10.亀裂と落下
王都グランディア、早朝。
鐘の音が街に響く。
露店の準備。
通学する子供たち。
いつもの平穏。
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その空が——
裂けた。
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「……は?」
誰かの間の抜けた声。
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青空の中央。
硝子が割れるような亀裂。
そこから“何か”が落ちてくる。
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黒い塊。
肉の塊。
異形の巨体。
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――ドゴォォォン!!
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石畳が砕け、土煙が上がる。
悲鳴が連鎖する。
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「魔物だ!!」
「退避しろ!!」
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王都警備兵が叫ぶ。
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だが落ちてきた存在は、
既存種ではなかった。
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六本脚。
歪な外殻。
身体表面を走る紫電。
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“空間汚染型魔獣”
召喚術式の歪みから生まれる災害個体。
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王城医療棟の窓が震える。
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「……何の音だ」
ベッドから起き上がる青年。
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胸の奥がざわつく。
嫌な予感ではない。
“知っている感覚”。
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(これは……戦場の気配だ)
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身体が勝手に動く。
止める思考を置き去りにして。
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廊下へ出る。
医療師の制止を振り切る。
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王城外周。
煙が立ち上る市街区。
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そこに——
人々を庇いながら後退する騎士団の姿。
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「囲め! 市民を下げろ!」
指揮を執るのは
ディラン=ヴァルク
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魔装剣が火花を散らす。
だが刃が通らない。
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「外殻硬度が異常だ!」
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魔獣が咆哮。
空間が軋む。
衝撃波が建物を抉る。
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瓦礫が、子供へ落ちる。
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考える前に、走っていた。
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「危ない!」
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身体が滑り込む。
子供を抱え、転がり、瓦礫を回避。
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心臓が跳ねる。
恐怖が遅れて来る。
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だが——
視界が“研ぎ澄まされる”。
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魔獣の動き。
筋肉の収縮。
重心移動。
次の攻撃軌道。
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“分かる”。
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(来る、右脚、振り下ろし——)
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叫ぶ。
「右に跳べ!!」
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騎士が反応。
直後、石畳が砕ける。
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ディランの視線が青年を捉える。
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「なぜ読める」
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魔獣が標的を変える。
青年へ。
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恐怖。
だが足は止まらない。
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胸の奥が熱を帯びる。
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視界の端に、文字列。
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《未登録技能 起動条件達成》
《固有技能 仮称:戦場演算 部分解放》
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「……え?」
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世界が遅くなる。
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音が引き延ばされる。
動きが分解される。
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最適解だけが浮かぶ。
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踏み込み。
死角。
関節部。
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拳を叩き込む。
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――バキン!!
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外殻が砕ける。
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ディランの目が見開かれる。
「素手で……?」
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制御不能の加速。
思考を置き去りにした連撃。
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だが次の瞬間。
頭痛。
視界のノイズ。
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“情報過多”。
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(処理、しきれない——)
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魔獣の尾が迫る。
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その時。
横から放たれる蒼閃。
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ディランの斬撃。
急所を断つ。
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巨体が崩れ落ちる。
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静寂。
粉塵が舞う。
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青年は膝をつく。
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「……今のは何だ」
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ディランが低く問う。
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答えられない。
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ただ一つ。
確かな感覚。
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(俺は……勇者だから戦えたんじゃない)
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もっと別の何か。
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もっと“戦いに特化した何か”。
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遠く。
空の裂け目が、まだ揺れている。
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王都に生じた“歪み”。
それは偶発ではない。
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どこかで誰かが、
世界の継ぎ目に触れている。
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そして。
記録官レオンは、その光景を見ていた。
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勇者の証なき勇者。
記録にない戦闘技能。
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確信が形を持ち始める。
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(この存在は——)
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“勇者ではない”
だが。
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“必要とされる者”だ。
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王都の朝は、もう戻らない。
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(続く)




