墓標圧縮帝都――呼び声
無事異形を撒いた俺達は、魔王国首都への帰還の為、空中浮遊を続けていた。
さっきまで死にかけていたとは思えないほど静かで、いつの間にかマリィの声も聞こえなくなった。
ただ、今も影を喰った後の、あの妙に澄んだ感覚は少しだけ残っている。
そんな矢先。
「なにしてんだ……あれ」
イエナの呟きに、俺も視線を向けるとそこには。
異形に追われる、一人の女。
……いや、ただ追われている、というには様子がおかしい。
もし俺達をどこかで観測している“存在”がいるのだとすれば、きっとこう言うだろう。
――あぁ、なるほどね。次はその展開か~。
どうせ放っておけずにすぐ助けに行く展開だろ?
もしくは俺かイエナが飛び出して、全部ぶち壊す流れだろう?
残念ながらそんな期待には応えられないまま、俺達はその追われる女を静かに見下ろしていた。
うん……俺達悪くない
きっと追われている彼女の姿を見れば、俺達が呑気に上空から様子を窺っている理由もご理解頂けるだろう。
「ん”お”わ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”っ!! 本日は一段とお元気そうでぇえ”え”え”っ! おほ”ぉ”ぉっ!? 投石は卑怯ですぞぉ”!!」
触腕をばたつかせながら地面を滑走するスキュラの女。
背後から飛来する岩塊を、紙一重で躱しつつ絶叫している。
その少し上空。
『今の顔クソワロタww 終わったなww 草www 教育の賜物で草www 鬼ごっこ終了のお知らせ』
機械音声でコメントを読み上げるドローンが、ぴったりと彼女の頭上に張り付いていた。
……配信中でした。
「何してんのホント……」
思わず呟くと、イエナが呆れたように鼻を鳴らす。
「しかもありゃ、わざと引き付けてるな」
よく見れば、彼女は逃げ一辺倒ではない。
異形の動きを誘導し、廃ビルの残骸が密集している区域へと巧妙に導いている。
「……再生数稼ぎって奴なのかな」
「軽い命だな」
イエナがぼやく。
下では、
「はい皆様ぁ! 本日の企画はぁ! “墓標圧縮帝都・暴徒と鬼ごっこ生配信 vol318”でございまぁす!! チャンネル登録と高評価よろしくお願いしますぞぉおおおっ!!」
背後で建物が粉砕され、
『逃げ足Sランクで草www』
『今日も元気に不法侵入』
『魔王国仕事しろ』
コメントが容赦なく流れており、俺は無意識に高度を保ったまま尋ねる
「……帰る?」
イエナが、ゆっくりとこちらを見てため息をつく
「いつものお前ならそうするか?」
さっきまで影を喰って、現実から半歩ズレた感覚に浸っていた自分を、見透かされた。
俺は小さく息を吐く。
「……ごめん。助けよう」
イエナはにやりと笑った。
「だよな それに、ここに来た事を無駄足に済ませずに済む」
下では、スキュラの女が絶叫している。
「おほぉぉぉっ!? ちょ、ちょっとタンマ! タンマですぞぉおおおおおおっ!!」
そんな声をかき消すように異形は咆哮し、咆哮に合わせてイエナは叫ぶ
「誠一郎!! アタシを投げろ」
「わかった」
共に呼吸を合わせて一気に彼女を射出。
今の俺にとって人一人投げ飛ばすなんて造作もない。それがたとえ空中であったとしても。
イエナの体が、弾丸みたいに空を裂いた。
落ちる、というより――突き刺さる。
「どけェッ!!」
空中で体勢を捻り、加速をそのまま拳に乗せる。
次の瞬間。
轟音。
異形の頭部が、地面ごと抉れて、衝撃波が廃ビルの窓を一斉に割り、砂煙が爆ぜる。
『!?!?』
『今のなに!?』
『え』
『バグだろww』
配信コメントが一瞬で流量を跳ね上がり、イエナはそのまま着地、滑りながら吠えた。
「十秒だ! その間に回収しろ!!」
「了解!」
俺は急降下する。
影を喰った後、またあの澄み切った感覚が再び濃くなり世界の音が遠のいて、時間が、少しだけ緩む。
スキュラの女が、ぽかんとこちらを見上げた。
「え? え? ちょ、まさか本当に!? 皆様、そして親方! 空から女の子が――」
「ちょっと黙っててもらえます!?」
そのまま腰に腕を回し、担ぐ。
軽い。
触腕が俺の肩に絡みつく。
「え、ちょ、近い! 近いですぞ!? これは拙者へのガチ恋勢が黙ってなーー」
「暴れないで」
『安心しろ いないから』
『こんな事してないで、早く良い人見つけて欲しい』
『草www』
全然集中できない
地面が爆ぜる音が背後で鳴る。
イエナが異形の腕を蹴り折り、逆に引きずられているのが見えた。
時間だ。
「イエナ!」
「先に上がれ!!」
異形が咆哮し、無数の瓦礫が浮き上がる。
投擲の予兆。
俺は地面を蹴り、重力が薄れる。
浮遊。
一気に上昇――
その瞬間。
ドン、と空気が爆ぜた。
イエナが異形の顔面を踏み台にして跳んだのだった。
「遅ぇぞ!!」
伸びた腕が、俺の足首をがしっと掴む。
ずしり、と重み。
だが今の俺には問題ない。
三人分の質量だって関係ない。
「もっと上がれ!!」
「わかってる!!」
さらに加速。
瓦礫の雨が背後を掠めた。
『うおおおおお』
『この獣人……前ニュースでやってた英雄じゃね』
『は?』
『神回確定』
ドローンは必死に追従してくる。
「ちょ、ちょっと待って!? これ高くないですかな!? 高くないですかなぁあああああっ!?」
スキュラ女が絶叫し、イエナはぶら下がったまま笑った。
「少しぐらい我慢しやがれってんだ」
「想定してない高度ぉおおおっ!!」
俺はさらに高度を上げる。
地上の異形が小さくなり、咆哮が遠ざかる。
瓦礫の粉塵も、もう届かない。
風だけが強くなり、三人分の体重が一本の軸でぶら下がっているという、なかなかに狂った構図が完成していた。
「……よし、振り切ったな」
俺が呟くと、イエナが足首を掴んだまま下を覗き込む。
「しぶてぇが、この高度じゃ追えねぇだろ」
その時だった。
俺の肩に担がれていたスキュラの女が、恐る恐る口を開く。
「あの……」
「はい?」
「あの……お二人はもしかして……イエナ殿とその盟友殿ではございませぬか?
いや、恐らく多分そんなはずがないとは思っているのですが……」
「そうです」
即答。
スキュラの女の触腕が、びくんと跳ねた。
「……え?」
「だから、そうです」
俺がもう一度言うと、ぶら下がったままのイエナが横から口を挟んだ。
「なんだ、知ってんのかアタシらを」
その瞬間。
数秒の沈黙。
そして。
「はああああああああああああああああああああああああああっ!?」
危ない!! 鼓膜が震えるレベルの絶叫に彼女を落としかけた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待つでござるよ!? え? 本物? 本物でござるか!? ドッキリ? 大型企画? やらせ!? いや拙者やらせ嫌い派なんでござるが!?」
『情緒どうした』
『落ち着けタコ』
『ガチで声裏返ってて草』
ドローンが冷酷にコメントを読み上げ、スキュラの女は、がばっと俺の肩から顔を上げた。
「まさかその……貴殿らがここにいる理由は……差出人不明のメッセが届いたからでだったり?」
空気が一瞬、止まり、イエナが俺の足首を掴んだまま、ぴたりと動きを止める。
「……は?」
俺は思わず聞き返す。
「まさか君が」
「いや、英雄と魔勇者の帰還は仕入れてました故、拙者の独自ネットワークと裏回線を駆使して! で、で、でもまさか本当に届くとは思ってなくて! 半分ネタというか都市伝説検証というか!」
『魔王国の恥』
『ウチのタコが迷惑掛けてすみません』
『迷惑メール扱いされなくてよかったな』
『英雄をネタで危険地帯に呼び出すタコ』
女スキュラは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「だって! 本当に来るとか思わないでござろう!? 今日! このタイミングで!」
空中でわたわたと触腕を振り回すスキュラ女。
イエナが俺の足首を掴んだまま、低く言う。
「誠一郎」
「うん」
「こいつだな」
「たぶん」
『犯人自白で草』
『英雄釣られてて草』
ドローンが無慈悲に読み上げる。
スキュラ女はぶんぶんと首を振った。
「ち、違うでござる! 拙者はただ検証企画を――その、都市伝説的なアレを少々!」
「危険地帯に?」
「……観光的な?」
数秒の沈黙。
そして彼女は、こほん、と咳払いをする。
「ともあれ! 命を救っていただいたのは事実! ここは一つ、正式に名乗らせていただくでござる!」
いらない空気の切り替え。
だが止める前に、彼女は胸を張った。
「拙者はモチャルカ。この墓標圧縮帝都にて配信者を生業にしている美少女スキュラでござる」




