最終話 副会長の動機
机の上に弁当箱を広げる。今日の昼飯は、昨晩の残り物であった。昨日と同じものであっても、冷えているだけでまた別の味わいがするのだよ。なんてことを思いながら、俺は肉じゃがを口の中に放り込む。熱々だったジャガイモも、こうなれば怖くはない。一口に口の中へと収められる。
もぐもぐと噛んでいくほどに溢れ出す、ジャガに染みこんだ出汁の味を堪能する。赤堂さんは、だし巻き卵を口に入れながら頭を悩ませていた。先程まではそそくさとした態度の時間があったのだが、それももう過去のものである。
先に口を開けたのは俺だった。気恥ずかしそうな態度でいた赤堂さんとの変な空気を終わらせたかったのだ。
「整理をしよう」
まずは、今回の事件で起こったことを簡単に纏めることにした。俺達2人は、生徒会から呼び出された。理由は、放送設備の鍵が無くなったから。それを俺達が盗んだのではないかと嫌疑を掛けられてのことだ。
事件の顛末は、副会長が俺達に冤罪を掛けようとして来ていたとのこと。
俺達はそれを、後になって知らされた。「私が犯人だ」と会長が名乗り出た後、緊急で生徒会会議が開かれた。そこで副会長が、全てを白状したらしい。俺達はその会議の後、派遣された生徒会役員によって事件の顛末を知らされた。しかし、副会長の動機までは、個人的なことだからと教えては貰えなかった。10分しかない休み時間の間に、端的に事実を教えられ、軽く謝罪されたのみである。
結論。最初に鍵を盗み出したのは副会長。副会長が赤堂さんのポケットに隠し入れた鍵を持ち去り、事件をややこしくしたのが生徒会長。
さて、副会長はどうしてそんなことをしたのでしょうか。それを今、赤堂さんは考えている。一応、俺の方も軽い推論を立てていた。
赤堂さんが言った。
「私はそれを、次の生徒会選挙での分かりやすい実績作りだと考えた。でも、そうじゃなかったんだよな」
「俺も、結構いい推理だとは思っていた」
「嘘つけ」
「ばか、本当だよ」
実際に俺はそうかもしれないと思った。赤堂さんは不満そうな顔をしたまま腕を組む。そしてぐぬぬと唸った。
「でもやっぱり、私にはそこからが分からないんだよな」
「だったら、俺の推論を先に言ってもいいか」
赤堂さんは、腕を大きく突き出してそれを止める。
「ちょっと待て。尾緒神の推理を聞いたら、もうそうとしか思えなくなりそうで怖い。だからまず、私に自分で考えさせてくれ」
そう言ってからの今である。赤堂さんはお弁当をつまみながら、ずっと考えて混んでいた。俺はその表情を見ながら、気楽に昼食を取っている。
沈黙が続いたので、片手間に本でも読もうと思って今日のライトノベルを取り出した時、赤堂さんは目を見開いた。
「尾緒神。もしかしてこの件は、私達だからこそ解けなかったものだったんじゃないか」
俺は少しニヤけてみる。
「そうかもな」
「だよな!」
赤堂さんが机を叩いて身を乗り出してくる。近い、近い。
「ふぅ。やっとお前に追いついたぜ、尾緒神」
腰を深く椅子に落ち着けながら、赤堂さんが深い息を吐く。そして内ポケットからあの小説を取り出した。俺は少しだけ眉を寄せた。こいつに、まだ出番があったのか。
赤堂さんは、『俺は男女の友情を成立させてみせる!』というタイトルの本を見せながら軽く自慢気な顔をする。
「副会長は、成立させられなかったんだ」
「根拠はあるのか」
「根拠は、尾緒神を捕えたあの褐色のいい陸上部先輩だ」
「あの人、陸上部だったのか」
「ああ。後ろの掲示板にある学内新聞に載っていたぞ。今年の全国大会出場選手筆頭候補生ってな」
そんな記事があるのか。あとで確認しておこう。
「あの陸上部先輩が尾緒神に言ったことを覚えているか」
「ああ。確か、『悪いね。後輩くん。私達の青春の為に、罪を着て』だったかな。というか、赤堂さんにも聞こえていたのか」
あれは、俺の耳元で囁かれた言葉だった筈だが。どんな地獄耳だ。
「ああ。まあな。そしてその言葉の示す青春とはなにか。私はそれを、私達が嫌った恋人関係だと推測する」
赤堂さんは得意げな顔をして人差し指を立てた。
「つまりだな、尾緒神。この件は、私達が苦手とする男女の仲こそが全ての元凶だったと考えるわけだよ。そう、私達の間にはないそれがな」
ちょっとしたドヤ顔で赤堂さんがそういう。存在しない友達関係の件で、俺達にはそれがないことで誤解された事件があった。今回の事件は、それがあったことで複雑に見せられていただけ。そうだと考えてしまえば、副会長の動機も至極単純なものになる。
恋が事件を紛らわせた。
「副会長にとって重要だったのは、次の生徒会選挙なんかじゃない。その前の現生徒会の解任にあった訳だよ。尾緒神くん」
会長との接点がなくなってしまうことにこそ、副会長にとって災難があった訳だ。夏が終わってしまえばその時が来てしまう。だからこそ副会長は、夏が始まる前に、自らの恋路に決着を付けようとした。
赤堂さんの推理を聞きながら、俺は夏の音に耳を傾けた。ミーンミーンと鳴く蝉の音が、耳の中に届いてくる。その儚い恋路の結末はどうなったことか。そんなことは、生徒会長が素直に俺達に冤罪を被せなかったことだけで察せられる。
「私の推理はこうだ。副会長は、モテていた」
赤堂さんがドヤ顔でとんでもないことを言った。まあ、間違ってはないんだろうけど。
「副会長は、あの陸上部先輩からモテていた。しかし、副会長には既に好きな人がいた。それが現生徒会長だった訳だ。彼らの間にどんな時間があったのかは分からないけど、その関係にも終止符を打つときがやって来た。生徒会長は三年生だし、受験に集中しないといけない。そうなったら、恋人なんて作ってる余裕はないって答えられるかもしれない。そのまま卒業してしまうかもしれない。つまりだな、彼、彼女らの青春を終わらせる事件に、私達は巻き込まれた。そういうことだった訳だ。そうだろ、尾緒神くん」
俺はゆっくりと、頬杖をつく。
「副会長は、なんでその手段に冤罪を被せる。なんてものを選んだんだろうな」
「ふっふっふ。それを聞くのは野暮ってものだよ、尾緒神くん。やっぱり、事件を解決する探偵役は格好良いからに決まっているじゃないか。私だって、そういうヒーローに憧れていたことがある。女の私でも、成れそうなヒーローを探した時がな」
赤堂さんの声が、少しづつ小さくなっていった気がした。これは、何かフォローを入れた方がいいのだろうか。そう思って口を開き掛けたが、先に赤堂さんの言葉が俺の言葉を遮る。
「まあつまりだな!きっと副会長は、生徒会長に自分の格好良い所を見せたかったんだよ。たぶん、今のままの自分じゃ告白は成功しないとでも考えたんじゃないか。だから、事件の解決が出来るほどのヒーローにも成れる自分の姿を見せたかった。そうしたら、惚れてくれるかもしれないだろ」
言いながら、赤堂さんが唐揚げをパクりと口の中に入れてもぐもぐと噛んでしまう。
俺は思った。確かに、赤堂さんの推理は正しいのかもしれない。副会長は、本当に会長に自分が事件の解決が出来るほどの人間だということを示したかったのかもしれない。そう。例えば、『いなくなった誰かを見つけてしまえる』ほどの実力が自分にはあるのだと。そう示しすことで、会長を安心させてあげたかったのかもしれない。
大好きな相手の悩みに、自分が寄り添うことで解決出来るのだと、この事件を通して示したかったのかもしれない。そしてそれは、今すぐに。夏休みがやって来る前にはやっておかないといけないことだったのかもしれない。
そうしないと、手遅れになってしまうようなことだったのかもしれない。
「君は、いなくならないでくれよ」
「彼女には気を付けろ」
昨日の放課後、掃除の時間終わりに生徒会長とした会話を思い出し、俺はきゅっと唇を結んだ。
「尾緒神?」
赤堂さんに呼ばれたことで、俺は自分の顔が少しだけ強ばっていたことに気が付く。落ち着く為に、牛乳のストローに口を付け、残りの牛乳を全て飲み干した。
そうだったとするなら、そんな自分の作戦も見抜かれ、会長に鍵を奪われてしまっていた副会長はどんな気持ちだっただろうか。結局、会長には敵わない。なんてことを思ってしまってはいないだろうか。
俺に罪を着せようとした会長は、もしかしたら副会長の気持ちを汲んであげたかったのかもしれない。会長は会長で、会長なりの苦悩が最後まであったのかもしれない。
俺はその決断に、横入りしてしまったのだろうか。
結局2人は、両想いだったのかな。
「そう、なのかもしれないな」
なんてことを呟きつつ、俺は夏の空を見上げた。
後編 終




