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妄想英雄 ー俺の黒歴史が今では世界の希望らしいー  作者: 没太郎
第一部 夢の名残編
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第八話 妄想は形を得る

振り返るとそこにいたのは、腰から黒い小さな翼を生やした少女だった。銀色のストレートヘアに長い前髪。その隙間から覗く真紅の瞳が、じっと俺を射抜くように見つめている。


漆黒のドレスを身にまとったその姿は、まるで絵画から抜け出した幻想のようで――でも、どこかで見たような気がした。


「あ……」


知ってる。たしかに見たことがある。そんな気がするのに、記憶にもやがかかったように曖昧で……全然思い出せない。


戸惑う間にも、ラグ姐が再び構えを取り、異形の身体が警戒するように跳ね上がる。それを見た俺は、反射的に叫んでいた。


「待って、ラグ姐ッ!! 敵じゃないよ!!」


「はァ? なんでそんなことが言えんだよ。突然、何もねぇところから生えてきたんだぞコイツ。気配も音も、匂いすらしなかった」


「それでも……それでも、きっと敵じゃない。そんなことができる存在なら、とっくに俺たち、どっちか死んでるだろ?」


我ながら根拠のないセリフだったけど不思議と口を突いて出た。そしてそれが意外にも効いたのか、ラグ姐は納得したように唸りしぶしぶ武器を収めてくれる。


「……じゃあ何だ。知り合いだってのか? 今の“お前”を見て、“マコト”って呼んでたぞ」


ラグ姐の言いたいことは直ぐに理解できた。今の俺はもう、あの筋骨隆々の英雄じゃない。ただのポッチャリマンだ、そしてそんな俺を異世界(ここ)で知る人は現状存在しない筈……なのに彼女は迷いなく“マコト”と呼んだ。ラグ姐が警戒するのも至極当然だった。


「……知り合いでは、ないと思う。けど……」


正直、会ったことがあるような気がする。でも、知らない人のような。 知ってるけど、会った事はなくて、それなのに完全に知らないとは――なぜか言えなかった。


そんな俺の煮え切らない態度にラグ姐は頭を掻き、そっぽを向いてその場に座り込んだ。


「驚いた。私の予想では最低でも5分彼女の相手しなきゃ落ち着いて話も出来なかったから」


ーーが少女のそんな挑発気味の口調に、案の定ラグ姐が立ち上がり吠える。


「あァ!? 5分ありゃ十分だって言いてぇのかテメェ」


「実際十分。この子に手こずってる位だから」


少女は異形を見つめながら、どこか上から目線で、でも悪意はなくて、ただ事実を言っているような声色で言い放った。


「もう仲良くしてよ 君もあんまり挑発しないで、お話しするのが目的なんだろ? とりあえず座って話そう。俺はマコト、今は“誠一郎”って名乗ってる。こっちは俺の――そしてみんなのママ、ラグ姐。仲良くしてね」


――バチンッ!


「勘当だ。」


一秒の猶予もなく、ラグ姐の平手が俺の頭に炸裂した。親子の縁は秒速で断絶しそのままドスンと音を立てて、ラグ姐も俺の隣に腰を下ろす。


「それで、君の名前は?」


「……私は、マリィ・ノクターン。“魔族ってことにしてる”」


「“ってことにしてる”って……胡散臭ぇにも程があるな。」


「まぁまぁ、ラグ姐。で、マリィ。どうして突然、俺達の前に現れたの?」


マリィは少し思案するようなそぶりを見せてから、淡々と口を開いた。


「ある人と約束したの。それと――困ったことがあったら助けてあげてって、言われたから」


“ある人”との約束。俺の状況を知っていた、誰かがいるということだ。


「そいつって、誰なんだ?」


「言えない。“ワタシ、ヒミツノオオイオンナナノー”」


「……チッ。誠一郎、大体わかったぞ。こいつ、“不思議ちゃん”だ」


「私もわかった。ラグ姐は、見た目通りの乱暴者」


マリィにそう言われたラグ姐は目元を引くつかせながら震える拳を抑えて懐から細巻きタバコを取り出し一服し始める。


敵ではない。少なくとも、現時点では。

たぶん――あの“英雄マコト”を知る誰かに遣わされてきた存在。つまり、物語的には“お助けキャラ”。

そう仮定しておくべきだろう。多分これい以上突っ込ん聞いても言ってくれないだろうしな


「マリィ、ありがとう。色々と秘密があるのはわかったよ。よろしくね」


俺の言葉に、マリィは一瞬目を見開く。まるで、それが意外だったというように。


「……何も聞かないの? 怪しむのが普通」


「うん、聞かない。秘密なんて、誰にでもあるし。君が話したくなったらでいいや」


ラグ姐は俺のその言葉を聞いて大量の煙と共にため息を大げさに吐き、マリィは笑顔で頷いた。


「それで……困り事の話なんだけど」


「ええ、聞いてたからわかってる。――この子が、目立つって話ね?」


マリィは異形のそばに歩み寄り、その頭をやさしく撫でる。


「そうなんだよ。ラグ姐の家に連れ帰るにしても、この姿じゃ誰だって怖がる」


「勝手に話を進めんな! 『獣の巣』に連れて帰るなんて、許可してねぇからな!? そもそもうちにそんな余裕――」


「わかってる、例え話だよ。どっちにしろ今のままじゃアングラントの町にすら入れない。教団が戻ってきたら、今度こそ“浄化”される」


「なら、姿を変えてあげればいいじゃない。誠一郎が」


マリィは、コップの水をこぼしたら拭けばいい、みたいな当然のこととして口にした。


俺もラグ姐も、そんな彼女の言葉に固まる。


数秒後、ラグ姐が何かを察したように、俺の顔をじっと見て――


「ん? どうしたの?」


俺が問いかけると、ラグ姐は心底呆れたようにため息を吐き、マリィは眉間を押さえながら言う。


「……かなり察しが悪い」


「その姿になって知能落ちたみてぇだな」


おい!!! ちょっと待て!!! それはちょっと言い過ぎじゃないかな!! 俺やっと本来の姿を取り戻したってのに!! ってあれ……姿を……取り戻す……


「ハッ!!」


「理解したかよ 要は短時間で筋肉削ぎ落してきたお前ならやれねぇ事無いんじゃねぇかって話だ」


「誠一郎には思い描いたもの現実に昇華させる能力が備わっている……ってとある人から聞いた。身体の変化もその結果と捉えた方が自然な形。」


「……でも、俺にそんなこと……できるのか?」


そう呟いた俺に、マリィが首を傾げる。


「出来てるのに心配? 現時点で貴方の姿はとても安定している」


「でもそれは無意識でやっただけで……自分の身体だったからってのもあるし」


「大丈夫 この子は貴方がくれた形なら喜んで受け入れると思う 失敗しても死なないし」


「それ本当に言ってる!? マリィが勝手な代弁してるだけじゃない!? 死なないとかそういう問題じゃないよね 今以上にグロテスクな感じになったらどうするのよ」


焦る俺にマリィは悪魔的にほほ笑んで呟く。


「それはそれで面白そう」


えぇ……と、とにかく、やるしかないらしい。


俺は異形の前に立つと、深呼吸をひとつ。両手をそっと差し出し、そっとまぶたを閉じた。


――思い描け。優しくて、守られたくなるような、存在……出来れば、町中を歩いても通報されないぐらいに……幼いポルカが喜びそうなモデルが理想だ


「うーん……白くて、もふもふで、耳が長くて……愛されフォルムで……」


「ちょっと待て誠一郎。何考えてんだ?」


「……いや、なんかこう、ウサギ的なものを……」


「ウサギ……? いや悪くは無いだろうが全体的に丸くしろよ、目つきもたれ目にした方が愛され度が高い……筈だぞ」


「耳は長く、ふわっと垂れてるほうが“守りたい感”が出る。あと体毛は透けるような白。純潔の象徴」


なんかすげぇ具体的にアドバイスするな……ラグ姐もいつの間にか楽しんでるよね いや良いんだけどギスギスされるよりかはさ。


「わかったよ……やってみるね……!」


ぐっと手を握り直し、意識を集中させる。


妄想するんだ。もっと……ふわふわ。まるく、白く、たれ目で、耳は長く、ぷにぷにの足で――


バシュンッ!


突如、白煙の中から飛び出してきたのは――


「……顔だけ人……名前を付けるとしたら垂れ耳人面ウサギ」


「ホラーじゃねぇか!! 何想像したんだよお前!! 夜道歩いてたらちびるぞこんなの!!」


「うわああああ!! 違う違う違う!! リテイク!!」


バシュッ!


再び光と煙。


今度は――胴体が長すぎて、ウナギみたいな白い縞模様の何かが床を這っていた。


「ぅおぉぉぉぉい!!! なんでそうなるんだよおおおおおお!!!」


「マフラーウサギ……いい防寒具になりそう」


「さてはお前!!! ポルカのしっぽ思い浮かべたろ!! バレバレなんだよ!!」


違うんだ! 違うんだ俺は! 本当にふわふわモフモフが大好きなんだ!!!


三度目の正直とばかりに、心を沈め、もう一度想いを重ねる。


――あたたかい存在であってほしい。抱きしめたらほっとできるような、そんな姿を。


今度こそ、上手くいってくれ……!


バシュウゥゥッ――!


眩しい閃光が弾けた。


白煙の中から、そっと姿を現したのは――


真っ白な、ふわふわ毛並みのアンゴラウサギ型。赤い瞳がつぶらに潤み、耳はぴょこんと柔らかく垂れている。小さな鼻がひくひくしていて、抱っこしたら絶対に落ち着きそうな仕上がりだった。


「……うわっ……」


思わず、ラグ姐が口元を押さえて完全に女子の顔になった……これは大成功なのでは!?


「……なんか……すげぇ……可愛い……いいぞこれ」


「合格。及第点。抱っこして歩けるフォルム」


マリィが満足げに頷く。俺はと言えば、汗をダラダラかきながらそんな二人の姿を見つめていた。


「はぁ……はぁ……めちゃくちゃ……集中した……けど完璧だ」


「けどまだまだ未熟。改善の余地あり 誠一郎も能力ちゃんと磨いてくべき」


「まぁコイツならガキ共も喜ぶだろうし……連れて帰ってやっても……」


「姐さんって意外とチョロいよね……」


ーーガツン


殴られた……ラグ姐なんかこの姿になってから容赦なくなった気がするなぁ……


じんわり頭に広がる痛みを感じながら、足元にぴょこんと跳ねたアンゴラうさぎ型の異形(もう“異形”って呼べないぐらい可愛い)を見て、なんだか少しだけ救われた気がした。

閲覧頂き、ありがとうございました。




次回更新は6月16日以降を予定しております。 




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