とある令嬢の日記
幼いころから私は、家族から愛というものを受けた覚えが無い。
公爵という高位の貴族に生まれた私には幼いころからありとあらゆる英才教育を受けさせられた。
父と母の仲はまあ普通といったところか、ただ善人ではないだけで。
私の一族、【スチュアート家】は代々国王に仕えていた一族で父もこの国の宰相をやっているのだから無能ではない。
しかし、その実態は売国奴そのもの。この国で禁止されている奴隷や麻薬の販売、押収した禁制品の横流し、果ては無実の人間に罪を擦り付けて身代わりにするなどやりたい放題である。
母も似たようなもので、気に入らない人間を野盗の仕業に見せかけて始末したり、気に入った美少年を無理やり家の従業員という名の愛人にしたり、無理やり難癖をつけて市民から高価な物を巻き上げたりと、実にあの父に相応しい母親である。
まあ残念なことに、いや私にとっては幸運なことに、私はあの人たちとは違いまともに育ってしまったのでこの家にとって好ましい存在ではなかったといえる。
あまり反発することは無かったものの、あちらも薄々気がついていたと思う。自分たちの子が自身とは全く違うものに育ってしまったということに。
自分の思い通りにならない子供なんてあの人たちにとっては必要なかったということかな。
だからか、だいたい五歳を超えたころ辺りから私に関わろうとはしなくなった。代わりに二つ下の妹に愛情を注ぐようになった。
……いや、そもそもあれが愛情なのかも怪しいか。まともな頭があれば悪事なんて考えないよね、普通。
私が八歳になった時、【魔力資質測定】というものを受けさせられた。
これは貴族平民問わず国民が八歳になるまでに受けさせられるもので、その資質や魔力量によって将来が決まると言ってもよい。
私の結果は散々たるもので、魔力量は最底レベル、資質は魔力が薄すぎて判定できないというこれでもかというくらい酷い判定を頂いた。
ついでにその場にいた妹の資質を測ったところ、魔力量は最高レベル一歩手前、風と水、そして火属性という世にも稀な三属性もちという神童という結果となった。
そうなれば私のことなど目もくれず、妹の育成に全てを注ぐようになった。公爵家ならば王家との婚姻も狙える。神童ならばなおさら王妃という地位を得やすいと考えたのかもしれない。
まあ、不出来な子扱いされるだけでよかったとも言える。事故に見せかけて私を抹殺するくらい簡単にできる人たちだし、大方私の利用方法を考えているのかもしれない。
良くて政略結婚か、悪くて娼婦落ち……いや、家名に傷がつくからそれはないか。
閑話休題、ともかく私の世話は家政婦さんたちに丸投げされたものの、私は健やかに成長することが出来た。
そして私が十三歳になった時、ある一報が王国中を駆け巡った。
【エリア教国の勇者が西の魔王の討伐に成功した】というものだ。
実はこの世界、というかこの大陸は北の大地のほとんどを占める魔の国との戦争下にあった。
魔の国に住む者たち、通称【魔族】と呼ばれる彼らは人類と似た姿をしてはいるものの、その身に秘めた力は人類を遥かに凌駕し、年端も行かぬ子供ですら武装をしなければ人類は敵わないと言われている。
ただし魔族の数はそう多くは無く。その数にして人類の千分の一とまで言われている。
しかしながらその優れた戦闘能力とこちらに住む亜人、森の賢者である【エルフ】並みの寿命で長い間人類を苦しめてきた。
いや、苦しめてきたというのは言いすぎだったかもしれない。何しろ苦しんできたのはあちらも同じなのだから。
北とこちらを分ける【トラウス大山脈】、主な戦場はそこから南となるわけだけど人類もただやられているだけではなかった。
古くから他世界より勇者を召喚し、女神と勇者を崇めてきた【エリア教国】。
錬金術に傾倒し、国民の半数が錬金術師や科学者という機工国家【オルシュ帝国】。
力こそが全て、という思想を具現化したような【カルマ公国】
そして、遥か昔に現れた勇者が建国し、その子孫が治め続けている私が生まれたこの【グラス王国】。
この四つの国々が魔の国の侵攻を阻んでいた。
質で勝る魔の国に対し量で勝る人類、両者の攻防は膠着状態へと至るまでそう長くはなかった。
それが百年、二百年続いたある日のこと。その均衡が崩れうる事態が発生した。
《近い未来、人類の脅威、魔王が目覚める、心して対処せよ》
威厳ある声が大陸に生きる全人類へと響き渡った。
エリア教国の大神官によるとこれは【女神エリア】から神託が降りたと言うことらしい。これが私が九歳くらいの出来事。
その数ヶ月後、神託に呼応するかのように魔の国に四人の統率者が現れた。
北の【玄武】、西の【白虎】、南の【朱雀】、東の【青竜】。これを人類はそれぞれの方角を当てはめ【四方の魔王】と呼んだ。
この四方の魔王が魔の国を統治し始めたことにより人類側は一気に窮地に立たされることになる。
今まで烏合の衆だった魔族たちは統率されることによって今までよりも何倍も厄介な敵へと進化を遂げた。
魔族以外にも魔物と呼ばれる魔力を持った凶悪生物を使役し始め、数を補うようになった。
極めつけは四方の魔王全員が魔族を遥かに凌ぐ戦闘能力を有していたことだった。
質も量もついでに戦略すらも上回れ、人類は徐々に生存圏を減らしていくことになる。
まあ、グラス王国は直接魔の国と隣接してはいないからそこまで実感はなかったけれど、街や王都の敗戦ムードから劣勢なんだなと察してはいた。
この窮地から最初に脱したのは、ご存知の通りエリア教国であった。
吟遊詩人の歌によると、異世界から到来した勇者が西の魔王を討伐したらしい。
いや到来と言うのは美化されすぎている、実際には誘拐かな。
エリア教国は異世界召喚された勇者を崇めていた。そしてそこには女神の神託を受けることが出来る聖女と大司教がいる。
ここまであれば彼らが異世界から勇者を召喚したのだと理解するのにそう時間はかからなかった。
しかし、いくら異世界勇者とはいえ異次元の強さを持つと言われた魔王を倒すなんてすごいな、と私はぬいぐるみを編みながら思った。
その二月後、次はオルシュ帝国とカルマ公国が南の魔王を討伐した。
吟遊詩人によればオルシュ帝国の勇者は古き勇者の血液から生み出された人造勇者、カルマ公国の勇者は国内最強の冒険者らしい。
最初は二組は別々に動いていたがこれでは埒が明かないとのことでここ一、二年は協力して魔王と戦ったそうな。
その再生能力ゆえに不死身と呼ばれた南の魔王であったが、文字通り不眠不休で勇者たちと戦い、ついに限界を向かえて討伐されたとのことだ。
不死身の魔王も、再生には限界があったということなんだろう。呆気ないものなんだね、と私は鵬のぬいぐるみを眺めながらそう思った。
その半年後、グラス王国の勇者が北の魔王の討伐に成功する。
この国の勇者は勇者の血を引く子孫、つまりは王子だったわけ。
王家に伝わる聖剣の前に流石の鉄壁の防御を誇った北の魔王も儚く消え去ったみたい。
矛盾と言う話があったけど今回は矛というか剣が勝ったみたいね、と暇すぎて作りすぎたぬいぐるみを見て変な気分になった。
ま、人類にとってここからが文字通り鬼門なのだけど。
最後に残る東の魔王は四人の魔王の中で最も戦闘能力が高く、今までに何度も戦場に現れては虐殺の限りを尽くしたと言われている。
四人の勇者とその仲間たちも何度も立ち向かったけれどその度に敗走か痛み分けに終わっていると聞いている。
この頃、十四歳くらい、になると私のぬいぐるみを作る腕も上がり、一週に一体を作れるほどになり、ついに部屋にあるぬいぐるみの数が三桁に到達しそう。メイドのロンに置き場を相談しないと。
私が十五歳になった頃、通う予定だった学園が急に全寮制になった。
変なこともあるものね、と考えつつメイドたちと準備していると奇妙な噂を聞いた。
なんでも勇者四人全員が来年から学園に通いだすらしい。
それを聞いたときの私の表情は誰かが見ていればとても面白い顔をしていたことだろう。
年齢が近いと聞くエリア教国とグラス王国の勇者は良いとして、オルシュ帝国の勇者は見た目大人だし、カルマ公国の勇者に至っては大の大人なのだ。それに人類敗北寸前のこのタイミングでなぜそんなことをする必要があるのか……本当にわけがわからなかった。
しかもそれを聞いて家の両親そっくりに育った愚妹も何故か乗り気になっているし、はてさてどうなることやら……。
学園が始まると、詩人の歌や張り紙でしか見たことなかった勇者たちがそこにいた。
デマかと思っていたら実際に通って来たのだから驚いた。後、ついでに愚妹も入学してきた。
この学園で飛び級は珍しくもないが、私の記憶によれば妹の学力はこの学園に通えるほどではなかったはず。
同年代と比べれば確かに賢い方だけれども、この学園は実力重視で有名だからあの子やっていけるのかな?
学園生活一年目、カルマ公国の勇者と同じクラスになった。
入学以前は筋骨隆々な大男だった彼が……なんということでしょう。おおよそ同年代女子の平均値である私と同じくらいの背丈に縮み、あれほど発達していた筋肉は見る影もなく、一見すれば華奢な美少年へと変わり果てているではありませんか。
何?若返りの秘薬か魔法でもあるの?ていうかそんなの使ってまで通いたかったの?わけがわからない。
自己紹介した時にクラス中がざわついてたし、やはり衝撃的だったと見える。心なしか本人も羞恥心を抑えていたように見えたのは何故なんだろう?
あと、同じ王国貴族の宮廷魔術師長の一人娘も同じクラスにいた。というか隣に座ってきた。
貴族らしく常に笑顔を絶やさず、クラスの皆(私を除く)と談笑し、早くもクラスの中心人物となりつつあった。
コミュ力強いなって思った。
一年目開始から二か月後、合同戦闘訓練でオルシュ帝国の勇者と同じグループになった。
無口無表情無愛想。いつ見ても表情が一切変わらないし、自分から話しかけることもしない変人。
私の他に二人違うクラスの人がいたけど、完全に空気。
四人一組で訓練用の森林に入ったけど、出てくる魔物全部一人で倒してた。訓練の意味ぃ……。
暇だから勇者観察してたけど、戦闘スタイルは聞いた通りオールラウンダー。一人で完結してるタイプ。右手の光る剣で切り裂き、左手の魔法で遠距離攻撃してた。
魔物が仕掛けてくる数十秒前には視線を向けてるから随分広い範囲を探知できてるっぽい。
動作も随分速いし、なんにも言わずに攻撃するもんだから他の二人はその度に驚いてた。
ただ、問題ないからと言って顔スレスレに攻撃するの怖い。素人相手にやったら当たるよ、たぶん。
そんな恐怖体験を乗り越えたおかげか、タイムでは一番良かったよ。タイムだけは。
思いのほかやることがなかったので後続のパーティーを見ていると、妹が入る組が目に入った。
うちの国の王子と公国のエルフ、妹とその鉄仮面奴隷執事という内訳だ。
身なりを見れば汚れ一つついてない三人と比べ、奴隷君だけ妙に傷や汚れが目立つのは、十中八九あの子を庇ったからだろうなぁ。
元一流の冒険者だった奴隷君がこの森にでる魔物程度で手傷を負うなんてありえない。
彼の得意武器のチャクラムなら近づくまでに相手を切り刻めるし、たとえ近接に持ち込まれてもいなすなり反撃するなり簡単にできる人だった……のだけど、ここで彼に掛かっている呪いが足を引っ張っている。
今の彼に自由意志は存在しない。ただあの子を守るだけの道具になり果てている。
生命維持の必要から最低限の食事や生活、護衛としての戦闘行動などはできるが、それ以外はあの子が命令しないと何もできない。
例えばあの子が王子に良いところを見せたくて魔物の群れに突っ込めと命じれば、奴隷君は嫌な顔一つせずに突撃するだろう。
例えばあの子に不意打ちしようとする魔物がいれば、攻撃よりもあの子の身を守ることが優先され、その身で攻撃を庇うこともあるだろう。
例えばあの子が戦えと命じれば、骨が折れていたとしても戦い続けるだろう。
彼はそんな哀れな存在となり果てている。唯一の救いは今の彼には感情がないことくらいかな。無駄に苦しまなくて済むし。
……いや呪いを解くきっかけすらないとなれば、不幸には変わらないかな。
がっつり法律違反の禁術なんだけど、なんでバレないんだろうね。
確か呪いの解除方法は契約書を燃やせばいいんだけど、それは妹が所持してるはず。
まあ、今やったところで何の意味もないし、後々困ったことになったら探してみるのも一興かもしれない。
一年目開始から三ヶ月後、何とかクラスのモブ程度に馴染むことはできた。
授業に関してはいたって普通、礼儀作法なり魔法なり、貴族として生きるのに必要なことを教えてくれている。
一応それ程でもないが体を動かす授業も存在する。
その時に気づいたのだけど……カルマ公国の勇者、若返ってはいるけど身体能力が全然変わってない。
明らかに自分の体積以上の大岩を持ち上げてたし、この前なんて鉄の剣を振っただけでへし折ってた。やばすぎる。
若返りじゃなくて幻覚魔法なのではとも思ったけど、正直そこまで興味はなかったので考えるのをやめた。
性格についてはよく言えば活発で明るい、悪く言えば無神経でがさつな人だ。
私も何度か話したことくらいはあるが、時々人の聞かれたくないところに踏み入ってくることがある。このクラスには貴族が多いため表向きは勇者との交友優先で接する人が多いものの、裏では嫌っている人も少ないかない。
私についてはもう実家からして終わってるため、特にダメージはない。多少の事では動じないのだ。
一年目開始から半年後、コミュ障な私にもようやく友達ができた。
今まで話し相手と言えばぬいぐるみたちくらいのものだったけど、ようやく人間の友達ができた。ちなみに家の執事やメイドたちはそもそも私を嫌煙しているので話すらしない、寂しい。
後勇者たちは毎日すごい人に囲まれてる。貴族なり商人の息子なり憧れなり甘い汁を吸いたがる害虫なりと、色々な思惑が入り交じってて気持ち悪い。
私の人生初の友達のライラさん(宮廷魔術師長の娘)もこれには辟易しているらしい。
せっかく東の魔王の被害が減ってようやく休めるかと思えばこれなのだから同情してしまう。
……まぁ言うまでもなくあの妹も彼らに這い寄る害虫の一人なのだから私にも責任がないわけでなはいので出来る限りのフォローはしようと思った。
一年目開始から十ヶ月後、噂のエリア教国の勇者と聖女と会った。
図書館で一人暇を潰していたらやけに騒がしい声が聞こえたので覗きに行けばその二人が何かを探している様だった。
思わず声をかけ、何を探していたかと聞けば魔王に関する文献を探していると言う。
確かにこの学院ははるか昔に勇者が故郷の教育施設をモチーフにして造らせたらしく。その頃から現在に至るまで有りとあらゆる文献がここに貯蔵されている。その数は既に万を超え、魔法で空間を歪めなければこの学院を埋め尽くしてしまうとも言われているらしい。やばすぎる。
私もよくここに来るのだけど、時々本気で遭難しそうになるから準備は欠かせない。
偶々私が読んだことのある本だったからよかったものの、司書すらいないここに入り込んだらどうなることやら……と軽く脅してみると勇者が青い顔してた。うける。
一年目終了時、社交界。
なぜ学び舎でこんな面倒極まる文化が存在するのか。出来ることなら欠席したい。
だが残念ながらこれも授業の一環なので、休むとかなり成績に響くので休めないという悲しさ。
無駄に広い会場で貴族や特別に招待された平民の生徒が共にダンスを踊る。
この学校、平民も通えることは通えるがその難易度は貴族のそれとは比べ物にならないほど高い。故にそれを突破して入学してきた平民は皆将来有望な部下として貴族から注目されるわけだ。
…………まあ、稀に身分の差を超えた恋愛なんかが発生して修羅場になったりするらしいけど。
閑話休題、ともかく私は一人壁の一部としてゆったりしていたらライラに声をかけられた。
そちらを向けばライラだけじゃなく三人ほど見覚えのある顔が並んでいた。
この国の第一王子兼勇者とその幼馴染で騎士団長の嫡男、弓使いの女子。所謂【グラス王国の勇者パーティー】が勢揃いしていた。暇か?
冗談はさておき他を見れば、一名を除き、それぞれの国の勇者組でまとまっているからおかしくはないのかな。
それはそれとして、私は腐っても宰相の娘、この国の王子と騎士団長の息子とは一応面識はある。
なので「お久しぶりです」って挨拶したら随分驚かれた。なぜ?私のこと忘れられてる?
そう思ったけど、違ったみたい。
自分ではわからないものの、幼少期の私と今の私って随分印象が違うらしい。
小さい頃は貴族らしい笑みを張り付けた親の言いなりっぽいクソガキで、今の私は貴族社会に疲れ切った彼らの両親に近いらしい。なにそれうける。
まあ、あの時は両親の道具としてあちこち挨拶回りしていたし、常に作り笑顔張り付けてたのも否定しない。てかそれそのもの。
今はまあ、余程のことをやらかさない限りは自由にできるし、私を監視する奴らもいないから結構自由にさせてもらっているから……まあ確かに以前と比べれば変わったかもね。
そんな感じで雑談していると嫌な視線を感じた。以前はよく感じていた、刺々しい敵意を含んだ嫌な視線。
横目でその先を辿ってみると、案の定あれがいた。
不機嫌そうな表情を隠そうともせずこちらを睨みつけている。
大方、私が王子と話しているのが気に入らないのだろうね。自分は上手く行ってないから。
そんな私の心情を察したのか知らないが、王子が「妹とは仲が悪いのか」と聞いてきた。
なので私は隠さずに上手くいってないと答えた。貴族としてはあまりいい行為ではないけど、あちらも隠そうとしてない以上意味はないだろうしね。
それを聞いた王子たちは、何故かほっとしていた。
詳しくは聞かなかったが、あれが何かしらの迷惑をかけているのだろう。申し訳ないことだ。
学園生活二年目、クラス分けでライラと同じクラスになれた。私、とても、嬉しい。
ついでに勇者たちと妹もついてきた。私、とても、悲しい。
学年につき十あるクラスの内、明らかにここだけ戦力過多じゃない? 何を考えてクラス分けをしたのかわからない。
クラスメイトになったのだから勇者たちと話す機会も増えてしまったのは仕方ないけど、妹がすごい睨んでくる。それは私の獲物と言わんばかりに睨んでくる。
クラスメイトたちの自己紹介が終わって、フリーになった瞬間さっそく呼び出されて、何か色々な言われた気がするけどあまり覚えてない。覚える気もない。
何だっけ? なんでこんなのが姉なのかとか、勇者は渡さないだとか、シテュアート家の恥はさっさと消えろだとか、取り巻きを連れて好き勝手言ってた気がする。
はぁ、まあ、うん、へぇ、の四つだけで会話が乗り切れたのだから私が何を言っても無断だったに違いない。
二年目開始から十日目、悲報、私、ぬいぐるみ製作を制限される。
いやまぁ、部屋の大半がぬいぐるみで埋まっちゃったのは悪いと思うけど仕方ないじゃない。
しかし、私の願いは聞き届けられず、ぬいぐるみ製作セットはメイドのロンに持って行かれてしまった。解せぬ。
二年目開始から二ヶ月後、下級生になつかれた。
虐め現場に遭遇したので助けてみると見慣れない子だった。
聞いてみると平民の中でも特に貧乏な家の出で、学力を買われて特別に学園に入れたらしい。
それを妬んだ同学年の子にああやって虐められたということになる。
まあ、それを仕方のないことか。
いくら学力重視の学園でも一クラス四十人が十個に更に三学年。つまりは千二百人以上、それだけいればこう言うことも起きたりする。私、性善説より性悪説派なので納得した。
しかし、予想外だったのはなついた子が狂信者のごとく私を信仰するようになったこと。
邪魔ではないけれど流石に少し引く。
どうしてこうなった。
二年目開始から三ヶ月後、カルマ公国の勇者に絡まれる。
あの奴隷執事について何か知っているかと聞かれた。
なので知ってる範囲のことを正直に答えておいた。
何で知ってて何もしないのかとか問い詰められたけれど、私の行動なんてどうせ監視されてるだろうし、そんな反逆的な行動したら次の日には死んでるんじゃないって笑ったら黙っちゃった。
何やら浅からぬ因縁がありそうだけど、陰ながら応援だけはしてる。
二年目開始から四ヶ月後、魔王来襲。
私は丁度いなかったからわからなかったのだけど、四人の勇者が撃退したらしい。
買い物から帰ったら訓練場が半壊していて驚いた。
ライラから聞いた話によると、気まぐれに立ち寄った、と話していたらしい。本当に何しにきたんだ?
あ、あと私に婚約者ができたらしい。親からの手紙に書いてあった。
学園卒業と同時に結婚させられる模様。逃げたい。いや逃げよう。
魔王襲来から数日後、婚約者と会ってきた。
まさかまさかの勇者、しかもうちの国の王子だった。
王子って婚約者いないの? とも思ったがよくよく考えれば宰相の娘の私も婚約者がいなかったのでそういうこともあるのだろう。
まあこの王子って普通に善人。弱きを助け強きを挫きくようなタイプ。
……まあ、愛だの恋だのは後から育てていけばいいし、この人との婚約も悪くはない、のかな?
面会の翌日、妹来襲、帰れ。
面会から二日後、妹に呼び出されたが無視。
面会から三日後、強引に誰もいない教室につれてこられる。どうやら両親から私と王子が婚約したことを知ったらしい。いろいろと口汚く罵られたが馬耳東風。今更そんなもの気にしない。
気が済むまで怒鳴り散らした後、早いうちに身を引かないと大変なことになる、という捨て台詞を残して去っていった。やはりこいつの相手はとても疲れる。もうこれっきりにしてほしい。
面会から一週間後、学生寮に差出人不明の脅迫状が届く。内容は単純で婚約を破棄しないと不幸になるぞ、というテンプレート。これ、機密のはずだから必然的に容疑者は絞られるわけなんだけど……。まぁ考えるまでもないよね。
字が汚いし呪いが掛かってるし一利の得もないのですぐに燃やした。
面会からだいたい十日後、脅迫状が五十通くらい届く。数を増やせば良いってわけじゃないんだから……。
仕方ないので寮生共用の暖炉にくべておいた。流石良質の紙、よく燃える。
面会からだいたい十二日後、頭上にレンガが落ちてくるも回避する私。
遂に実力行使に出たか。いよいよ痺れを切らしたと見える。
周りの人にも、というか親しい子がライラかあの子しかいないが、手を出されそうなので私の部下にあの子の護衛を任せることにする。
面会から約二十日後、狙撃される。
私に怪我はないけどせっかくのライラとのお茶会が台無しだ。
猛毒が塗られた矢だったけどうちのスーパーメイドたるロンにそんなものは効かない。具体的に言うと私に当たる前に矢を掴んでそのまま握力でへし折ってた。
下手人は後でライラの仲間が捕らえたみたいだけど、同じ毒を飲んで自殺。黒幕はわからなかったみたい。
まあ、十中八九妹なんだろうけれど。考えても仕方ないし忘れることにする。
学園が休暇に入る少し前、妹がカルマ公国の勇者の仲間に選ばれた。同時に私に対する嫌がらせや暗殺もなりを潜めた。
恐らくは勇者関連の物事に忙しくてこちらに手を回す余力がないのだろう。
カルマの勇者は公国最強の冒険者、となればその仲間にも相応の実力が求められる。
才能は確かに一級品だけれども、実戦経験が全く無い。……いや呪ってきたし少しはあるのかな? まあそんなことはどうでもいいや。
しかしそれでも勇者課業は大変なようで、最近でてきた【魔王の精鋭兵】のせいもあってあちこちの前線に飛び回ってるせいかこちらへの干渉がし辛くなっているのだと思う。
【魔王の精鋭兵】、通常の魔族を遥かに凌ぐ力を持った兵士。
四方の魔王には及ばないものの、その部隊が現れただけで戦況がほぼ決まると言った噂からそれが人類にとってかなり驚異なのはわかる。
まあ、私にとっては妹の行動を制限してくれる有難い存在なのだけれど、流石にこれを言ったら国家反逆罪的なあれで罰せられそう。
……多分あの鉄仮面執事のおかげで仲間入り出来たとおもうけど、確実に罠だよね。
ならそう遠くない内に契約破棄されるだろうし、そうなったら両親が動くだろうなぁ……。契約のことバレたら即破滅だろうし。
それに合わせてこっちも動かないと。めんどい。
「…………リリィ」
暗く寂しい部屋、主がいなくなったその部屋に私は一人佇んでいる。
学園が長期休暇に入ったその日、実家へ向かっていた馬車が魔物に襲われて二人の生徒が亡くなった。遺体は発見されなかった。魔物に食べられたという事になった。
犠牲者は一年下の女生徒、もう一人はこの部屋の主リリィ・スチュアート。
私の級友……いえ親友とも呼べる間柄だった彼女は唐突に私の前から消えてしまった。
当時、私はその知らせを受け入れられなかった。
だったそうでしょ。魔物の出没頻度が低いこの王国内で魔物の群れに襲われて死ぬなんて、ありえないことなのだから。
だから調べた。
彼女の実家へ向かう馬車の運転手が前日になって人員が変わっていた。
帰省する際の護衛の数が極端に減らされていた。
故郷へ帰るというのに随分遠回りな道を通っていた。
そして、彼女が魔物に襲われた場所で高位の魔法が使用された形跡があった。
魔物に襲われたというのは嘘。
全ては彼女の妹と両親が共謀して、リリィを亡き者にした。
元々、この婚約は彼女を守るためのものだった。
セドリック殿下が強引に婚約をとりつけ、彼女を実家から引き離し、その間にスチュアート家の暗部を全て暴く予定だった。
もちろん、そうなってしまえばリリィもただでは済まない。
事が済み次第婚約は破棄され、公国に嫁いだ殿下の親戚に引き取られる手筈になっていた。
魔力こそ微弱なものの、身体能力も頭もいい彼女なら実力主義のあの国ならばやっていけると思っていた。
だが、その前にスチュアート家が動いた。
姉を亡き者にし、妹をその後釜に据える気のようだ。
現在公国の勇者、キースさんが率いる公国の対魔王部隊の一員として活動しているけれど、リリィの推察通りこれは罠だ。
キースさんのかつての友人でライバルだった男性、レオナルドを救出するために彼に近づき、仕掛けられた禁術がどのようなものであるか彼の仲間でありエルフの一族でもあるアルマさんが解析を進めていた。
そして、ついさっき禁術は解かれた。
二年目の終わりに執り行われた披露宴会場にて、皆の目の前で禁術から解き放たれた。
同時にその場にいたスチュアート公爵家の全員を確保した。
一年では学生のみで執り行われたこの披露宴に、今回は大人が参加しているのは偶然ではない。
スチュアート公爵家の暗部については前々から隙あらば排除しようと企んでいたらしい。
しかし、王城に務める騎士の中にも宰相の息がかかったものがいるため、大抵のことはもみ消されて終わっていた。
だが今回は大勢の貴族がいる前で禁術を解き、隠蔽する間も与えなかった。
この作戦ですら国王と騎士団長、そして私たちしか知せなかった。
だから、ようやくあの悪徳貴族どもを捕まえることができた。
皆喜んだ。
最後の魔王を前にして、国に蔓延る闇を一つ取り除くことができたのだから当然だ。
けれど、私は違った。
漸くあの子の仇が取れたというのに、心は晴れないまま。
たった二年ほどの付き合いだったけれど、今も目を閉じれば思い出す。
無気力で、自堕落的で、けれど成績は私より上で、いつでも相談に乗ってくれた親友。
あの子を失った悲しみは、一向に晴れないままだった。
だから、私はここに来た。
あの子が死んで以来そのままにされたこの部屋に、何かあの子を想えるようなものでもあればと。
そうして部屋を物色していると、ベッドと壁の隙間に一冊の本が落ちていることに気づいた。
手に取って直ぐにわかった。
これは魔法がかけられている。込めた魔力に応じてページを増やすが、見た目や重さはそのままという魔法使いや研究者が良く使う魔法だ。
気になって中身を見れば、それは日記だった。
彼女が生まれてから亡くなるまでを書き綴った人生の記録だった。
それを一通り目を通してから、本を閉じた。
「ごめんなさい。あなたを助けられなかった。身内をそう簡単に殺すはずがないって油断が、あなたをしなせてしまった……」
これは、私の罪だ。
リリィに監視がついていたことは、調べる過程で判明していた。
だからこそ彼女に一切話すことなく、彼女が知らない内に全てを済ませようとしてしまった。
計算外だったのはリリィの妹の短慮さ。
この日記を読んで初めて彼女がリリィを亡き者にしようとしていたことを初めて知った。
あのお茶会での暗殺者も、この日記には書いてないが同席していた聖女を狙ったものであると思われていた故に首謀者にたどり着けずにいた。
もっといい手段があっただろう。もっと迅速に解決できただろう。
考えれば考えるほど、自責の念に押しつぶされそうになる。
死んでしまった命は返らない。
助けられるはずだった命を取りこぼした罪は重い。
その罪を生涯忘れないように、この日記を借りていこう。
いつか私が死んで、天国にいるあの子に返すその日まで、肌身離さず持ち歩こう。
そう心に決めて、私はこの部屋を後にした。
スチュアート公爵一家拘束から、数ヶ月後、魔王城にて。
今日は人類最後の決戦だった。
残された東の魔王を全勇者が協力し打倒す。
それで最後の魔王が滅び、活発化していた魔族や魔物もおとなしくなるはずだった。
しかし、魔王城玉座の間に導かれた私たちを待っていたのは、信じられない光景だった。
「馬鹿な……」
その一言を残して、仲間は倒れた。
周囲を見渡せば先ほどの攻撃でどの勇者も満身創痍といった有様だ。
「ははっ、この程度でくたばるとかありえないんですけど~」
「朱雀、いい加減言動を改めろ。今日がどのような日かわからないわけじゃないだろ」
全身から炎を放つ南の魔王が吐き捨て、それを北の魔王が戒める。
「まあいいだろ。マスターもこの程度で俺らを捨てるような厳しい方じゃないしよ。なあ青龍」
「…………浮かれるのは勝手にするといい」
西の魔王が東の魔王に話しかけ、それをどうでも良さそうに受け流される。
ありえない光景だった。
嘗て倒したはずの魔王三人が蘇ったのみならず、前回よりも大幅に強化されて私たちに襲い掛かってきたのだ。
まず帝国の勇者が西の魔王に目にも留まらぬ速さで吹き飛ばされた。
公国の勇者キースは渾身の一撃を放ったが、東の魔王が後から放った拳に撃ち負けた。
教国の勇者は聖女との加護を受け南の魔王に突撃したが、たどり着く前にその炎に全身を焼かれた。
そして、我らが王国の勇者セドリック殿下は全身全霊を込めて聖剣を振るったが、北の魔王の持つ盾に傷一つつけることは出来なかった。
その際に北の魔王からの反撃を受け、私たちは皆軽くない傷を負ってしまった。
「なぜ、お前たちが生きているんだ!」
聖女の魔法を受け、徐々に回復しつつある教国の勇者が叫ぶ。
それはこの場にいた全員が抱いていた疑問だった。
他の二人は知らないが、北の魔王が死ぬ瞬間を私は確かに目撃した。
魔王の盾を貫き、その体を確かに両断したはずだった。
「その答えはこれだ」
そう言って東の魔王が取り出したのは……ぬいぐるみだった。
彼には似つかわしくないとても可愛らしい風体のぬいぐるみ。
私はそれを、知っていた。
「我ら肉体は仮の物、依り代さえあれば何度でも復活できる」
「しーかーも、作り直す度に私たちは強くなるの。絶望的でしょこれw」
「主殿がある限り、我らは滅びぬ。主らは相手を間違えたのだ」
コツコツと足音が聞こえる。
「あ、来ちゃった来ちゃった!マスター来ちゃった!」
南の魔王が楽しそうに飛び跳ねる。
その音は皆も聞こえていたようで、誰もが息を吞んでその足音の主が現れるのを待った。
足音は段々と大きくなり、そして魔王たちの背後から一人の女の子が姿を現した。
それは、私の知っている人だった。
見たことのない漆黒のドレスに身を包み優雅にこちらへ歩みを進める。
「どうも皆さん、お久しぶりです」
そう言って頭を下げると、彼女は南の魔王に促され玉座に腰を掛け、こう告げた。
「此度の魔王を……いえ、解りやすくこう言いましょう。偽りの魔王を生み出し、人類の敵となった真の魔王、リリィ・スチュアートと申します。以後お見知り置きを」