墓標圧縮都市ーー誤認
ネリュスの言葉の意味を理解できなかった
モチャルカが死んでいる?
こうして俺達と触れ合えて、会話だって交わせている彼女が?
「モチャルカが幽霊?……死んでるって」
「何言ってんだよ 悪い冗談はよせ」
隣のイエナの目も大きく見開かれ、動揺している様だった。
けどネリュスの表情は変わらず事実だけを告げる。
「この廃棄区画は6年前に半狭間化してる。長く留まれば自己概念が曖昧になるの
外を彷徨ってる化け物だって元はこの帝都に住まう人だった。」
「じゃあモチャルカはなんでーー」
そう言いかけた時、イエナが俺の袖を引っ張り指差した。
「おい……あれ」
は?
「なに…これ」
一瞬、モチャルカが立ち上がり、ネリュスの前まで存在を見せつけるかの様に近づいたかと錯覚した。
けど違った。
彼女の影自体が立体的に浮かび上がりネリュスの前に立っていたのだ
「死者、幽霊扱いとは相変わらずネル殿は手厳しいですな。」
そう、影は語るがネリュスは無視し、モチャルカの影を大きく避けた。
「そうですか……なら影である拙者も遠慮なく」
モチャルカは頭をかきながら席から立ち上がり浮かび上がった影の位置に立つ。
「意味がわからない」
「わからなくていい ここはそういう場所なの」
ネリュスはただ俺達の腕を掴んで引っ張ろうとする
「なんとも曖昧な説明ですな。」
もはやモチャルカか影かどちらが口を開いたのかわからない。
ただ一つ言えるとすれば、彼女からお気楽な配信者の影はすでに消え去っていた。
「丁度、話していた所なのですぞ。この都市の有様と英雄の失ったものをについて。」
俺の腕を掴むネリュスの手に力が入る
「ボルタス降臨の影響はこの魔王国にも及びました。
魔王城地下にあった門は大きく裂け、周辺一帯は半狭間化。
英雄は故郷を失いましたとさ。」
「……」
「無事、マコト殿は天啓の塔を崩し、儀式を中断。ボルタスを狭間の外側へと押し返す事に成功。
魔王国は元凶を討ったマコトを讃えました。裏切り者だの恩知らずだのと罵っていた輩までもが
しかし、彼は狭間に長時間触れてしまった。例外などなく英雄は自己を失いましたとさ。」
「……るさい」
「ようやく叶えた夢……母君の罪を贖い、人々の命を救うという立派な夢。それすらも奪われた。
友は魔勇者の称号を得て、英雄は友と夢を失いましたとさ。」
「……黙りなさい」
「残されたのはそこの勇者殺しの臆病者。」
「黙れモチャルカ!!」
ネリュスは飛びかかる様にモチャルカの胸ぐらを掴むが彼女の口は止まらない。
「やっと拙者達の目を見ましたな?」
「ッ……」
「彼らと共にあったのは贖罪のつもりでござるかぁ?」
「そんなんじゃない!!」
「しかし、友の窮地にも国の窮地にも現れなかった魔勇者様が何を今更?
世界に飛び立てる身体を持ちながら何も成し遂げず、ただ後継の後ろに立つ
これではどっちが幽霊かわかりませんなぁ!?」
ネリュスの右手が振り翳される寸前、俺の身体が反射的に動く。
「な」
「もがっ」
そんな様子を見かねてかイエナもモチャルカの口を覆い引き離した
「ネリュス ちょっと頭冷やそう」
「離して!!私は冷静だよ!!」
「イエナ!! モチャルカをお願い。」
「おう 説教は任せろ」
ネリュスの右手を無理やり掴んで俺は音楽室を後にする
割れた窓から入る肌寒い風を感じながらただひたすらに廊下を突き進む。
ネリュスは途中で何度も腕を振りほどこうとした。
「離してって言ってるでしょ……!」
「落ち着いて」
「落ち着いてる! 私の目的は二人を連れ戻す事なの!! 姫も連れてかないと!!」
「わかってるよ けどそれ以上に君達の再会がこれじゃあマコトが報われない」
「そんな事言ってる場合じゃーー」
「ならマリィは? 俺達が本当に危ないなら一緒に来てる筈だけど何か言ってた?」
「いや……なにも………ただいってらっしゃいって……」
「うん。なら大丈夫 少し話して帰るくらいの時間はあるよ。」
抵抗が弱まった彼女を引っ張って適当に角を曲がり、目についた教室の扉を押し開ける。
錆びた蝶番が、ぎぃ、と鈍い音を立てた。
中は他の部屋と大差ない。
倒れた机、埃をかぶった椅子、砕けた窓。
ただ、さっきの音楽室よりは少し静かだった。
「……ここでいいか」
ネリュスの腕を離す。
彼女は数歩よろめくようにして止まり、荒い呼吸のまま教室の中を見回した。
「……なんでここなの」
「なんでって……適当に入っただけだよ」
ネリュスはしばらく黙ったまま教室を見回し、ゆっくりと視線を上げる。
黒板の上にはかすれたプレート
ーー2年A組。
「ここ……私達が授業受けてた教室」
「そうなんだ。なら丁度いいかもね」
「丁度良い?」
俺は近くに転がっていた椅子を起こして腰を下ろした。
机に肘をつきながら教室の中をぼんやりと見回してから
「英雄がどうしたとか、世界がどうなったとかはもうお腹いっぱいになっちゃって
なんていうかその……俺、もっと楽しい話が聞きたくなったんだ」
「楽しい話?」
「うん。君達が共に過ごした、ただのマコトの話。」
「なんで……」
「俺もさ。真実はこの旅の終着点にしか無いもんだと思ってたんだ
けど実際は違ったんだよね 君達という真実がずっと俺を見守ってくれてた。」
どこかで俺は聞いちゃいけないものだと思い込んでた。
彼らが俺を別人として扱ってくれていたから
マコトはもういないから
そして何より俺がマコトじゃないから。
けどきっとそれは間違ってたんだ。
思い出話くらい聞いたってよかった。
どんな奴だったのか聞いたってよかったんだ……だから
「もっと早く聞いときゃよかったのに ごめんね ネル」
ネリュスはすぐに答えない。
顔を逸らしたまま、机の端を指でなぞる。
「……」
少しして。
「……なにそれ」
声が、少しだけ掠れていた。
「今更すぎるんだけど」
笑おうとして失敗した顔。
「ほんと……」
ネリュスは目元を袖で拭く。
「ほんと、鈍いんだから」
笑おうとして、うまく笑えない顔。
ネリュスは袖で目元を軽く拭く。
「……少しだけね」
椅子を引いて腰を下ろす。
机に肘をつきながら、窓の外を見て、少しだけ考えるように視線を泳がせてから。
ネリュスは小さく息を吐いて、肩の力を抜いた。
「……私さ、始めはあんまり学校来てなかったんだよね」
ぽつり、と落とされた言葉は、さっきまでの刺々しさが嘘みたいに静かだった。
「戦争中で外じゃ大人達が人間と殺し合いしてるのに教室で机並べて、はい授業ですーって……バカじゃないのって思ってた」
窓の外に視線を向けたまま、続ける。
「けど18歳以下には正しい教育をってのが魔王様の考えで制度でもあった。」
机を指で軽く叩く。
「だから学校行かずに他校の連中とケンカしたり、郊外に出て魔獣狩ったりしてたんだよ。訓練って名目でね」
「えぇ……不良じゃん」
自嘲気味に、少しだけ笑う。
「うん、そう。先生にも目つけられてたし、出席日数もギリギリ。ほとんど顔出してなかった」
一拍、間。
「で、久しぶりに来たんだよ。なんとなく
理由は特になくって、ただ……なんか、気が向いたから」
ネリュスは軽く肩をすくめる。
「そしたらさ」
少しだけ、声の温度が変わる。
「教室に見慣れない顔がいて」
黒板の方をちらりと見て。
「おまけに人間」
短く、吐き捨てるみたいに。
「魔王国に人間がいるってだけでもムカつくのにさ、よりによって同じクラス。
しかも普通に座って当たり前の様に授業受けてんの」
机を叩く音が、少し強くなる。
「……なんかさ、許せなかったんだよね
なんでこいつだけって思ったんだよ。」
「……」
「戦争も、魔獣も、死ぬかもしれない現実も外では続いてるのに私達と同じ年齢だからってだけで魔王国に守られてるのがなんか凄くムカついた。」
ぐっと、拳を握る。
「だから殴ってやろうって思ったんだ」
「えぇ……」
あまりにもあっさりと。
「教室入って、一直線。何も言わずに顔面狙って」
「しかも顔!!」
「でもね」
そこで、ほんの少しだけ口元が緩む。
「当たんなかった」
「え?」
「彼ったら容赦なく私の羽に間接技決めてね」
ネリュスはその反応に、少しだけ満足そうに笑いながら、首元に手をやる仕草をして。
「で、次の瞬間にはこう、スッて入られて——」
軽く自分の首を叩く。
「はい、終了。絞め落とされた」
「強っ」
「それがマコトと私の出会い」
「なんかヤンキー漫画みたいな出会い方だな……」
「あははっ 確かに」
ネリュスは少しだけ楽しそうに笑ってから、肩をすくめた。
「でさ、気付いたら保健室」
「早いな展開」
「ほんと一瞬だったよ。記憶飛んでたし」
呆れたように息を吐く。
「目覚ましたらさ、羽包帯でぐるぐる巻きにされてて」
自分の背中に手を回す仕草をする。
「アイシングされてるし、変な固定具つけられてるしでさ……。
何よりムカついたのが普通に隣で椅子座ってんの、あいつ」
「え」
「本読んでた」
「なんで」
「知らないよ」
ネリュスは当時を思い出すように目を細める。
「で、私が起きたのに気付いたらさ」
一瞬、間。
「『大丈夫か?』って」
「……」
「めちゃくちゃ心配そうな顔で聞くの」
苦笑する。
「いやお前がやったんだろって思ったよね」
「そうだよね」
「しかもね その次の言葉がもう忘れられない」
少しだけ声が柔らかくなる。
「『また殴りに来ていいよ 俺も臨床経験積みたいし』だって」
「うーん……マコトってちょっと変わってた?」
「うん、変だったよ。君と同じ」
「ええ!? 俺……そこまで変じゃないよ?」
「いや、私からすれば一緒だよ」
ネリュスは少しだけ笑って、それからすぐに視線を落とした。
「マコトと同じ仕草をするのに……マコトじゃないんだもん」
「……」
「君、誰も呼んでないのに私のことを“ネル”って呼ぶよね? モチャさんのことだって“ダン”って呼んでた」
小さく息を吐く。
「本当は君、マコトだったりしない?
今なら私しかいないんだし、正直に言ってくれてもいいんだよ
勿論、誰にも話さないしさ」
その言葉は軽く投げられたみたいで、でもどこか祈るみたいでもあった。
少しの沈黙。
俺は視線を逸らして、机の木目をなぞる。
「……ごめん。違う。」
言葉はすぐ出た。
——出た、はずなのに。
「俺は誠にはなれない。
あくまで俺は成れの果てだから」
胸の奥が、妙に空っぽになる。
ネリュスは何も言わずに肩が落ちた。
「そっか。残念」
少しだけ笑って。
「謝りたかったんだけどな……私」
一拍。
「ちゃんと、“マコトに”」




