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第3話 その必要はなく

「いや、その必要はない」

 赤堂さんの力強い宣言を前に、副会長は断言する。その必要がないとは、どういうことだろうか。

 隣の友人は食い下がる。

「その必要はないって、どういうことですか」

「簡単だ。犯人は、既にこの教室に盗品を持ち込んでいる」

 教室がざわつく。皆、そんな馬鹿なとでも言いたげな表情だ。

「君達のいいたいことは分かる。犯人がわざわざ犯行の証拠となる盗品を持ち込む訳がないといいたいのだろう。でもそれは違う。彼らは、ここに来る際にはどうして自分達が呼び出されたのかは知らされていない」

 だから、まんまと盗品を持ち込んでいてもおかしくはないという訳か。む。本当にそうか?

 俺は自分が呼び出された放送のことを思い出す。たしかに、何で呼び出しているのかはよく分からない放送だった。

「それは違うかもしれないぞ、船坂(ふなさか)。あいつらが本当に犯人なら、どうして自分達が呼び出されたのかくらい察していてもおかしくはない」

「たしかにそうかもしれません。でも会長、考えてみてください。彼らは、『なんか面白いことをしよう』と迷惑行為を企むような奴らです。であれば、ポケットの中に盗品を入れたまま私達の前に現れ、それが見つかるかもしれないというスリルを味わっていたとしてもおかしくありません」

 副会長の頭の中で、俺達は既に有罪なのだろう。完全なる犯人扱いだからか、その印象は酷いもののように思える。尾緒神が犯人だ。彼はきっと悪いことを考えているに違い無い。そう決めつけられて話しを進められることには、いつまでたっても馴れそうにない。誰かの先入観に虐げられて来た過去が泡のように思い出しては消えていく。


「ではこうしましょう。今ここで、放送設備の鍵を所持している奴がいれば、そいつが犯人だ。そういうことでどうでしょうか、会長」

 む。と少し考える。展開が異様に早いような気がする。自分達の中で終わらせるのならともかく、相手に罪を着せるにしては、証拠が不十分ではないだろうか。副会長は、実際に誰かが持っている盗品を物的証拠に彼自身の説を裏付けしたいのかもしれない。しかし、今持っているからといってそいつが犯人ではない可能性だってある。例えば、真犯人に濡れ衣を着させられようとしている人物が盗品を持たされているとか。

 そんなことを思いながら、自分のポケットの中に手を入れる。こういう時、大抵は何故か俺がその盗品を持たされていることが多い。昔、リコーダーの先端が入れられていた時には驚いたものだ。どうしてそんなものが入っていたのに気づかなかったのか。あの時、俺に盗まれたと主張し、慰みものにされたと泣いていたメンヘラ女の彼氏には沢山殴られたものだ。

 俺は、彼氏に守って欲しいという願望のためだけに利用された。酷い話しだ。その彼くんも、神隠しにあってしまったみたいだけど。彼女にはもう会いたくないな。


 感慨にふけりながら、隣にいる赤堂さんに視線を向けてみる。彼女も俺と似たようなことを考えたのだろうか、自分のポケットの中に手を入れていた。彼女は少し固まっていたが、俺の視線に気づいてか此方を見て軽く頷く。


 おそらく、鍵が入っているのだろう。

 それは、困ったことになったなと思う。このままでは、俺達二人は窃盗の罪を着せられてしまう。所詮学生間でのことだ、今なら謝れば許して貰えるだろう。こういう場合、下手に話が長引いて自分の犯行がばれてしまう可能性を、真犯人は嫌がる。だから相手としては、対した深掘りもされないままに事態が収束するのを好む傾向にある。だからこそ、謝れば直ぐに許してくれるはずだ。

 罪を受け入れ、謝罪する。それが一番手っ取り早く厄介事を終わらせることができる手段であることは、一面の真実である。事実、痴漢冤罪で逮捕される大人も、勾留期間やその後の噂による社会的立場の喪失を嫌がってやってもいない罪を受け入れることがあるらしい。早く解放されるために。そんなニュースを見たことがある。俺がやっていることは間違っていなかったと思うには充分なニュースであった。大人ですらそうなのだ。子どもの俺が抵抗するだけ無駄である。最も、一番悪いのはやはり真犯人なのだが、そいつは簡単には見つからない。

 下手に反抗して事態が長引いてしまうことは、あまり好ましいことではない。例えその後に無実が証明されたとしても、疑われていた期間に隔たれた壁は修復困難なものである。それに、殆どの場合で無実になどならない。やっていない証明もまた難しいのだ。そして多数意見に押しつぶされる。

 どうせ最後には嘘の自白させられることになる。今なら先生は許すだのなんだのと言って、早く終わることを望まれる。自分で自分が信じられなくなっていく。そして自分も、どうしたら早く楽になれるのかを考え出して、結局は白旗を上げるのだ。だったら、最初から濡れ衣を受け入れて謝罪した方が楽なのである。


 そうしたらまた、同じような濡れ衣を着せられる。やつらは、俺の使い方を理解する。


 この高校でも同じことが起きるだけだ。流石に馴れたことではあるが、赤堂さんもそうだとは限らない。“存在しない友達関係”で見聞きした彼女のことを考えると、彼女はきっと抵抗をしたまま決して折れないタイプの人間だ。独りでも戦い続けられるような人だと思っている。たぶん。もしここで俺が罪を受け入れたとしても、彼女は自分はやっていないと一貫して主張するだろう。そしてきっと、この友達関係は終わる。


 俺は面倒臭さと、友人関係とを秤にかける。

 この関係はまだ、捨てがたい。


 だが、だからといって俺に何ができるというのだろうか。

「分かった。ではそうしよう。生徒会長として認める。今ここで放送設備の鍵を持っている生徒がいれば、そいつが犯人だ。そう考えていいだろう」

 既に完成してしまった盤面をひっくり返す。そんな能力は、俺にはない。

「横暴だ!そんなの、誰かに仕組まれて偶々持っていることがあるかもしれないだろ!」

 どう行動するべきか考える俺の横で、赤堂さんが声を上げる。敬語は消えていた。

 急に声を荒げた赤堂さんに大半の生徒会役員が驚いたのにも関わらず、会長と副会長だけはそんな素振りを見せなかった。副会長は赤堂さんを見ていたものの、会長は何故か俺に目を向けており、視線がかち会った。

 視線だけで、お互いにお互いを探り合っていることを理解する。

 何かがおかしい。


 副会長が眼鏡を軽く動かす。

「どうした、そんなに焦って。もしかして、本当に入っているのか」

「ち、違っ。そんなことは」

 後ずさる赤堂さん。俺は、その腕を掴む。

「落ち着け」

 俺がそう言うと、彼女は深呼吸を入れる。心臓が煩く鳴っているのか、胸に手を置いている。

「尾緒神、私。今日、体育があって、たぶんそのときに」

 赤堂さんの声が段々と小さくなっていく。

 嵌められたとでもいいたいような口ぶりだった。そう言えば、昨日貸した体操服をまだ返して貰ってないな。なんて呑気なことを思う。

「副会長が、赤堂さんの脱いだ服を漁ったと思うのか」

「心外だな。俺はそんなことしない」

 此方の話を聞いて不服だとばかりに眼鏡を光らせる副会長。その顔を見て、赤堂さんが俺にだけ聞こえるように呟こうとする。

「副会長じゃない、とは思う」

「何か思い当たることでもあるのか」

「ああ。でもまだ疑惑だ。ここで明言することは避けたい」

 そうは言うが、大体の目星は付いていた。将河辺(まさかべ)だ。

 俺も現状に対して一つの可能性を考えている。もしかしたら、赤堂さんが考えていることもそれと同じかもしれない。

 それは、副会長と将河辺(まさかべ)が繋がっているというものだ。俺達は、副会長と将河辺の二人によって計画的に嵌められたのではないか。そういう疑惑だ。

 そう考えた理由は、俺達が容疑者の中で絞られた理由だ。昨日の放課後、16:20以降に校内に残っていた人物。そんな人間は沢山いるだろう。これが部活動の終了時刻後ならまだ分かる。だが、16:20は七限が終わったばかりの時刻である。帰りのHR(ホームルーム)が終わった直ぐ後の時間も含まれるのなら、掃除に残った生徒や先生からの頼み事で校内に残った人間など、諸々の理由で校内に残った生徒がまだいてもおかしくない時間帯だ。つまり、犯行可能時刻に部活動にも所属していないのに校内に残っていた生徒というのには、大半の生徒が当てはまってしまう。だとすれば、生徒会の主張には疑問が残る。そんな時間も含まれる中で、どうして俺達が絞られたのか。その絞り方に問題はないのか。何か、個人的な理由が絡んではいないのか。

 次に、“お前を殺す”なんてメッセージを残したであろう将河辺(まさかべ)さんの関与が知らされたことだ。そんなことを聞かされれば、嫌でも繋がりを連想してしまう。“挑戦状”と同様に、俺達はまた彼女に狙われたのではないか。俺達は容疑者として絞られた訳ではなく、危害を加える相手として選ばれた。だから、俺達なのではないか。それが挑戦状の内容を改変させたことからの危害なのかは分からない。そんなことがなくとも、これは実行されていた計画なのかもしれない。

 俺としては、“殺す”とは物理的にではなく、社会的に、もっといえばこの学校にいられなくしてやる。という意味なのではないかとまで考えを巡らせていた。であれば、この罪を着る訳にはいかなくなる。謝って済む問題ではなくなるからだ。

 相手は、本格的に俺達を追い出そうとしているのかもしれない。


 副会長は、明らかに俺達が犯人だと確信している。それは本当にただ決めつけているだけの可能性もあるが、既にそうなるように自分で仕込んでいたことを、シナリオ通りに進めていたのなら話は変わってくる。俺が、昨日俺達を見たと話した証言者の名前を聞いたとき、その名前を口にすることを渋っていたことにも引っかかりがある。どうして将河辺さんの名前を出すことを渋ったのか。

 確証はない。あくまでも疑惑段階だ。そうとでも思っていないと、変な見落としをしそうで怖い。先入観や決めつけは、視野を狭くする。


 この可能性において、一つ気になることがあるとすれば、副会長の動機である。なぜ副会長はそんなことに手を貸したのか。

 これが、恋仲云々の話なら笑えないなと“存在しない友達関係”云々のことを思い浮かべながら微かに思った。


「わかった」

 明言を避けたいと言った赤堂さんに返事をして、改めて生徒会室を見る。

 今の会話を、生徒会役員の面々は訝かしんで見ていた。大局は、既に俺達の味方ではない。これが多数決で終わることなら、俺達は既に詰んでいる。


 俺は今回も謝ればことが終わると思っていた。だが、どうやらそうでもなさそうだ。

 とはいえ、()()()()()()()()


 知らず、小さな笑みを浮かべていた。


 俺には一つ、打開策があった。とはいえ、それをここで使ってしまっていいものか。

 赤堂さんを見て、状況を見て決断する。

 まだ、確認しないといけないことが残っている。俺は生徒会長を見た。

「生徒会長、俺はその提案に乗ります。今ここで、その放送設備の鍵とやらを持っていた奴が犯人です」

「尾緒神?」

 俺の返答に目を丸くしたのは赤堂さんだった。

 赤堂さんには内緒で、俺は博打を仕掛ける。


 現場では今、赤堂さんの了承だけが求められていた。

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