1.座標誤差の勇者
光が、世界を塗り替えた。
背中から床に叩きつけられ、肺の空気が押し出される。
耳鳴り、指先の痺れ。
遅れて戻る重力。
硬い。冷たい。石の感触。
身体を起こす。
視界は揺れるが、輪郭を取り戻す。
円環状の広間。
床に刻まれた魔法陣。
淡く光る幾何学紋様。
(……ここは……?)
周囲の気配に気づく。
人間の影。
鎧を纏う騎士。
法衣の術師たち。
王族と貴族も、整列して見守っている。
「勇者様、無事に召喚致しました」
穏やかな声。
王国の魔術師団の一人が前に進む。
整った所作、微笑。
政治的儀礼か。
空気は重い。
ここは王国——勇者召喚が行われる場所だ。
魔族の脅威に対抗するための政治と軍事の結晶。
⸻
突然、扉が吹き飛んだ。
石片が宙を舞い、悲鳴が重なる。
黒煙の中、角を持つ魔族が現れた。
鎧は禍々しく、全身に異形の影。
「魔族襲撃! 前衛、応戦せよ!」
(……何が起きているんだ?……)
そう思考できるのも束の間。
騎士が飛び出す。
だが——通用しない。
速さ、重さ、動きの理屈が違う。
血飛沫、崩れる陣形。
身体が自然に動く。
床を蹴る角度、柱の死角、敵の視線誘導。
考える前に反応する。
初めて触れる武器なのに、握りの感覚は完璧。
振り抜く軌道も、無意識のうちに最適解を選ぶ。
(……なんだ、これ……)
戦場の理屈が、俺を中心に回る。
呼吸も動作も迷いがない。
それは、まるで誰かの戦歴を借りているかのようだった。
⸻
魔族を退けたあと、王国の王族と魔術師が近づく。
「勇者様……本当に、ご無事ですか!?」
「助けていただいてありがとうこざいます!」
1人の騎士のような装いをした男が礼を言ってきた。
「……誰も傷つけたくないだけだ」
思わず口に出す。
でも、胸の奥の違和感は消えない。
(俺は、何者なんだ……)
世界の秩序、戦場の理屈、身体の感覚——
自分以外の誰かがここにいるような気配。
それが、胸の奥でじわじわと重くなる。
⸻
遠くで、誰かの視線を感じる。
その視線は、優しくも冷たくもなく、ただ観察するだけ。
まだ名前も知らない“何者か”が、俺の存在を注視しているようだった。
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立ち上がり、深呼吸をひとつ。
足元の石板に刻まれた魔法陣を見下ろす。
「……まずは、この状況を理解するところからか」
そう呟き、部屋の外へ一歩を踏み出す。




