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第4話 得体の知れない窃盗者の影

 この場の全員が、「今、この場所で放送設備の鍵を持っている人が犯人である」という決定に賛同していた。

 赤堂さんは、自分もそれでいいと言ってからずっと俺を見つめていた。意味合い的には睨んでいると言っても差し支えないだろう。ただずっと、昨日のような黒く渦巻いた瞳孔でじっと此方から目を離さないでいる。

 俺は赤堂さんに対して何か声を掛けることもなく、その行為に対してもひたすらに無視を決め込んでいた。


「協力に感謝する。では、まずは尾緒神の方から調べよう」

 そう言って副会長は俺に近づいた。俺は彼の指示通りにポケットの中のものを全て取り出して生徒会室の机の上に並べる。現在は夏服を着ているので、カッターシャツの胸ポケットとズボンのポケットを前後で四つ確認すればいい。

 俺のポケットの中には、当然のように放送設備の鍵など入っていなかった。俺から出て来たのは、何かあった時用のメモ帳とシャーペン、妹が小学校の授業で作ってくれたアサガオの栞と、通学用自転車の鍵、あとはハンカチやティッシュなどの日用品だ。特に変なものなど入っていない。

 最後に服の上から副会長が手でポケットの上をポンポンと軽く手を弾ませるように叩いて中身に何も残っていないのかを確認した。

 胸ポケットは直接触らなくても分かるようで、上から覗く程度の確認しかされない。

「大丈夫だ。お前は放送設備の鍵を持ってはいないみたいだな」

「胸ポケットは触って確認しなくていいんですか」

「気持ち悪いことを言うな。男の胸など、触っても嬉しくない。上から覗けば充分だ。それほど大きなポケットでもないしな」

 男の胸を触っても嬉しくないって当然のことじゃないか。触られて喜ばれても困る。そうじゃなくて、確認の為に触る必要があるのではないかと思ったのだが、副会長が必要ないというのなら別に構わないのだろう。

「そうですか。分かりました。取り敢えず、俺の疑惑は晴れたようでよかったです」

「何を言っている。疑っているのはお前ら二人だ。どちらか片方が持っていれば、両方とも有罪だ」

「そうですか」

 副会長は軽く嘲笑的な笑みを浮かべる。

「でも確かに、鍵を持っていない方は弁解の仕方次第では無罪になるかもな」

 嫌みらしくそういう副会長に特に返事もせずに黙っていると、隣から凄く圧を感じた。赤堂さんが、「裏切るのか尾緒神」と目で語っていた。

 俺の方の確認が終わると、次は赤堂さんの番になる。服の上からとはいえ、流石に男である副会長が赤堂さんのポケットの上を触って確認するわけにはいかず、その仕事は同性である会長がすることになった。

 しかし、赤堂さんはその必要もないとばかりの顔をしており、ポケットの中のものを全て机の上に出して行く。何とも言えない暗さを身に纏った彼女の表情とは裏腹に、副会長の表情が少しだけ歪んだ。

「どうして、お前がこれを」

 そう言って副会長は一本の鍵を掴み上げる。

「分かりません。でも、本当に私じゃありません。こんなことを言っても信じて貰えないかもしれませんが、私は誰かに嵌めら」

「これは、俺の()()()()()だ」

「へ?」

 赤堂さんの瞳に少しばかりの光が戻る。そしてなんとも気の抜けた顔をしていた。赤堂さんが自分で触り、放送設備の鍵だと思った知らない鍵。それはどうやら、副会長の自転車の鍵だったようだ。用心深い人間性なのか、鍵にはしっかりと名前が書かれたシールが付けられていた。鍵に付いたリングに、名前シールを挟み込むようにして止めてある。

「どうして、俺の鍵が。いつのまに」

 生徒会室の中の面々が困惑する中、生徒会長だけは面白そうに笑っていた。俺はその表情に凄く見覚えがある。それは“なんか面白そうなこと”が起こった時に、興奮した赤堂さんがよくする表情と同じだったのだ。でも、何かが違うような気がした。それで、確信をした。

 会長は俺に目を向ける。お前か?とその視線が語っていた。その視線が向けられるのとほぼ同時に赤堂さんは此方に向かって勢いよく振り返ってきた。眉は少し上がり、その表情は少し輝いていた。何か憧れのようなものを向けられている気がして、俺は少し居所が悪かった。

 もしかすると、赤堂さんは俺が何かやったと思っているのだろうか。そう思って肩をすくめ、首を振って違うと表現してみるも、何かを受け取ってくれている様子ないまま、赤堂さんは前に振り向き直した。


「赤堂さん、これは君が盗ったのか」

「違います。これを盗ったのは、私じゃありません。そもそも、副会長さんが何年何組の生徒かも知りませんし、自転車登校かどうかなのも知りません」

 正直に目を見て話す赤堂さんを見て、副会長は思案する。

「まあ、そうだろうな」

 俺は、副会長のその発言に目を細めた。「そうだろうな」そのセリフは、赤堂さんが何も知らないでいることを知っているような口ぶりだとも捉えられる。そうでなければ、「そうか」「そうなのか」といったような返答でいい筈だ。ともすれば、彼は赤堂さんが誰かに利用されていること、もしくは自身が利用していることを分かった状態で、混乱する状況の中、自然とその言葉が口に出てしまったのではないかと考えられる。

 副会長は自らの顎に手を置いて、何やら考えを深め出した。


「コホン。それで、放送設備の鍵はあったのか」

 咳払いを一つ入れ、そう切り出したのは生徒会長だった。見つからない放送設備の鍵、何故か出て来た副会長の自転車の鍵。ここにいる人物の大半は混乱しており、生徒会長が切り出さなければ無言の時間が続いていきそうな雰囲気であった。

「あ、ああ。そうでした。赤堂さん、他にはもう何も持っていないのか」

 まだ困惑が拭えない副会長が、気を取り直すようにそう口にする。赤堂さんはまだ入っていたポケットの中を全て取り出し、これで全部ですと言った。どうやらその中にも、放送設備の鍵はないらしい。あったのは赤堂さん自身の自転車の鍵やハンカチとティッシュ。特に目立ったようなものは入っていなかった。副会長はそれをどう受け止めているのか、真面目な表情で見つめていた。

「では、確認しよう」

 立ち上がった会長が赤堂さんのポケットの中に何も残っていないかの確認をする。そして、その中には何も残っていないことが確認された。


 これをもって『今この場で放送設備の鍵を持っていた奴が犯人だ』という制約はその効力を失う。結果として、そんな鍵を俺達は持ってなどいなかったからだ。


「副会長、本当に私は」

「いや、大丈夫だ。君ではないことは分かっている」

 そんな副会長と赤堂さんの会話を横に、生徒会長は嬉しそうな顔をする。

「どうした?船坂。誰かに謀られたか?」

「いいえ、会長。まだ何も分かりませんよ」

「何か心辺りでもあるのか?」

 副会長は中指で眼鏡を動かしてから強制的にその会話を終わらせるために次の言葉を用いる。会長は「逃げたな」と言いたいような顔をした。


「このままでは我々が昼食を食べる時間がなくなります。残念だか、今日の緊急会議はここまでにしよう」

 副会長がこの場を切り上げようとする。その前に一つ聞いておかないといけないことがある。

「すみません、副会長。俺達への容疑はこれで晴れたと考えてもいいんですか」

「いいや、あくまでこの場で君達が犯人だと断じられた訳ではないだけだ。君達には依然、疑惑は掛かったままだ」

「そうですか。分かりました」

「どうした。食い下がったりはしないのか?」

「いえ、ただまた呼び出される可能性があるのかどうかだけ知りたかったので」

「そうか」

「はい」

 結論を先延ばしにされただけで、まだ解決したわけではない、か。正直このまま有耶無耶になってくれるのが一番の結末なのだろう。だけれど、そういう訳にもいかないだろうと、俺の勘はいっていた。

「君達が自白して、鍵を返してくれるのが一番ありがたいんだけどな」

「それは無理ですよ。だって俺達は何もやってないんですから。鍵も持っていません。返したくても返せませんよ」


「ふ。どうだか。そうなるといいな。では、これにて臨時会議は終わりとする。生徒会は生徒会で閉めるから、君達はもう教室に戻れ」

 なんて雑な人だ。自分から呼び出しておいて、この扱いはないんじゃないか。そう思うも、俺は静かにこの教室を出ることにする。


「あの!ご、ご協力、ありがとうございました」

 生徒会室を出る時、書記をしていた女性徒が最後にそう声かけをしてくれた。軽く会釈をして教室を出ると、「副会長、今の態度はよくなかったんじゃないですか」といったような声が生徒会室の中から聞こえた。


 役員全員がまだ俺達のことを犯人だと決めつけ、下に見ていると思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。


 そういえばまだ、俺達も昼飯を食べていないな。なんて思っていると、帰りの廊下の途中で赤堂さんが切り出した。


「なあ、尾緒神。お前、副会長が私に放送設備の鍵を仕組んだって()()()()()

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