」
ざわめきが広がる。
事実だ。
だが胸に残るのは達成感ではない。
“当然そう動けた”という、説明不能の感覚。
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「勇者よ」
王の視線が鋭くなる。
「そなたは、戦えるか」
能力の有無ではない。
覚悟の所在を問う声。
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戦えるか。
戦いたいか、ではない。
勝てるか、でもない。
“国家の剣となれるか”。
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夢の残像がよぎる。
燃える空。
崩れる城壁。
終わらない戦場。
何度も繰り返し見た光景。
そして——
身体の奥に沈んでいる、戦いの感覚。
「……分かりません」
本音だった。
謁見の間がわずかに揺れる。
「俺は、誰かを守りたい」
言葉を探す。
「でも、戦うことが正しいのかは……まだ分からない」
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軍務卿が眉をひそめる。
「勇者でありながら、覚悟が定まらぬと?」
空気が冷える。
だが王は手で制した。
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「よい」
短く、断定的な声。
「力とは、振るう理由を持つ者のものである」
王は静かに続ける。
「理由なき刃は、いずれ向きを誤る」
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意外だった。
英雄像を押し付けられると思っていた。
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「ゆえに猶予を与える」
「レグナス王国を見よ。民を見よ」
「そなた自身の目で、戦う意味を選べ」
命令ではない。
委ねる言葉。
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だが現実は甘くない。
「ただし」
王の声が沈む。
「魔族は待たぬ」
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平和を選ぶ時間はあっても、
争いは止まらない。
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宮廷魔導師団長が一歩進み出る。
「勇者殿には王城内・保護指定区画に滞在していただく」
「能力測定、基礎訓練、情勢講義を順次実施」
整った措置。
だが本質は違う。
管理。監視。確保。
勇者は“国家資産”だ。
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謁見が終わる。
重圧から解放され、長く息を吐く。
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退出の回廊。
隣に並んだのは、王立記録院の記録官レオン。
若いが、目の奥は冷静だ。
「……陛下は現実主義者です」
前を向いたまま言う。
「理想だけでは国は守れない」
「ですが、理想を捨てた王に人は従わない」
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「あなたを“道具”にしない」
「それが、あの方の政治判断です」
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回廊の窓から王都グランセイルが見える。
整然と並ぶ街路。
立ち上る生活の煙。
行き交う人々の営み。
守るべき景色。
そう思った瞬間——
胸の奥に、別の感覚が混じる。
(……この光景を、俺は知っている?)
初めて見るはずの王都。
なのに懐かしさが刺さる。
既視感。
夢と現実の境界が、滲む。
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夜。
再び夢を見る。
同じ戦場。
同じ終末の空。
だが今夜は違った。
遠い高台。
誰かがこちらを見下ろしている。
顔は見えない。
ただ理解する。
観測されている。




