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墓標圧縮都市ーー残響

魔王国立ゼルヴァニア高等学府跡地ーー音楽室


「……中は意外と整ってんだな」


「うん。音楽室っていうより、サーバールームっぽいけど」


教室の壁際には大量のコンピューターらしき機械が並び、天井からは何台ものドローンが吊り下げられている。


その機械類に囲まれたど真ん中。


繋げた学校机の上に、モチャルカは奥の段ボールからカンパンや保存食、水を一つずつ取り出して並べ始めた。


「埃は機械の天敵でござるからな!! それよりも……ささどうぞ、遠慮せずお召し上がりを!」


「では遠慮なく」


俺はプルタブを開け、カンパンを一つ口に放り込む。


少し甘くて美味しい。

けど、魔王国製だろうがなんだろうが――


口の水分を全部持っていくのは、どこのカンパンも同じらしい。


「どうですかな? 

万が一の来客用にと用意してはいたのですが、皆様のお口に合うか」


「おいしいよ。ほらイエナも、あーん」


「あーん」


隣に座るイエナの口に放り込んでやる。


「んん”っ! ……ガキの菓子にも良さそうだな。悪くねぇ」


「安心しました! 拙者、食した事無かったもので〜」


俺達の手はほぼ、同時に止まった。


「毒味じゃねーか」

「毒味じゃん」


「賞味期限が少し過ぎてるだけですぞ!?

毒なんか入れてませぬ!!」


「イエナ、触手結んで」

「合点」


「ひいぃなぜ拙者への拷問法をお二人が!?

まさかネル殿から聞いてーー

ひぇええ!!固結びだけはご勘弁を」


イエナは冷静に触腕を手に取る。


「安心しろ蝶々結びだ」


「あぁっそんな 拙者にリボンなど可愛すぎてしまう!!」


「何の心配だ」


そうして、最初は触腕が机の上でじたばたと暴れたが、数本まとめて掴まれると意外な程あっさりと観念したのか彼女はピタリと動きを止めた。


くるり、くるりと触腕をまとめてーー


きゅっ。


綺麗な蝶々結びが完成。

ちょっとかわいい。

机の上に並んだ触腕はまるできれいな飾り紐みたいに結ばれていた。


「………」


ふとモチャルカは黙る。


そして。


ぽたり。


透明な雫が、机の上に落ちた。


「あっ」


「もしかして強く結びすぎた!? 

イエナやりすぎだよ」


「お前がやれって言ったんだろうがよ!!」


モチャルカは、しばらく俯いたまま動かない。


やがて――


ふるふると首を振る。


「……すみませぬ つい」


触腕の先で、目元をこすりながら言った。


「違うのです」


小さく笑って。


「これは嬉し涙でござる」


「……え」


俺とイエナの声が重なり、モチャルカは、結ばれた触腕を見つめながらぽつりと続けた。


「こうして誰かと机を囲んでくだらない事で騒ぐ」


少しだけ遠くを見る。


「……またこんな日が訪れるとは」


風が窓の隙間から吹き込む。


静まり返った音楽室。機械の低い駆動音だけが、かすかに響いている。


モチャルカは少しだけ笑いながらぽつりと溢した。


「学生の頃、拙者達もよくこうしてお菓子を持ち寄ってくだらない話をしておりました」


イエナは腕を組み低い声で尋ね


「“拙者達”ってのは英雄と魔勇者と王子か?」


モチャルカは一瞬だけ黙って、それから、静かに頷く。


「……はい」


窓の外で風が鳴り、机を見つめたまま言う。


「拙者達は部活仲間でござった。異界奏楽部という部の」


「異界……」


「異世界とそう呼んだ方が正しいのかも知れませぬな。

 異世界の楽器を開発して奏でる部活 拙者は開発及びドラム担当。

 ダン先輩は広報及びベース担当でネル殿は企画及びギター担当ーー」


「マコトは?」


つい名が出る前に聞いてしまった。聞かなきゃならないという使命感からじゃない

ただ純粋に興味が湧いたから。


しかし真剣な俺とは対照的にモチャルカは突然吹き出した。


「強いて言えばマコト殿は幽霊担当でござるな。

 部長なのにサボり魔で優柔不断だし、飽き性で楽器も弾けない続かない 

 おまけに無茶振りまでしてくる最高の幽霊部長でござる」


「今……最高要素あった?」


「無ぇ。皆無だ」


「ええ。だからこそ彼は英雄と呼ばれるにまで至ったのです

 学業も青春も人を救う術の前では彼にとって霞んで見えていたのでしょうな」


モチャルカはそう言って、誇らしげに笑ったが、その笑顔はどこか寂しそうでもあった。


しばらく誰も言葉を発さない。


また音楽室には機械の低い駆動音だけが響く。


やがて――


イエナが腕を組んだまま、ぽつりと口を開いた。


「……モチャルカ」


「はい?」


「お前は何を知ってる?」


モチャルカが顔を上げる。


イエナの視線は、まっすぐだった。


「前にネリュスも言ってた……お前が送った便りにも書いてあったな」


机の上に置かれたカンパンの缶を指で転がしながら続ける。


「“狭間”って」


その言葉が出た瞬間、音楽室の空気が、わずかに重くなる。


「それと」


イエナはゆっくり言う。


「今言った“異世界”ってのも」


モチャルカの触腕が、ぴたりと止まると同時に、風で窓が揺れた。


「……」


モチャルカはしばらく黙ったままだったが、やがて、結ばれた触腕を、そっと机の上で組む。


「……お二人は」


窓の外の街を見やりながら、静かな声で聞き返した。


「帝都がなぜこうなったか。

 なぜマコト殿が双方の国で英雄だと呼ばれるか真にご存知で?」


イエナは肩をすくめて答える


「知らねぇ。

 お前がここに呼び出すまでこの街の存在だって知らなかったんだ」


それからモチャルカをじっと見た。


「うん。だから聞きたいんだよ 俺達。」


音楽室の機械が、低く唸る。


モチャルカは小さく息を吐いた。


「……わかりました」


そして。


ゆっくりと顔を上げる。


「ではまず、前提として」


窓の外の空を指差し、少し笑う。


「世界というものは――一つではございませぬ」


イエナの眉がぴくりと動く。


モチャルカはその反応を確かめるように頷き、続けた。


「この世界の隣には、別の世界があると言われております」


そして。


机を、こん、と叩く。


「その境界。世界と世界の間を――**“狭間”**と呼ぶのです」


触腕の先で、机の上に小さな円を描く。


「魔王国はゲルムンヒルデ王国同様、太古よりこの狭間へ通じる門と共にありました」


少しだけ得意げに胸を張りながらも声を潜める。


「ちなみに“魔王”という呼び名

 魔族の王という意味ではなく――**“間王あわいのおう”**から来ているとか」


一拍置いて。


はっとした顔。


「あっ」


触腕で口元を押さえる。


「今のは王家に伝わるとびっきりの秘密でござった」


ちら、と俺とイエナを見て


「拙者が漏らしたとは言わないでくださいませ?」


「言わねぇし、信じちゃくれねぇよこんな与太話。

 んじゃあなんだ? つまりこの異様な発展と他国との圧倒的格差は狭間様様ってわけか?」


「Exactly。異世界から流れ着いた物や人を魔王国は解析、己が文明に組み込む。対照的にゲルムンヒルデ王国は禁忌に触れようとした。 狭間の門そのものの解析と流用を企んだのです」


「その結果が瘴気?」


「ええ。あれは言わば狭間の持つ防衛装置ですな。魔王国の使者はその危険性を鑑み、協力という名の中止を呼びかけておりましたが……結果は先述した通り」


なるほど……当時から技術格差があったのだとして、同じ狭間の門を持つ国。

魔王国が己が優位性を崩されるのが嫌で中止を求めていると受け取られても仕方ない


過去に魔王国で実際に起こった失敗談だったとしても


聞いたイエナは腕を組み、眉を曲げて唸りながら尋ねた。


「ん〜だとしたらだ。暦信教団の目的は何だ?

 各国を大戦に巻き込んでまで成し遂げたかった事が全く見えねぇ」


確かにそうだ

魔王国は悪だと宣って戦争に巻き込んでそれから?

戦争は儲かるって何かで読んだことがあるけど、国そのものが滅ぼされてりゃ意味がない。



モチャルカは答えを溜めるに溜めて


1秒


2秒 


10秒


そしてーー



「わかりませぬ」


ズコーーー


「わかってそうな反応だったんじゃん」

「なんで溜めたんだよ」


ただ崩れた空気感に対しても真剣な表情で彼女は返す。


「仮説はあるのですぞ……狭間から神を降ろすのに信仰心が必要だったとか世界に混沌が必要だったとか。

ただ事実として申し上げるには如何せん弱く、一つだけ言えるとすれば英雄が核心に迫った結果の行動だったと」


「ちょっとストップ……その神って…?」


「……聞く前から嫌な感じがするぞ」


「名を”ボルタス”。

 暦信教団がかつて天啓の塔で降ろした神でござるよ」


名前が出た途端、自然と身体が硬直し、俺を英雄の残り火と呼んだあの白い男の顔が脳裏を駆け巡った。

恐る恐るイエナの顔も覗くと眉間にしわが寄っていて……まぁ無理もない。


正直……マリィがいなきゃあの時どうなってたか。


「その反応……貴殿らが王都で退けたのはやはりかの者の様ですな。

 しかし、そうなると色々と実に不自然でござるなぁ」


「何がだよ」


「魔王国を目指していた貴殿らがたまたま聖剣のある王都滞在時にたまたまボルタスが現れ、たまたまボルタスの倒し方を知る魔勇者が現れ共に退けた……実に出来過ぎております。」


「それは……」


「拙者の考察では英雄盟友魔勇者と少女以外にもう一人、この国に堕ちたと睨んでおりますぞ?

 それこそ貴殿らの旅路を計画し、魔勇者を引き入れていた人物がね」


鋭い

彼女の口元が超絶不敵に微笑んでいるが、別に隠す必要もないだろう

むしろモチャ改め、ダンを探す為に俺達はあのメッセージに従ったんだから。


「そうだよ」


「おや意外。あっさり教えてくれるのですな」


「いいよそういうの」


俺がそう言うとモチャルカは、少しだけ肩を落とした。


「……しょぼーん」


触腕が、机の上で力なく垂れる。


「拙者~頭脳戦っぽい駆け引きをしてみたかったのですが~」


「似合ってなかったぞ」


「容赦ないですな!?」


それでもモチャルカはすぐに気を取り直し、机の横に置いてあった箱を触腕でごそごそと漁り始めた。


「まぁよいでしょう」


やがて、その中から小さな包みを取り出す。


「実は拙者、そんな駆け引きの嫌いなお二人に渡しておきたい物がありましてな」


触腕がこちらへ差し出される。


「これを――」


その瞬間だった。


バンッ!!


音楽室の扉が、勢いよく開いた。


「ネリュス!?」


「お前なんでここに!?」


入口に立っていたのは、左腕を吊った見慣れた赤髪の女だった。


荒い呼吸のまま、教室の中を鋭く見回す。


「……二人とも」


低い声。


「帰るよ」


その視線はまっすぐこちらを射抜いていた。


「ここは呑気にお茶していい場所じゃないの」


モチャルカがぱちぱちと瞬きをする。


「おぉっ!!」


触腕をぱたぱたと振った。


「ネル殿!! お久しぶりでござる~」


しかし――ネリュスは、そちらを一度も見ない。


まるで最初から、そこに誰もいないかのように。


視線はただ、俺とイエナだけを射抜いていた。


「立って」


低く、冷たい声。


「今すぐ」


俺とイエナは思わず顔を見合わせる。


そして、もう一度モチャルカを見る。


彼女は――


さっきと同じ場所に座ったまま。


触腕で小さな包みを差し出した姿勢のまま。


にこにこ笑っていた。


ネリュスはため息をついて


「……幽霊なんかに付き合う必要ない」


そして、当たり前のことを言うみたいに続けた。


「モチャルカは死んだんだもの」

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