11.代償
王都グランディア、中央医療区画。
臨時治療所と化した大広間。
負傷者のうめき声と、治療術式の光が交錯する。
⸻
「魔力過負荷と神経疲労です」
治療術師アシュレイが静かに告げる。
⸻
簡易寝台の上。
青年は目を閉じたまま、荒い呼吸を繰り返していた。
⸻
「命に別状は?」
低い声。
⸻
問いかけたのは騎士団第一席
ディラン=ヴァルク。
⸻
「今は安定しています」
「ですが——」
⸻
アシュレイは言葉を選ぶ。
⸻
「脳神経に過剰な情報処理の痕跡が」
「まるで魔術式を“思考で強制運用”したような状態です」
⸻
ディランの眉が僅かに動く。
「……スキルの反動か」
⸻
「はい」
「通常の固有技能では起きにくい症状です」
⸻
規格外。
その言葉が空気に滲む。
⸻
離れた位置で、レオンが記録板を閉じる。
⸻
“戦場演算”
未登録技能
勇者証未発現
魔力量:複層干渉型
身体挙動:熟練兵相当
⸻
既存の勇者記録と照合。
一致率——低。
⸻
(やはり)
⸻
レオンの視線が青年へ向く。
⸻
英雄として祭り上げられつつある存在。
だが記録は否定している。
⸻
そこへ、重い足音。
⸻
「状況報告だ」
騎士団総長
グレイヴ=バルハイト。
⸻
「空間裂傷は自然収束」
「だが発生源は不明」
⸻
「王都結界に干渉した痕跡がある」
⸻
レオンの思考が止まる。
(王都結界に?)
⸻
国家級防護術式。
内部からの干渉でなければ歪まない。
⸻
「内部協力者の可能性は」
レオンが問う。
⸻
「否定できん」
グレイヴは即答する。
⸻
空気が冷える。
⸻
王国中枢に潜む“何か”。
⸻
「勇者の存在が引き金かもしれん」
グレイヴが続ける。
⸻
「召喚術式は世界法則に触れる禁術だ」
「歪みが出ても不思議じゃない」
⸻
レオンは何も言わない。
⸻
(勇者、か)
⸻
“本物”なら。
こんな不安定な現象は起きただろうか。
⸻
視線の先。
眠る青年の手が、微かに震える。
⸻
夢を見ている。
⸻
断片的な言葉が漏れる。
⸻
「……違う……」
「俺じゃない……」
⸻
レオンの鼓動が強まる。
⸻
近づく。
⸻
「何が違う」
思わず、問いが零れる。
⸻
答えはない。
⸻
ただ苦悶の表情。
⸻
(自覚があるのか)
⸻
“自分が勇者ではない”と。
⸻
その時。
警備兵が駆け込む。
⸻
「王城観測塔より緊急報告!」
⸻
「王都上空に微弱な再歪曲反応!」
⸻
「同時に——」
⸻
「勇者反応、別地点に出現!」
⸻
静寂。
⸻
全員の視線が止まる。
⸻
「……は?」
ディランが低く漏らす。
⸻
「勇者はここにいる」
⸻
観測兵の声が震える。
「ですが術式は“勇者級存在”を示しています!」
⸻
レオンの背筋に冷たいものが走る。
⸻
二重観測。
同時存在。
⸻
ありえない。
⸻
(やはり——)
⸻
勇者は、一人ではない。
⸻
眠る青年の胸元。
光らないはずの場所に——
一瞬だけ、ノイズのような光が走った。
⸻
誰も、それに気づかない。
レオンを除いて。
⸻
(記録は、書き換えられようとしている)
⸻
静かに。
だが確実に。
⸻
物語の前提が崩れ始めていた。
⸻
(続く)




