監視記録:魔王城 玉座
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《魔王城・上層 玉座の間》
《内部観測記録:No.███/非公開区分》
《記録方式:王権直結視座》
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映像は、玉座の正面から固定されている。
広間に映るのは二つの存在。
玉座に座す魔王――MAO。
その数歩後方、影のように立つ魔王代理ゲルヘナ。
MAOは、しばらく黙ったまま玉座に座っており、やがて、独り言のように口を開いた。
「……似ておったな」
主語は無い。 だが、誰の事かは明白だった。
「目の向け方といい、覚悟を問われた時の沈黙といい」
視線を動かさぬまま、続ける。
「マコトも、ああじゃった」
一拍。
「――親として、どう思う?」
その言葉に、玉座の背後に控えていた影が、僅かに揺れる。
「息子じゃありません」
即答。
沈黙が、しばらく続いた後、MAOが静かに問いを投げる。
「……ならば、なんじゃ?」
問いは柔らかい。
だが、逃げ道はない。
ゲルヘナは、一切の間を置かずに答えた。
「はい」
きっぱりと。
「あれは、息子の皮を被った、もっと悍ましい何かでございます」
MAOは、視線を逸らさない。
「貴様自慢の魔眼を以てしても、そうか?」
「ええ」
ゲルヘナは、一歩だけ前に出た。
「そして、その答えは、貴方様が望むものではございません」
「構わんよ」
一拍。
「儂は、真実を聞く覚悟だけはある」
ゲルヘナは、ほんの一瞬だけ目を伏せ――
次の瞬間には、完全に感情を切り離した声で語り始める。
「……あの者は、恐らく“単一の魂”ではありません」
玉座の空気が、僅かに軋む。
「正確には」
言葉を選ぶように、一拍置いて。
「三つの存在の痕跡が、一つの器の中に同時に存在している」
MAOの眉が、わずかに動いた。
「三つ、じゃと?」
「ええ」
ゲルヘナは、淡々と続ける。
「あの者の魂からは、明確に“三人分の匂い”がします」
視線が、誠一郎が立っていた空間へ向く。
「一つは――マリア様」
「……」
「狭間における管理者としての痕跡。
権限と記録に近い、純粋な“機能”の計り知れない匂い」
MAOは、黙って聞いている。
「もう一つは」
ゲルヘナの声が、わずかに低くなった。
「私の知らない、別の誰かです」
「別の、誰か?」
「はい」
「英雄でも、この世界の住人でもない」
一拍。
「恐らく、私達妖怪と同じ“外”から来た魂かと」
空気が、ひやりと冷える。
「思考様式も、価値観も、この世界に属していないのでしょう」
「……それが、誠一郎の本質か」
「恐らくは」
ゲルヘナは、首を縦に振る。
「ですが」
その次の言葉は、少しだけ――ほんの少しだけ、硬かった。
「問題は、三つ目です」
MAOは、無言で促す。
「――息子の匂いが、する」
その言葉は、重い。
「英雄の魂は、確かに“死んだ”はずでした。
私もあの場で、彼の最後を見届けたつもりです」
「あぁ。お主が虚偽の報告を行ったとは思っておらぬよ」
「ありがとうございます」
ゲルヘナの声は、冷たいままだ。
「ですが、あの者からは」
一語ずつ、言い切る。
「確かに、“あの子が、この世界を見ていた時と同じ匂い”がする」
沈黙。
「混ざっているのです」
その答えに、MAOは足を組み替えながら不敵に笑った。
「ハッ……混ぜられている、の間違いじゃろうて」
「……はい」
「奴が中にいる時点で、あの者を蘇らせた存在は火を見るよりも明らかじゃ」
断定だった。
「残滓でも、記憶でもない。
もっと厄介な――“在り方”そのものすら混ぜ込んだとみえる」
MAOは、思わず息を吐く。
「三つの魂に一つの身体……まるでケルベロスじゃな。全く厄介な事をする」
「えぇ……本当に」
ゲルヘナは、珍しく言葉を探すように息を吸った。
「――とはいえ」
MAOは、玉座に背を預けたまま、ゆっくりと口を開いた。
「貴様」
視線だけを後方へ向ける。
「先程から随分と穏やかな顔をしておるなぁ。監視システムで丸見えじゃぞ」
「……そのような事実はございません」
即答するが、否定の速度が、ほんの僅かに速い。
「あの者は三つの魂を混ぜ込まれた不安定存在。
危険度は依然として高く、監視対象として――」
「聞いたわ」
MAOは、言葉を遮る。
「評価の話ではない」
一拍。
「“選択”の話じゃ」
ゲルヘナの肩が、わずかに揺れる。
「当代の英雄――ラグド・イエナ」
名を出され、否定は続かない。
「貴様の庇護下にあった。
慎重で、優しく、それでも最後は自分で選ぶ、
珍しいほど芯の通った娘じゃ」
一拍。
「その娘を、あの者が選んだ」
MAOは、くつくつと喉を鳴らした。
「息子ではない、と言い切る割に、その事実は、随分と気に入っておるように見えるが?」
「…………」
沈黙。
やがて、ゲルヘナは視線を落とす。
「……否定は、致しません」
声は低い。
「理性としては、あの者を息子と呼ぶべきではない。
構造的にも、存在論的にも、別物です」
一拍。
「ですが」
ほんの一瞬だけ、言葉が緩む。
「“息子とも言えた存在”が、
善い選択をしたという事実は――」
言い切らない。
だが、それで十分だった。
MAOは、満足そうに頷いてみせる。
「親じゃのう」
「……陛下」
「否定しても構わん。だが、儂には分かる」
玉座から、僅かに身を乗り出す。
「悪しき道を選ばなかった」
「力でもなく、打算でもなく」
一拍。
「人を、選んだ」
ゲルヘナは、ゆっくりと息を吐いた。
「……ええ」
短い肯定。
「それだけで、全てが許されるとは思っておりません。ですが」
視線を上げる。
「世界を壊す側ではなく、
誰かの隣に立つ側を選んだ」
MAOは、静かに言った。
「それは、確かに救いじゃ」
「少なくとも、今はな」
沈黙が落ちる。
やがて、MAOは楽しげに笑った。
「安心せい。嫁を連れて帰ってきた、などとは言わんよ」
一拍。
「ただ――良い娘を選びおった、とは思うがの」
「…………」
ゲルヘナは、何も言わない。
ただ、その背は、先ほどよりも僅かに力が抜けていた。
王権直結視座をもってしても、 その沈黙は――“否定”には見えなかった。
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《内部観測記録:継続中》
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