17.群れの王
ブラックウルフが跳んだ。
巨大な体。
三メートル近い黒い影が霧を裂く。
その牙は人の腕ほどもある。
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「勇者!!」
リナの声。
だが距離が遠い。
間に合わない。
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勇者はただ立っていた。
(速い)
そう思った瞬間。
体が自然に動いた。
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横に半歩。
ほんのわずかな回避。
ブラックウルフの牙が
勇者の肩のすぐ横をかすめる。
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「……え?」
リナが目を見開く。
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ブラックウルフはそのまま地面に着地。
すぐに振り向く。
目が赤く光る。
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勇者は落ち着いていた。
(今の…)
自分でも不思議だった。
(見えた)
動きが。
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ブラックウルフが再び低く唸る。
「グルルル…」
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ダグが前に出る。
「勇者、下がれ!」
盾を構える。
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だが
勇者は言う。
「いや」
小さく。
「俺やる」
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リナが驚く。
「は?」
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勇者は落ちていた剣を拾う。
グレイウルフを倒した騎士の剣。
普通の鉄剣。
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ブラックウルフが地面を蹴る。
再び突進。
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速い。
さっきより速い。
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だが
勇者の目には
動きが読めていた。
(来る)
左から。
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剣を振る。
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ガキン!!
金属音。
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ブラックウルフの牙を
剣で弾いた。
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「なっ!?」
リナが声を上げる。
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勇者はそのまま
体を回転させる。
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剣が横に走る。
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ザンッ
ブラックウルフの肩が裂ける。
血が飛ぶ。
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「ギャアア!!」
獣の咆哮。
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ダグが呟く。
「信じられん…」
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ブラックウルフは後ろに跳ぶ。
だが目は怒りで燃えている。
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勇者は剣を構える。
少しだけ笑う。
「やっぱり」
「動きが見える」
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ブラックウルフが再び跳ぶ。
今度は真正面。
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勇者も踏み込む。
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剣が振り下ろされる。
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ブラックウルフの爪。
勇者の剣。
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ぶつかる直前。
勇者の体が
ほんの少しだけ
位置を変えた。
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結果。
ブラックウルフの爪は空を切る。
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そして
勇者の剣が
喉を切り裂いた。
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ザシュッ
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ブラックウルフの体が崩れる。
ズン
と重い音。
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森が静かになる。
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リナ
「……」
口が開いたまま。
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ダグ
「……」
無言。
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エミリア
「ええええ…」
小さく悲鳴。
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勇者は剣を見ている。
「倒せた…?」
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リナが大きく息を吐く。
「いやいやいや」
頭を掻く。
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「初戦でブラックウルフ倒す勇者なんて」
「聞いたことねえぞ」
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ダグが言う。
「しかも一人で…」
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エミリアが勇者を見る。
「勇者様って…」
少し震える声。
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「もしかしてすごい人なんですか?」
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勇者は苦笑いする。
「いや」
「自分でもよく分からない」
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その時。
森の奥。
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まだ霧が揺れていた。
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ダグが言う。
「とりあえず王都に戻る」
「報告が必要だ」
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だが
誰も気づいていない。
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森のさらに奥。
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黒い影が
その戦いを見ていた。
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低い声。
「……面白い」
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その存在は
静かに霧の中へ消えた。
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同時刻。
灰境の旅団。
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焚き火の前。
リゼリアが目を閉じていた。
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「どうだ?」
ヴァルが聞く。
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リゼリアはゆっくり目を開ける。
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「また変わった」
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グロムが笑う。
「未来か?」
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リゼリア
「ええ」
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少しだけ困った顔。
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「さっきまで」
「勇者は死んでいた」
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アルドが肉を焼く手を止める。
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「ほう」
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リゼリア
「でも」
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小さく呟く。
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「今は生きている」
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焚き火の火が揺れる。
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アルドが笑う。
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「やっぱり」
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「面倒な予感しかしないな」
⸻
続く。




