14.体が覚えている
王都グランディア。
朝。
医療区画の窓から差し込む光が、静かに部屋を照らしていた。
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青年は目を覚ます。
天井。
白い布。
薬草の匂い。
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「……また生きてる」
思わず漏れた言葉。
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体を起こすと、すぐに激しい頭痛が走る。
「っ……!」
視界が揺れる。
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昨夜の戦闘。
魔獣。
騎士団。
自分の拳。
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そして——
頭の中に流れ込んだ大量の情報。
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(あれは何だったんだ)
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手を見る。
震えている。
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“戦えた”。
それは事実。
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だが。
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(俺は戦い方なんて知らない)
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剣術経験なし。
格闘経験なし。
軍人でもない。
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なのに。
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敵の動きが分かった。
急所が見えた。
最短の攻撃が浮かんだ。
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まるで。
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“体が覚えている”ように。
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その時。
部屋の扉が開く。
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「起きたか」
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入ってきたのは
第一席騎士
ディラン=ヴァルク
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腕を組み、壁にもたれる。
鋭い視線。
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「体調は」
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「……最悪です」
正直に答える。
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ディランは小さく頷く。
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「当然だ」
「お前は昨日、素手で魔獣の外殻を砕いた」
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「普通は死ぬ」
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「……ですよね」
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沈黙。
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ディランはしばらく青年を観察する。
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「一つ聞く」
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空気が変わる。
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「お前」
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「どこで戦いを覚えた」
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青年は苦笑する。
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「覚えてません」
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「正確には」
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「覚えた記憶がない」
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ディランの眉が僅かに動く。
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「だが戦えた」
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「はい」
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沈黙。
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ディランは視線を外し、窓を見る。
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「王都の外で魔物が増えている」
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突然の話題。
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「昨夜の空間裂傷の影響だ」
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「騎士団が対処しているが」
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「一部が森へ逃げた」
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そして。
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ディランは振り向く。
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「来い」
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「……え?」
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「実戦だ」
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「お前の力を確かめる」
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青年の喉が鳴る。
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怖い。
当然だ。
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だが。
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胸の奥がざわつく。
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戦場の匂い。
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そして。
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“何かを思い出しそうな感覚”。
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数時間後。
王都北西の森。
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木々の奥から唸り声。
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三体の魔物。
狼型。
王都近郊では珍しくない種。
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ディランが言う。
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「通常個体だ」
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「騎士なら一体ずつ倒す」
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「お前はどうする」
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青年は深呼吸する。
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心臓が速い。
手が震える。
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(怖い)
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だが。
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視界が変わる。
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筋肉の動き。
重心。
足運び。
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全部、見える。
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“戦場演算”が微かに起動する。
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《技能:戦場演算 補助起動》
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魔物が飛びかかる。
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身体が動く。
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踏み込み。
回避。
肘打ち。
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骨が砕ける音。
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二体目。
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背後からの突進。
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振り向かない。
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蹴り。
顎を打ち抜く。
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三体目。
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牙が迫る。
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その瞬間。
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頭の奥で声。
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『左だ』
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誰かの声。
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反射的に動く。
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回避。
カウンター。
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魔物が地面に転がる。
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静寂。
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青年は息を切らす。
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「……今の声」
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ディランが近づく。
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「どうした」
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青年は答えられない。
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頭の奥に残る残響。
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(今のは)
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自分じゃない。
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でも。
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どこかで聞いたことがある声。
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遠く。
森の奥。
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誰かが立っている。
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影。
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静かにこちらを見ている。
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そして。
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一瞬で消える。
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ディランが眉をひそめる。
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「……今、誰かいたか?」
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青年は頷く。
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「いた気がします」
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だが。
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二人は知らない。
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それが。
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“本物の勇者”だったことを。
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彼はただ確認していた。
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この世界の“もう一人の勇者”を。
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そして静かに呟く。
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「……やはり」
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「ズレている」
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(続く)




