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異世界録  作者: 世界記録端末


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19/26

side 勇者

王都グランディア北西の森。


夜が落ちる直前。


薄い霧が木々の間を漂っていた。



森の奥。


倒れた魔物の死体。


そして——


一本の大木の枝の上に、人影があった。



静かに腰を下ろし、

王都の方向を見つめている。



青年。


年齢は二十歳前後。


黒髪。


淡い光を帯びた瞳。



彼の胸元には、紋章が浮かんでいた。


薄く、しかし確かな輝き。



勇者紋。



だが。


王国に伝わるものとは微妙に形が違う。



青年はため息をつく。


小さく、疲れたように。



「……やっぱりな」



視線の先。


森の手前。


さきほど戦っていた“もう一人の勇者”。



素手で魔物を倒した青年。



彼の戦いを、

ずっと見ていた。



「勇者じゃない」



断言。



声に敵意はない。


ただ、事実を確認しただけの響き。



「でも……」


青年は額を押さえる。



「完全な一般人でもない」



思い出す。


あの動き。


あの判断速度。



魔物の攻撃を読む反応。


急所を狙う正確さ。



あれは。



戦場で生き延びた人間の動き。



(なのに)



彼の体からは

“勇者の因子”が感じられなかった。



勇者なら分かる。


同じ存在は感知できる。



だが。



あの青年から感じたのは、


勇者の力ではなく——



「……記録?」



青年は首を傾げる。



変な感覚だった。



魔力でもない。


祝福でもない。



もっと別のもの。



世界に“刻まれた何か”の残滓。



(ありえない)



そんな力は聞いたことがない。



青年は空を見る。


雲の流れ。


魔力の流れ。



そして。


世界の歪み。



「……この時代、もう始まってるのか」



低い呟き。



彼はゆっくり立ち上がる。



枝から飛び降りる。


着地音すらほとんどない。



歩きながら考える。



勇者召喚。


世界歪曲。


二重観測。



そして。


あの青年。



「予定にない」



眉がわずかに寄る。



青年は感情を大きく表に出さない。


だが今、明らかに困っていた。



「めんどくさいな」



本音。



英雄らしくない言葉。



彼は戦いを嫌っている。



だが。



「放置はできない」



それもまた事実。



彼は勇者だ。



選ばれたからではない。


望んだからでもない。



ただ。



“そうなってしまった”。



青年は小さく笑う。



「俺もついてないな」



その笑いには、


少しだけ自嘲が混じっていた。



遠く。


王都の光が揺れる。



「とりあえず」



彼は歩き出す。



「王都に入るか」



そして足を止める。



ふと。


さっきの戦闘を思い出す。



魔物の動き。


青年の反応。



あの瞬間。



彼は確かに聞いた。



“声”。



自分の声。



(……いや)



違う。



彼は確かに何も言っていない。



なのに。



あの青年は動いた。



自分の考えと同じタイミングで。



完全に一致する動き。



まるで。



「……同期?」



言葉が口から出る。



そして、すぐに否定する。



「そんなわけない」



そんな現象はありえない。



勇者の思考が

別人に伝わるなんて。



もし本当なら。



それは勇者の力ではない。



もっと別の。



「……世界側の力か?」



沈黙。



青年は森を振り返る。



もう一人の青年がいる方向。



「……まあいい」



彼は肩をすくめる。



「敵じゃなさそうだし」



そして、ぼそりと言う。



「むしろ」



「巻き込まれてるのは、あっちか」



風が吹く。



その時。


彼の胸元の紋章が微かに光る。



“勇者の証”。



そして。


ほんの一瞬。


紋章の奥に別の紋様が浮かぶ。



古い。


古すぎる紋章。



それは勇者紋ではない。



もっと古い。



世界がまだ若かった頃の、


原初の紋。



だが。


青年はそれに気づかない。



夜の森を歩きながら、

彼は小さく呟く。



「名前、聞き忘れたな」



ほんの少しだけ。


残念そうに。



「……まあ、いいか」



「どうせまた会う」



なぜなら。



世界の歪みはまだ広がっている。



そして。



“二人の勇者”は、


必ず同じ場所へ辿り着く。



それが。


この世界の流れだから。



(続く)


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