16.黒霧森
王都レグナス北方。
黒霧森。
その名の通り、森は常に薄い霧に包まれている。
昼だというのに、光は弱い。
湿った空気。
木々の影。
どこか――静かすぎる。
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「……静かだな」
先頭を歩くのは
リナ=フェルド
片手で剣を肩に担ぎながら森を見渡す。
軽い口調だが、目は鋭い。
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後ろから低い声。
「警戒しろ」
巨大な盾を背負った男。
ダグ=マルド
足取りは重いが、動きは無駄がない。
完全に戦場慣れした騎士だ。
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最後尾。
ローブの少女。
エミリア
杖を両手で握りながら小声で言う。
「魔力反応……少しあります」
不安そうな声。
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その中央。
勇者は森を見回していた。
「思ったより普通の森だな…」
素直な感想。
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リナが笑う。
「最初はな」
そして次の瞬間。
ピタッ
彼女の足が止まる。
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「……来る」
小さく呟く。
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ダグが盾を構える。
「エミリア」
「はい!」
少女が杖を構える。
魔力が集まる。
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勇者はまだ何も見えない。
だが
リナの視線の先。
草むらが
ガサッ
と揺れた。
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そして現れた。
灰色の毛。
鋭い牙。
赤い目。
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「グレイウルフか」
リナが言う。
だが
その数。
一匹じゃない。
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二匹。
三匹。
五匹。
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ダグが低く言う。
「群れだ」
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ウルフの一匹が唸る。
「ガルルルル…」
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リナが剣を抜く。
「勇者」
ちらっと見る。
「後ろで見てろ」
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次の瞬間。
ウルフが跳んだ。
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速い。
だが
リナは動じない。
一歩踏み込む。
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剣が閃く。
ザンッ
一匹の首が落ちる。
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「一匹!」
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ダグの盾に
ドンッ!!
ウルフが体当たりする。
だが
盾は動かない。
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「エミリア!」
「はい!」
少女が杖を振る。
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「ファイア!」
火球が飛ぶ。
ドン!!
ウルフが吹き飛ぶ。
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戦いは一瞬だった。
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残り二匹。
しかし
その時。
勇者の目に入る。
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木の影。
さらに三匹。
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(挟まれる)
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考えるより先に体が動いた。
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勇者は落ちていた枝を拾う。
ただの木の枝。
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そして
突っ込んできたウルフに向かって振る。
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バキッ
ウルフの顎が砕けた。
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「……え?」
リナが振り向く。
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勇者はもう一匹を蹴り飛ばす。
ドンッ
木に叩きつけられるウルフ。
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一瞬。
全員が止まる。
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ダグが呟く。
「……今の」
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リナが笑う。
「おいおい」
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勇者は枝を見ている。
「え?」
「なんか…」
「思ったより弱くない?」
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エミリアが驚いた顔。
「グレイウルフって…普通の兵士でも危ないんですけど…」
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その時。
森の奥。
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ズン
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地面が揺れた。
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ダグの顔が変わる。
「……なんだ?」
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エミリアが青ざめる。
「大きい魔力反応…!」
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霧の奥。
巨大な影が動く。
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リナが剣を構える。
「おい」
「これは聞いてないぞ」
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霧の中から現れた。
三メートル近い体。
黒い毛。
巨大な牙。
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ブラックウルフ
群れの王。
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ダグが低く言う。
「撤退も視野だ」
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だが
ブラックウルフの目は
勇者を見ていた。
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唸り声。
低い。
重い。
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勇者は小さく息を吐く。
「……でかいな」
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その時。
遠く離れた場所。
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灰境の旅団。
焚き火の前。
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リゼリアの目が細くなる。
「……あ」
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ヴァルが聞く。
「何か?」
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リゼリア
「未来が」
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少しだけ驚いた声。
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「変わった」
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アルドは肉を焼きながら言う。
「もうか?」
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リゼリア
「ええ」
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「ありえない速さで」
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森の中。
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ブラックウルフが
勇者に飛びかかった。
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次の瞬間。
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(続く)




