2.保護という囲い
王城の回廊は、異様なほど静かだった。
赤い絨毯。磨き抜かれた白壁。
等間隔に並ぶ燭台の炎が、揺れもせず灯っている。
その中心を、護衛の騎士に挟まれながら歩く。
“保護”。
そう説明はされた。
だが、隊列の配置はどう見ても——監視だ。
(まあ、当然か)
突然現れた“勇者”。
召喚直後に魔族を退けた正体不明の存在。
国にとって都合が良くても、
素性の知れない力は脅威にもなる。
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通されたのは、王城内の一室。
豪奢だが、窓は高く、出入口は一つ。
逃がさない構造。
「失礼いたします」
入室してきたのは、若い文官風の男だった。
武装はない。だが目が鋭い。
「王国記録院所属、記録官のレオンと申します」
丁寧な一礼。
手には分厚い記録帳と魔導筆。
「勇者様の安全確保と、状況整理のための聞き取りを」
柔らかい口調。
だが“情報を一字一句逃さない”職業の目だ。
⸻
「まず確認です。お名前は?」
名前。
喉まで出かかった言葉が、詰まる。
(……あれ?)
思い出せる。
年齢も、住んでいた街も。
なのに——名前だけが、霧の向こうだ。
「……思い出せない」
レオンの筆が止まる。
「記憶障害、あるいは召喚干渉の可能性」
小さく呟き、すぐに微笑へ戻す。
「問題ありません。事例は存在します」
微笑みに違和感を感じる。
事例。
つまり前例がある。
勇者召喚は、初めてじゃない。
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質問は淡々と続いた。
どこから来たのか。
最後に覚えている光景。
身体の異常。
魔族との戦闘感覚。
「戦いは……初めてのはずだ」
それは事実だ。
武器なんて握ったこともない。
だが——
「体が、知っていた」
レオンの視線がわずかに鋭くなる。
「知っていた、とは?」
「間合いも、死角も、動きの癖も。
考える前に、最適な動きをしてた」
夢の残響みたいだった。
経験していないはずの記憶。
「まるで、何度も戦場に立ったことがあるみたいに」
⸻
その夜、夢を見る。
燃える空。
崩れた城壁。
血と鉄の匂い。
剣を振るう自分。
知らないはずの傷。
知らないはずの仲間。
繰り返される光景。
終わる直前、必ず同じ場所で目が覚める。
巨大な光の輪。
空に刻まれた、見覚えのない紋章。
(……また、この夢か)
胸の奥がざわつく。
懐かしいのに、思い出してはいけない感覚。
⸻
翌朝。
窓辺に立つ。
王都が一望できる高所。
平和な光景。
行き交う人々。
煙突から昇る朝の煙。
この世界は、本当に現実なのか。
夢の戦場の方が、よほど“実感”があった。
⸻
扉がノックされる。
「勇者様、謁見の準備が整いました」
王が呼んでいる。
世界は休ませてはくれないようだ。
国の意思。
勇者の役目。
そして——戦いの理由。
まだ何も知らないまま、
運命だけが先に進んでいく。




