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第1話 呼び出し放送

 チャイムが鳴った。

 以前までは心地よかったお昼休みの鐘の音も、今日ばかりはあまり嬉しくはなかった。そういえば、昨日もあまり乗り気ではなかったのだから、「今日」というよりも「ここ最近は」と言い直した方が正しいのかもしれない。

 その理由は単純だ。友達(あいつ)が、来る。

 いつもなら別になんとも思いやしない。でも今日は、正確に言えば昨日と今日はそうではなかった。

「しっつれいしまーす!おっはよう!尾緒神」

 赤堂さんが、満面な笑顔と元気で1年5組の入り口に現れる。

「ああ。赤堂さん、おはよう」

 俺と赤堂さんは今朝、既に屋上で会っている。それなのにここでまた「おはよう」と言い合うのは、篠崎先生の時みたいな勘違いを生まないためだった。先生はともかくとして、ほとんどの生徒は俺達が毎朝屋上で会っていることなんて知らないだろう。それなのに、毎回挨拶もなしにお昼を共にするのは変だ。そう思って『存在しない友達関係』の件の後、屋上以外で初めて会う時には「おはよう」と挨拶をしようと決めていた。

 しかし、挑戦状の件があった通り、お昼を共にしている時点でそんな努力は無駄だということを思い知らされた。屋上にいなくとも、男女二人でいるだけでそれなりの噂は立ってしまうものらしい。であれば、もう諦めるしかなかった。周りの目を気にして友達を辞めるのは、なんだか負けた気がして嫌だ。赤堂さんならそういうだろう。知らないけど。

 まあ、お昼を食べながら今朝の話題が出ることもあったので、噂にならない為にしていた努力は元々あってなかったものだったのかもしれない。それでもその挨拶を続けているのは、単にそれが習慣になってしまっているからという理由(わけ)以外には特になかった。

 元気のない俺を見て、昨日のことでも思い出したのか、赤堂さんが嬉しそうな顔をする。

「ん。どうした?尾緒神、()()元気がなさそうだな」

 彼女は面白いものを見るように、ニヤけながら目を細めて此方の表情を覗いてくる。期待されていることが手に取るように分かる。だが、残念ながらその期待には応えられない。なんたって、今日の元気のなさは“悩み”から来るものではないのだ。

 俺がへばるように机に項垂れて貼り付くと、赤堂さんが「うわっまたか」と言葉とは裏腹に少し嬉しそうにしながら言った。

「赤堂さんの方こそ。昨日あんなに遊んだのに、疲れ1つないのか」

 俺が机上に弁当1つ分の空間を空けると、赤堂さんの弁当箱はそこに置かれる。そしてまた、近場の椅子が彼女によって誘拐される。

「昨日って、ゲーセンのことか?30分もいなかっただろ」

「それはそうだが。その後、夜遅くまで公園で1on1をやっただろ」

 昨日、ゲーセンに行った後に赤堂さんの家近くの公園で永遠とバスケをして遊んでいた。本当はもっと早くに帰りたかったが、赤堂さんにゴネられてしまい、しょうがなくそれに応じていたのだ。“あばずれ”という紙を見た時の彼女の表情や、あの殺害予告の紙のことを思い出してしまえば、その提案を断ることは難しかった。

 もしここで俺が断ったとして、一人で彼女がここで遊び始めたら。なんて思うと、引くに引けなかったのだ。俺の面倒臭い思いは、心配に負けたのである。

 そんなことがあったものの、実を言えば、この疲れの本命はそれだけではない。俺が疲れているもう1つの理由は、その後にもある。俺の放課後の時間を引き換えにして、赤堂さんが買ってくれることになったライトノベルが想像以上に面白くて徹夜をかましてしまったのだ。

 そのせいで疲れが取れず、一睡もしないまま学校に来てしまった。完全に自業自得である。今朝、家を出るときには弟にも心配された。事故はするなよ、と。睡魔が強く襲いかかっていて、お昼の授業では本格的に眠ってしまいそうだった。午後の授業を起きておける自信はちっともない。

「あれは面白ろかったな。まさか、尾緒神があそこまで動けたとは」

 人差し指を自らの顎にあて、赤堂さんが昨日のことを思い出す。

 まあ、一応運動部には一通り入部させられていたからな。それなりに動けはするよ。なんて思う。部活を梯子(はしご)するのに、生半可な体力では体が持たない。本当、毎日を死に物狂いに生きていて、最悪な日々だった。やっぱり、あの時のことはあんまり思い出したくはない。そう思いながら頬杖をつく。

「それはこっちだって同じだ。赤堂さん、バスケ部でもおかしくはないほど動けてたぞ」

「ふふ。そうか?まーあ?私、こう見えても運動は得意だからな!」

 ドヤ顔で赤堂さんが胸を張る。会った当初に探検や虫取りがしたいなんて言っていた奴だ、それなりに動けるとは思っていたが、想像以上だった。活発的な人だとは思っていたが、提案された内容は所詮お遊びだと言えなくはないもの。俺は、まさか赤堂さんが運動部と同じほど動けるとまでは思っていなかった。

 俺と赤堂さんがそんな会話をしていると。

「へぇ。尾緒神も、まだバスケをやったりするんだな」

 凄みのある声で、後ろから大柄の男に話し掛けられる。男は、筋肉のせいか角張った印象のあるクラスメイト。播元(はりもと) 剛史(たけし)だった。高校生とは思えない風格で、そこにいるだけでなにかしらの圧を感じるような男だ。俺は彼とも何度か話しをしたことがある。4月の頃は、一緒にバスケをしないかとよくバスケ部に勧誘されていたものだ。正直、凄く迷惑だった。

 そんなことを思いながら、彼が来た方へ視線だけを動かす。奥の机では、彼と同じバスケ部である田池(たいけ)が面白そうに此方を見ていた。ひょうきんなやつだと思う。

 身長が190cmを越える播元は、俺を見下ろすように後ろに立っていて、俺は測らずとも睨み上げるような視線になってしまう。壁みたいだな。なんて思いつつ、不満に思う。俺が彼からの部活動の勧誘を断り続けていたのにも関わらず、バスケで遊んでいたことがそんなに不服なのだろうか。だとすれば、なんて心が狭いやつか。

 どうしようか迷った後に、皮肉の効いた言葉を選ぼうとしたとき、俺と播元の間に赤堂さんが割り込んで来た。

 その身長差に怯むことなく、赤堂さんは彼を見上げる。なんだこいつ、という顔だ。

「なんだよ、尾緒神がバスケをやったら何か悪いのかよ」

 赤堂さんは何故か喧嘩腰だった。

 彼女に睨まれる理由に心辺りがなかったのか、播元は不思議そうな顔をしてからはっとする。

「いや、悪い。別にそういう意味で言ったわけではないんだ」

「だったら何だって言うんだよ」

 キッと赤堂さんが睨む。

「ただ、俺もその1on1に混ぜて欲しいって言いたくてな」

「なんでだよ」

「俺も、また尾緒神とバスケがしたいんだ」

 その言葉を聞いて、赤堂さんが此方を見る。俺の意見を聞いてくれるらしい。だったら答えは1つだ。

()だ」

 そう言うと、赤堂さんはうちの尾緒神はこう言ってますが?という顔で播元を再び見上げる。

 彼は困ったような顔をして、赤堂さんから俺に視線を移す。眼差しは真剣だ。幾ら赤堂さんが俺を庇うように間に入ってくれても、あいつはその身長の上から俺を覗いて来られる。

「なぜだ。今回は別に、部活に入れと言っている訳でもないんだぞ。ただ、一緒にバスケをして遊ぼうと言っているだけだ」

「なぜって、分かるだろ?お前と違って、こっちは身長165あるかないかくらいなんだ。そんな俺がお前と1on1をやったところで、結果は見えている。だったら、やっても楽しく無い」

 こっちはプロのバスケ選手という訳でもないんだ。この身長差でやっても、全部のシュートがブロックされて何も面白くない。どうして、そんな身長の暴力を味あわなければいけないのか。そもそも、どうして疲れている時にバスケをしなくてはいけないのか。

 赤堂さんも、もし自分がそんなことをされたらと想像したのか、顔を青くしていた。そして「うん」と頷くと。

「それは、尾緒神が正しいと思う」

 と言ってくれた。赤堂さんも身長が高い方ではない。なんなら、俺よりも低いだろう。この気持ちを分かってくれるようで良かった。なんて思う。

「嘘を付け」

 まだ、粘ってくるのか。

「去年、俺のチームと試合で当たったことは覚えているか」

 覚えていないと言えば嘘になる。こいつ、見た目がいかついからな。他のチームメイトのことは思い出せないけど。そんなことを思いながら、俺は沈黙を選ぶ。覚えてないとも言えないからだ。

 あの時の俺にとって、敵が誰かというのはどうでもよかった。ただ、“優勝すれば部活を辞めていい”という親との約束を果たすためだけに必死だったのだ。そのために、入部させられた全ての部活でそれを目指した。死に物狂いで努力をした。一回でも優勝して、早くあの地獄から解放されるために。

「あの試合、俺達はトリプルチーム(3人のディフェンス)でお前に付いた。それなのに、お前を止めることなんて出来なかった。お前が言うとおりの身長差があるのにも関わらずだ。」

 この話しは4月に何度も聞かされた。ここからの展開も覚えている。俺とバスケをやろう、だ。冗談じゃない。俺はやっと、部活という呪縛から解き放たれたのだ。この自由を捨ててたまるものか。

 それに、バスケは身長がものをいう競技だ。身長の低い俺が容易に立ち向かえる世界ではない。この身長でバスケをするのなら、それなりにしんどい思いをせざるを得ない。文字通り、地獄を歩まなければいけなくなる。それは中学の時に一度体験した。あの頃よりも高さが求められる高校バスケなんて、俺は絶対にやりたくない。

 口を開けば何か悪い方向へと事が転がりそうで怖かった。慎重に言葉を選ぶ。もう、部活動勧誘は懲り懲りだ。

 身長の低い人間は、それだけで大抵の運動競技で不利を強いられる。それを撥ね除けてまで部活に取り組む姿勢は、今の俺にはない。身長が低いだけで地獄をみるのは、もう懲り懲りだ。

 そう思って赤堂さんを見ると、彼女は顎に手を置いて何かを考えていた。それを見ると、少し心が和らいだ気がした。昔とは違い、今の俺には心の支えとなってくれる友達がいる。そいつとの時間を捨ててまで、播元の相手をする理由はない。

「にわかには信じられない話しだな。別の誰かと勘違いをしていないか」

「そんなことはない。あれは確かにお前だった。俺は覚えている」

 トラウマになったからな。と播元が小さく呟いた。此方の知ったことではない。俺が黙っていると、播元はそのまま続けた。

「あの時のお前には、俺達が眼中にはなかった。お前は、目の前の俺達よりももっと先の敵をみて試合をしていた。それの悔しさが、お前に分かるか」

 確かに。あの時の俺はそんなことをしていた。目の前の敵を強豪校だと思い込んで、想像した選手と試合をしていた。そうするだけの余裕のある相手だった。

 だが、だからなんだというのか。目の前の敵を見て、そいつに合わせたぬるい試合をして欲しかったとでも、こいつは言いたいのだろうか。頭の中に、俺を嫌煙したチームメイトの顔が浮かぶ。レギュラーの座欲しさに、暴力にまで訴えて来た連中の顔が。自分の力の無さを、俺に押し付けるな。どくどくと、黒い感情が渦巻きそうになる。

「尾緒神、お前にも何か事情があるのだろう。だから、もうバスケ部に入れとは言わないことにした。お前が嫌なら、無理にバスケをさせるのもどうかと思ったからだ。だが、そうじゃないのなら、一度でいい。もう一回、俺とバスケで勝負してくれ」

 俺の我が儘に付き合ってくれとでも言わんばかりの感情の籠もった言葉であった。それでもやっぱり、俺は乗り気にはなれない。

 スポーツは嫌いだ。

「尾緒神」

 呼ばれて顔を上げると、目の前に赤堂さんの顔面が迫っていた。驚きでワンテンポ反応が遅れる。その顔は直ぐ目の前にまで迫っていて、避けるのは無理だった。ごちん。と、頭の額同士が打つかる音がした。

 ……!? 痛い。

 痛みを堪えておでこを押さえようとすると、ぐっと力強く顎を掴まれ、持ち上げられる。無理矢理上げられた視線の先には赤堂さんがいて、じっとこちらの瞳を覗き込んでくる。俺はひどく動揺し、言葉を出すことも叶わなかった。思考は真っ白になり、ただただ赤堂さんの瞳の情報だけが右から左へと流れていく。

 俺と同じか、それ以上か、周りに居た播元と田池も、赤堂さんの奇行に驚いているようだった。どれくらいの沈黙があったのかは分からない。ただ、次の言葉は赤堂さんで


「どうだ、尾緒神。落ち着いたか」

 と言われた。

「あ、ああ」

 取り敢えずそう答えるも、頭は未だにパニックに陥っている。


 赤堂さんが俺の顎から手を離す。そのタイミングで、放送が鳴った。

「お昼の時間に失礼します。1年2組の赤堂さん、1年5組の尾緒神さんは、直ちに生徒会室に来るようにお願いします。繰り返します……」


 もう何がなんだかよく分からなかった。取り敢えず俺は立ち上がって放送された指示に従おうとする。

「今の声。生徒会長、だよな。尾緒神、お前なんかやらかしたのか?」

 数歩だけ歩いた先の机で、つい先程まで呆然としていた田池が、我に返ってそんなことを言う。俺はそれに、「知らん」と答えてその横を通り過ぎた。

 教室を離れる俺の後ろを、赤堂さんが付いてくる。

「大丈夫か、尾緒神。まだ顔色が悪いぞ」

 まだ?まだってなんだ。一度は治ったみたいな言い回しだな、なんて思って気が付く。あの頭突き、多分昨日の俺が赤堂さんにしたことの再現だ。挑戦状を解いている半ばで、赤堂さんが自分の考えの中に閉じこもってしまった時に、俺は同じようなことをした。

 つまりあれは、彼女なりに俺を心配してくれてのことだったのか。

 まあ、確かに。言われてみれば、部活動勧誘に絡む事象なら、俺の顔は知らずに暗くなり過ぎているのかもしれない。それくらい嫌なことだという自覚はある。だから頭突きをして、一度治そうとしてくれたのか。だとしたら、威力がちょっと強すぎやしないだろうか。

 またやる機会があるかどうかは分からないけれど、もし次も同じことをすることがあれば、その時はもう少し優しく小突こうと、頭をさすりながら思う。


 赤堂さんの方を見る。心配する彼女の様子を見て、俺は一度立ち止まることにした。あまり心配させ続けてしまうのもなんだか申し訳ない。

「寝不足だ」

「え?」

「昨日、赤堂さんが買ってくれた本が想像以上に面白くてな。疲れているのに、徹夜して読んでしまった」

 そういって、ポケットから昨日赤堂さんに買って貰った本を取り出す。

「ありがとう」

 出来るだけ笑顔が作れるようにしてそう言うと、赤堂さんは一瞬だけ呆然とし、そして一度考える素振りを見せると、何か思いついたような顔をしてぷふふと笑った。

「なんだよ」

「いや、尾緒神って、本当に不器用だよなって思って」

 赤堂さんにだけは言われたくない。ん。待て、俺が不器用ってどういう意味だろうか。駄目だ。眠たいせいか、頭突かれたおでこがまだ痛むせいか、思考が上手く回らない。

 それにしても、今のは流石に無理があるぞ。なんて赤堂さんに言われるも、何のことだかよく分からなかった。

「ほら、生徒会室に行くぞ、尾緒神」

 そんな俺を置いて、赤堂さんは再び歩き始める。2、3歩前に出たところで嬉しそうに此方を振り返る。

「それで、その本のどんなところが面白かった?」

「そうだな」

 生徒会室に行くまでの間、俺は友人に買って貰った本の話しをする。

 先程まで憂鬱だった心が、少し晴れやかになったような気がした。


 それにしても、今日は酷く疲れている。とても眠たい。

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