7.勇者と言う重み
レグナス王国、王都グランディア。
夜が明けきらぬ灰色の空。
王城の白亜の塔は、静かな緊張をまとっていた。
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「……以上が、昨夜の戦闘記録です」
低く、落ち着いた声。
報告しているのは王国記録官――レオン。
背筋は伸びている。
だが指先だけが、紙端をわずかに強く押さえていた。
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謁見の間。
重厚な赤絨毯。
高窓から差す冷たい朝光。
玉座に座すのは
レグナス王国国王
アルヴェイン=レグナス
温厚な顔立ち。
だがその瞳は老獪な政治家の色を宿す。
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「被害は想定内、か」
静かな声。
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「民の死傷者は最小限に抑えられました」
レオンは感情を混ぜない。
それが“記録官”の矜持。
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だが。
脳裏には焼き付いている。
血の匂い。
崩れた石畳。
震える子供の手。
そして——
あの青年の背中。
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「勇者の状態は」
国王の問い。
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「現在は医療棟で安静」
「意識は回復しています」
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「精神面は?」
一瞬の間。
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「……動揺が見られます」
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玉座の隣で腕を組む男が鼻を鳴らす。
王国騎士団総長
グレイヴ=バルハイト
武功主義。
実直。
回りくどい話を嫌う性格。
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「当然だろう」
「いきなり戦場に放り込まれた若造だ」
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レオンの視線がわずかに動く。
“若造”という言葉に。
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グレイヴは続ける。
「だが力は本物だ」
「訓練すれば王国の剣になる」
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「剣、ですか」
静かに返すレオン。
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「道具の方が正確か?」
皮肉気な視線。
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空気が僅かに張る。
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国王が手を上げる。
「よい」
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「勇者は象徴だ」
「民の希望であり、外交の札にもなる」
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穏やかな口調。
だが言葉は冷静に現実を捉えている。
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「守るべきは国だ」
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レオンは理解している。
それが王という役割。
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だが。
胸の奥に、微かな棘が刺さる。
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(人は、駒ではない)
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思考が浮かび、すぐに沈む。
記録官は中立でなければならない。
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その時。
控えの文官が進み出る。
宮廷政務官
リシェル=アーネスト
理知的。
合理主義。
感情より効率を重んじる。
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「勇者への情報統制を提案します」
「召喚の背景、政治状況——」
「不要な情報は伏せるべきかと」
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グレイヴが眉をひそめる。
「隠し事は不信を生む」
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「混乱はさらに大きな不信を生みます」
即答。
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性格の違いが、そのまま主張になる。
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国王は目を閉じる。
しばしの沈黙。
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「……段階的に開示せよ」
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「まずは保護と信頼の確保」
「その後、真実を伝える」
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決断。
重く、揺るがない。
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「レオン」
名を呼ばれる。
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「は」
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「勇者の記録を続けよ」
「感情の揺らぎも含めてだ」
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一瞬だけ、目が合う。
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「……承知いたしました」
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謁見の間を辞すレオン。
長い回廊を歩きながら、息を吐く。
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(感情も、記録する……か)
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窓の外。
朝日が王都を照らす。
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英雄誕生の光。
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だがレオンには——
それが“重圧の始まり”に見えた。
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――王城医療棟
白い天井。
薬草の匂い。
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ベッドに横たわる青年。
勇者
ユウマ=ミカゲ
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目を開ける。
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天井が、見知らぬ世界を告げる。
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拳を握る。
震えは止まらない。
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(守れたのか……?)
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脳裏に蘇る戦闘。
身体は動いた。
考える前に。
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(なんで、俺は——)
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“知っていた”。
戦場の動き方を。
剣の軌道を。
命のやり取りを。
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理由のない既視感。
身体に刻まれた記憶。
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扉の外で足音が止まる。
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レオンが立っていた。
入るべきか、迷っている。
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記録官としてか。
一人の人間としてか。
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静かな葛藤。
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やがて扉が、ノックされた。
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(続く)




