第9話 一方その頃赤堂さんは
尾緒神は、信じられない。
あいつは多分、今回だって勝手に解決してしまおうとするだろう。「分かった。善処する」なんて言っていた手前、あいつは言う必要が無いと思ったことなら言わないで隠してしまう。そんな気がするのだ。
お昼休みが終わってから、私は悶々と今日のことについて考え続けていた。
5時間目の授業では、将河辺さんから目を離すことが出来なかった。
挑戦状を受け取った時にも思ったことだが、私はこの学校でも彼女にいじめられるのではないかと怖くなっていた。彼女は空気を味方にする。例え私に対してのいじめと思われる行為を行ったとしても、その場においてはいじめだと認識されないような空気作りが上手いのだ。周りの人は、その空気に当てられて感覚を鈍らされる。
それに、私もそうなのだけど。彼女がやることがいじめなのかどうか分からなくなってしまうことがある。単なる嫌がらせであって、私と彼女の痴話喧嘩に過ぎないことで。
いじめ、なんていうものとは違うのではないかと思ってしまう。
私が折れて、学校に来られなくなってから、始めてそれはいじめとして認識されるようなことなのかもしれない。いじめの線引きがとても難しいのだ。
中学を卒業した時、私は遂に負けなかったと思った。負けじと学校に通い続けられたと自分を沢山褒めたし、中学とは違う人生を歩もうと鼓舞をした。でも、その期待は裏切られて。
高校になっても将河辺さんと一緒の学校になるとは思わなかった。しかも、クラスまで同じである。私は色々と覚悟した。でも、一学期の間に直接彼女から何かをされることはなかった。ちょっと拍子抜けだったし、だからこそ油断した。
放送設備の鍵を盗んだ濡れ衣を私に着せたのは、間違いなく彼女だ。彼女意外に、そんなことをする人は思い付かない。
クラスメイト全員が敵に見えた。誰が彼女と繋がっていて、誰が私を襲うのかなんて分からない。思えば、そうした考えがこの学校で友達を作れなかった1つの要因なのかもしれない。私は、将河辺さんがいるだけで身動きが取り辛くなる。その事実だけでも既に悔しい。篠崎先生に尾緒神を勧められたとき、5組ならと思ったのは事実だ。
授業中、一度だけ彼女と目があった。私を見て、嘲るような笑顔を向けられて。全身の毛が逆立つ。こいつにだけには負けてはいけないし、こいつだけは許していけない。
絶対に、その魂胆を暴いてやる。今回からは、お前の思い通りにすらさせてやらない。今度こそ、私が反逆をする番だ。
私は5時間目の授業中に、そんな闘志を燃やしていた。
5時間目と6時間目の間の休み時間、取り敢えず私は教室内をうろうろとしていた。座って考えるだけなら、授業中にでも出来る。尾緒神も、こういう時には周りを見て何かヒントを得ようとするはずである。
学内の空気は、私達とは違ってかなり緩みきっていた。1学期の期末考査も終わり、後は夏休みを待つだけとなった彼らに緊張感など全くない。テスト前の多少緊張した雰囲気はどこへやらだ。
でも、だからこそ羽目を外す可能性がある。
駄目だ。今の校内には羽目を外しそうな人なんて沢山いる。それを理由に真犯人に迫ることは出来ないだろう。
そう思いながら、私は教室後ろにある掲示板を見る。そこには、学内新聞やちょっとしたお知らせプリントが張ってある。
学内新聞には、夏休みにやりたいことベスト10や希望者参加方の学校イベント、林間勉強合宿に関する記事が載っていた。新聞の大部分を占める記事は、夏の高校野球に関するもので、そろそろ学校で予選大会の応援に行く季節だった。
監督やキャプテンの意気込みにも軽く目を通すが、特に発見や気づきはない。笑顔で映る野球部の集合写真を見ると、教室の隅でこんなことをしている自分が酷く小さいものに思えた。
その掲示板の中に、1つだけ夏が終わったあとのことに関するプリントがあった。文化祭に関するものだ。文化祭は、夏休みが終わってから1、2週間程度後に開催されるものらしい。そのため、この時期から出し物などについて考えておくようにと各クラスに注意書きをしているプリントが掲示されていた。
うちのクラスでも、野球の応援が終わった後のHRで文化祭でのクラスの出し物について話し合う機会が設けられている。私はそれが凄く楽しみだった。中学の頃には、文化祭のようなお祭りはなかったため、こういう学校行事は凄く楽しみである。
尾緒神と居れば、文化祭でも何か変な事件に遭遇するのだろうか。そうなった時も、あいつは嫌な顔をしながらも私に付き合ってくれるんだろうな。
くすりと笑いそうになりながら、年間行事予定の紙を見る。なんやかんやででも友達が出来た私には、行事ごとで1人になってしまう心配はない。
私は今度こそ、私の学校生活を謳歌するのだ。
年間行事予定のプリントには、この後の学校生活で期待出来そうな行事が沢山載っている。夏は、野球応援と勉強合宿(私は参加しないけど)、後は校外模試が記載されている中ではまだ残っている行事だ。秋になると、文化祭と生徒会選挙、体育祭に遠足、それと校外模試がある。
ちょっと、校外模試が多いのではないだろうか。私は、少しだけ不機嫌になった。
と、そんなことをしている場合ではない。そう思ったところで、次の授業の先生が教室に入室してくる。私はまだ次の授業の準備をしていなかったので、焦って自分の席へと戻った。
6時間目は授業に集中することが出来なかった。だから、私は私なりに今日の出来事をメモ帳にまとめていた。昨日、尾緒神が情報を整理するためにメモ帳を使っていたのを見て、私も買ったのだ。ゲーセンの帰りに、本のお返しにと尾緒神に買って貰った。
白いページに、見聞きしたことを書きだして。その情報を元に私なりの考察を組み立てるのは、思っていたよりも楽しかった。
6時間目と7時間目の間の休み時間には、副会長さんの所属するクラスへと偵察に向かった。考えてみれば、男子の制服には校章、学年章、クラス章が付いている。6時間目に必死になって思い出した結果、副会長は2年1組の生徒だったことが判明したのだ。
我ながら、凄い記憶力なのではないだろうか。どうにかして、テストの時にも思い出せるようにならないかな。
教室での副会長さんに、特に変な様子はなかった。クラスメイトとも楽しそうに会話をしているし、悪い人には見えない。特に誰かと何かを企んでいそうな様子はなかったけど、よく考えてみれば、こんな時間に教室の中で悪巧みをするわけはないかとがっかりした。
10分という時間はあっという間に終わり、私は特に成果があった訳でもなく教室に戻った。
7時間目はドキリとした。将河辺さんが授業に出ていなかったからだ。私は、今彼女が何かを企んでいないかと緊張した。副会長さんと密会でもしているのかもしれない。だとすれば直ぐにでも駆けつけたいのだけれど、それはそれで苦い思い出がある。
これが将河辺さんの罠であれば、教室を出た時点で私の負けが確定する。そんなことだってあるのだ。授業中の教室は、衆人環視の中にいるとも言える。先生もいることだし、今何かあったとしても、アリバイは成り立ちやすい。
でも逆に、この時間にタイミングよく外に出ていれば、容疑者になりやすいのだ。なぜなら、誰も見てなくてアリバイを証明出来ないから。そうなったら、友達の多い方が必然的に勝ってしまう。嘘でも見たと言われるとどうしようもないのだ。大勢の意見に、先生は傾く。
私は様々な葛藤があった末に、教室の外に出ることを諦めた。今、冤罪を被されている中で他にも罪を着せられると、事態はもっとややこしくなってしまうだろう。動くのは、たぶん今じゃない。
それより、気になったのはもう1人の不在者だ。
逢月さん。あんまり知らない子だけど、将河辺さんと一緒にいないことを考えると、彼女には注意しておいた方が良さそうだ。私はメモ帳に要注意人物として彼女の名前を書き出し、あとは6時間目の時と同じように頭を悩ませた。
将河辺さんは授業中に戻って来たが、逢月さんは、結局授業中には帰って来なかった。
放課後になって、私は時計を見ていた。掃除が始まる時間を待っていたのだ。メモ帳に書き出した項目を見て、一応確認したいことがあった。尾緒神のクラスメイトに話を聞きたかったのだが、尾緒神がいる前で尾緒神のことを聞くのはちょっと気が引けたのである。だから、尾緒神が掃除をしに別教室に移動したタイミングを狙っていた。
掃除の時間になって、私は1年5組の教室へと訪れる。教室内の掃除は既に始まっていたが、予想通りまだ廊下でたむろしている生徒達がいた。
「ごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「えっ。なに?」
5組の生徒に私から話し掛けるのは、尾緒神以外では初めてだ。最初はちょっと嫌そうな顔をされたが、聞きたいことが尾緒神のことだと分かると、面白い恋バナを見つけたとでも言うようにニヤケ顔をされた。そんなんじゃないけど、話しを聞きたかった私は、特に否定することはしなかった。
「それで、尾緒神くんのことで聞きたいことって何?」
初々しいカップルでも見るような不愉快な目を向けられる。
「今日の授業で、尾緒神がいなかったり途中退室したりしたものはあるか」
「え、なに。もしかして浮気?」
可哀想な人を見るような視線と、尾緒神を軽く侮蔑するような表情をされる。
「いや、そうじゃないけど」
「いやいやいいんだよ、赤堂さん。無理しなくていいからね。私にも、男を疑いたくなる気持ちは分かるわ。心配だよね」
いや、だからそうではないけど。そういおうと思ったけれど、彼女が口元に人差し指を当ててうーんと考え出したのでやめる。下手な否定で情報を得られなくても困るからだ。
尾緒神は、生徒会室での出来事に対して、俺は何もやっていないと言っていた。それに対して私が指摘した中で、別にクラスメイトに確認して貰っても構わないと言われたところがあった。これでもし、尾緒神が私のクラスの体育の授業と同じ時間に教室を出ていれば、やっぱり何かをしていたことになる。
「あれ」
そんなことを考えながら回答を待っていると、尾緒神のクラスメイトの人は軽く驚いたような顔をした。
「やっぱり、そんなことはなかったのか」
「いや、そうじゃなくて。多分尾緒神、あいつ今日全部の授業で教室を出てた気がする。たしか、今日は体調が悪いとかで」
今日は寝不足でな、クラスメイトに聞いても構わないぞ。そんな、尾緒神の言葉を思い出す。クラスメイトに聞いても構わないって、そうゆうことか。
体育の授業の時間だけ尾緒神が教室を退出していれば、私の推論はほぼ確信へと変わる。だが、全部の時間に体調不良で退出することで、真偽をあやふやにしたかったのだろう。尾緒神は、言い訳をする為のブラフを仕掛けていたのだ。私が何を言ったとしても、今日は本当に体調が悪くてなと言い返せるように。
疑惑は晴れない。でも、確証も得させない。そんな意思を、私は感じた。
「あ。でも1つだけ不思議なものがあったわ」
「不思議なもの?」
「7時間目の前にね、1年2組のクラスの人が尾緒神を訪ねて来たの。その後はね、尾緒神は授業の終わり間近くらいまで教室に戻って来なかったわ」
これは、浮気の匂いがするわね。と、うんうんとその人は頷いていた。
7時間目。私の教室に居なかったのは将河辺さんと逢月さんで。きっと尾緒神を呼び出した人は。
「その人の髪型は、ツインテールでしたか」
「え?あー。ツインテールっていうか、ツーサイドアップだったような。まあ、そんな人もいたかも」
嫌な思い出が蘇る。私は、私は――。
「でも赤堂さんも災難ひっ」
私の顔を見て、目の前の少女は顔を青くした。
「えっと、あの、もういいかな。ごめんね、私たち、もう帰るから」
そう言って、尾緒神のクラスメイトは私を置いて靴箱の方へと向かって行ってしまった。