9.器
王都グランディア、王城地下演習場。
石壁に囲まれた円形闘技区画。
魔力吸収刻印が床一面に刻まれている。
実戦形式能力測定場。
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「立てるか」
低い声。
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王国騎士団第一席団員
ディラン=ヴァルク
無駄のない所作。
感情を表に出さない実戦主義者。
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ベッドから移された青年は、ゆっくり頷く。
名前は、ない。
思い出せない。
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「……やる」
掠れた声。
だが瞳は逃げていない。
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(逃げたくない)
理由は分からない。
だが胸の奥が、それを拒んだ。
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観覧席。
王国記録官レオンが筆記具を構える。
“記録する者”として。
そして、何かを確かめる者として。
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「測定項目は三つ」
ディランが告げる。
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「魔力量」
「身体制御」
「実戦反応」
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「最後は模擬戦だ」
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空気が張り詰める。
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■ 魔力量測定
水晶柱に手を触れた瞬間。
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――閃光。
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観測術式が悲鳴のような振動を起こす。
水晶内部に渦巻く多層魔力。
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「……異常値」
観測士が呟く。
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ディランの目が細まる。
「単一属性じゃない」
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「干渉し合っている」
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レオンの筆が止まる。
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(記録にない構造だ)
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■ 身体制御測定
浮遊標的が射出される。
十。二十。三十。
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青年の身体が動く。
考える前に。
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踏み込み。
回避。
最短軌道の打撃。
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無駄がない。
訓練された兵士の動き。
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「なぜだ」
ディランの声が低くなる。
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戦闘経験者の動き。
だが筋肉の発達は未熟。
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一致しない。
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レオンの脳裏に過る記述。
“人格と技能が乖離する例外個体”
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(まさか)
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■ 実戦反応測定
「俺が相手をする」
ディランが魔装剣を抜く。
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「殺さない程度に本気だ」
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床の術式が起動。
空間強化結界が展開される。
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開始。
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一歩目。
青年の視界が“研ぎ澄まされる”。
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世界が遅くなる。
呼吸。
筋肉の収縮。
剣速の軌道予測。
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(見える)
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身体が勝手に答えを選ぶ。
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踏み込み。
回転。
受け流し。
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ディランの瞳が揺れる。
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「無意識戦術演算……?」
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青年自身が理解していない動き。
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その時。
胸奥で“何か”が軋む。
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視界に走る断片映像。
崩れた戦場。
赤い空。
折れた旗。
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知らない記憶。
知らない死。
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「っ……!」
動きが止まる。
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ディランの剣先が喉元で止まる。
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「……終了だ」
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静寂。
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「スキル反応を確認」
観測士の声が震える。
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「未登録能力、発現兆候」
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空中に浮かぶ文字列。
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固有技能:《????》
状態:未確定
分類:判定不能
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「判定不能だと……?」
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レオンの鼓動が早まる。
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(勇者の証が出ない)
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本来、勇者なら刻まれるはずの
“勇者系統スキル”が存在しない。
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代わりにあるのは、
空白。
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青年は膝をつく。
荒い呼吸。
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「俺は……」
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勇者なのか。
違うのか。
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答えは誰も持っていない。
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ただ一人。
記録官レオンだけが、
確信に近い疑念を抱いていた。
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(この者は——)
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“勇者の器”だ。
だが。
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(中身が、違う)
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地下演習場の灯りが揺れる。
物語の歯車が、静かに軋み始めた。
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(続く)




