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第__話 亡霊

城の中は、外から想像していたよりもずっと静かだった。


MAOに案内されつつ重厚な扉を抜け、長い回廊を進むにつれ、足音だけがやけに大きく響く。

壁には古い壁画と、意味を読み取れない魔法陣。


和と異質が無理矢理縫い合わされたような空間につい視線が揺れてしまう。


「城の中誰もいない 従者も衛兵も」


そんな俺のつぶやきに目の前を滑る様に歩くホログラムは答えた


「働き方改革じゃよ 我が城はフレックスタイム制、労働者自らが労働時間を決められる制度を設けておる。一部のモノ好き以外はこんな夜更けに働かんよ」


「あの門番さん夜型だったんだな。」


「実際門番も必要無いんじゃけどなぁ~」


そう言いながら二回MAOが手を叩くと後ろの扉と廊下を防火戸の様に分厚い壁が閉鎖した。

凄い。ロボットアニメとかでよく見る奴だ。


「おぉ」


「儂には必要ないがこの城の上層階は我が国幹部の住まいでもある その者達と民の安寧を守るのが今の我の責務という訳じゃ」


そして辿り着いた先――

巨大な扉が、音もなく左右に開くと


そこは、玉座の間だった。


天井は高く、奥行きは異様なほど広い。

床には黒曜石のような艶を持つ石材が敷き詰められ、中央に一本、玉座へと続く道が伸びている。


そして、その最奥。


玉座に既に腰掛けていたのは――


「――フハハ」


ホログラムと同じ格好の年若い少女の姿をした魔王。


……の、はずだった。


近づくにつれ、違和感が積み重なっていく。


なんか玉座の装飾に比して、衣の揺れが不自然に乏しい様な。

足元に影が、決定的に薄くて光が、僅かに滲んでいる?


(まさかこれも……ホログラム?)


けど頭に浮かんだ言葉を、すぐに否定したくなる。


幻影とも言える存在が、この“世界を睨むような視線”を持てるはずがない。


視線を向けられた瞬間、世界そのものに見られているような錯覚に襲われていたからだ。


存在感だけで言えば、圧倒的に本物。


「――驚いたか?」


玉座の少女は、楽しげに口元を歪めた。


「安心せい。そちの目は正しい」


一拍。


「我が現魔王国統治者――MAO 真名ヴァルディーネ・カリオン。」


軽く指を鳴らすと、像が一瞬だけノイズを帯びた


「の投影じゃけどな 色々こっちの方が便利じゃし」


威厳のある名乗りと空気が抜けた様に切り替わるテンションに


「あの……本体は?」


思わず尋ねてしまった。


「さあな」


悪戯っぽく肩をすくめる。


「玉座かもしれんし、城そのものかもしれん。

 あるいは――」


視線がちらりと上を向き、不敵に頬杖をつく。


「国そのものかもしれんぞ?」


俺が言葉を探していると、肩の上のマリィが僅かに身を強張らせた。


何も言わないが、視線だけが玉座から逸れない。

——否定もしない、その沈黙が妙に引っかかった。


「それでその……なんで俺たちをこの玉座の間に? なぜ“不良娘”って?」


「いやなに」


MAOは、楽しげに手を振っている。


「個人的に、貴殿と話しておきたいことがあっての」


玉座の上の像が、ほんのわずか近づく。


距離は縮まっているはずなのに、実際には一歩も動いていない。


「不良娘は言わずもがな、そちの肩に世話になっとる“まりぃ”じゃが――」


一拍。


「そやつの話は、今はどうでもよい」


即座に、冷えた声。


「貴方を親だと思った事なんてないわ」


彼女はそう言って俺の肩から飛び降りて俺の手を引こうとする


「こんな人ほっといて行きましょう、誠一郎。イエナに会わせてあげる」


「あぁ、なんて親不孝ものなんじゃ〜」


それを見てわざとらしくもホログラムの少女は、芝居がかった仕草で額を押さえた。


「あまりのショックである事ない事漏らしてしまいそうじゃわ~」


「どういう意味」


マリィの声が、低くなる。


「言葉通りの意味じゃよ」


玉座からの視線が、逃げ場なく突き刺さる。


「口を挟まぬ事をおすすめする」


一瞬の沈黙。


「……わかったわ」


その答えに、MAOは満足そうに頷いた。


「さて、すまんの。話を続けよう」


「は、はい」


空気が、切り替わる。


「貴殿が当代の英雄――イエナ殿や仲間達と共に、偽神ボルタスを退けた件」


「………」


「魔王国にも、きちんと届いておる」


玉座に座ったまま、指先を軽く組む。


「何でも、推定二十キロを超える超巨大魔障に対し、対策を編み出したのは貴殿だとか」


「……」


「いや~やるのぉ~ 良くやった グッジョブじゃ~」


「あ、ありがとうございます……」


「貴殿が我が国の民なら、英雄として飼い慣らしたい程の活躍じゃぞ?」


(……嫌な言い回し。イエナを囲おうとした王国の動向までも知ってるという事か。)


「……それは」


「あぁ、すまぬ」


軽く笑う。


「深い意味はない。英雄逃亡の一件までも届いておったものでな」


胸の奥が、ざわつく。


「ただ――」


声の調子が、わずかに落ちた。


「それはあくまで、貴様が我が国の民では無いとすれば、の話じゃ」


玉座の上から、じっと見下ろされる。


「貴殿、魔王国に訪れたのは初めてじゃな?」


「……はい」


「ならば問おう」


一拍。


「この国全体、この城、何よりも――今の儂を見て」


視線から逃れられない。


「外から来た貴様は、なぜ平気でいられる?」


言葉と空気が詰まっていく。


「……それは……」


「恐怖も、畏怖も、違和感も無い」


淡々と、断定される。


「先程もまるで――『あぁ、そういう存在か』と、納得したような顔だったぞ?」


沈黙が、広がる。


「理由はいくつも考えられる」


「肝が据わっておるとも言えるし、首都に辿り着くまでに慣れたとも言える」


そして――


「じゃがな」


MAOの視線が、ゆっくりと俺の右側に立つマリィへ移った。


「決定打は――そやつじゃ」


「……」


沈黙。


「その不良娘は、一人を除いて、誰にも懐かん」


玉座の間に、重い言葉が落ちる。


「人にも、魔族にも、魔物にも、王にも、民にも……そして神にもな」


マリィは、何も言わない。


「必要とあらば利用はするが、肩に乗り、額を預け、背を任せる事はない」


「黙りなさい」


マリィの声が、鋭く空気を切ったが。


「――それを、貴殿にはやっておる」


MAOは、意にも介さず続けた。


静かだが、逃げ場のない断定。


「マリィ――もとい、マリアがそうしているという事実だけで、儂には十分じゃ」


玉座の間の空気が、重く沈む。


「故に、結論は変わらん そちは――」


一拍。


「マコトじゃな?」


その言葉が落ちた瞬間。


――が、しゃり、と。


玉座の下から、場違いなほど現実的な駆動音が響いた。


黒曜石の床が、無音のまま幾何学的に分割される。

艶のある石だと思っていた表面は、ただの擬態だった。その下から覗いたのは、冷たい金属光沢。


次の瞬間、玉座そのものが変形。


背もたれの左右がせり出し、折り畳まれていた構造体が展開され、豪華絢爛の装飾の奥から現れたのは――明らかに武器だった。


多銃身。

恐らく魔導式の回転機構。

魔力と物理弾、両方を前提にした設計。


機関銃。


照準用の光が、俺の胸元に正確に重なり、空気が凍りついた。


「……ッ!」


隣のマリィが即座に反応し、俺の手首を強く掴む。

「逃げましょう」


声は低く、切迫している。


手を引かれるも、足は動かない。


——その瞬間、ツユハさんの言葉が、遅れて胸の奥で蘇る。


「あそこは守られる場所やけど、あんさんにとっては多分、試される場所でもある」


あぁ。


ここまで来て、ようやく理解した。

これは奇襲でも、脅迫でもない。


——俺自身が、量られている。


「……誠一郎?」


一瞬、彼女の声に揺らぎが混じり、俺はマリィの手をそっと握り返す。


「大丈夫だよ、マリィ」


視線を、逸らさない。


銃口の向こう。

玉座の上の少女――MAOを、真っ直ぐ見据える。


「ここは……俺が向き合うべき局面だ」


機関銃は、動かない。

引き金も引かれない。


ただ、撃てる状態のままそこにあってMAOは、感情を挟まず告げた。


「我が国は、六年前、英雄の犠牲を以て、武器を収めた。」


淡々と。


「そんな国に再び。英雄が現れたとあらばどうなるか わかるじゃろう?」


言い訳も、猶予もない。ましてや逃げるなんてすれば俺が戦争の引き金になったっておかしくはない。


俺は、ゆっくりと息を吸う。


「俺は――」


声は、震えなかった。


「英雄の“続き”ではあると思います」


一拍。


「けど、英雄じゃない」


銃口が、わずかに揺れる。


「マコトがやったこと、成し遂げたこと……それが今の俺に繋がってるのは、否定しません」


「でも」


視線を逸らさず、続ける。


「俺は、あの人じゃないし、同じ場所に立った時、きっと俺なら別の選択を取る。」


「それでも――俺を“英雄”として見るのなら、撃てばいい。世界がまた燃えるよりはマシです」

静寂。


機関銃の回転音が、止まった。


MAOは、笑わない。

ただ、真顔で俺を見定めている。


世界を量る目。


長い、長い沈黙の後。

「……否定も肯定もしないか」


玉座の武装が、音もなく収納されていく。

床は元の姿へ戻り、金属の気配は完全に消えた。


「確かにそちは英雄でもマコトでも無い さながら我と似た者同士か」


MAOは、初めてわずかに視線を和らげた。


「貴殿は――英雄自身でも、その後継でもなかろう」


一拍。


「英雄という現象の、例外じゃ」


沈黙。


そして、不意に。


「――誠一郎。貴殿は、なぜ歴史が繰り返されると思う?」


唐突な問いだった。


「戦争が起き、英雄が生まれ、救済が語られ、終わったと思えば、また同じ事が起きる」


視線は俺に向いているのに、どこか世界そのものを見ている。


「力が足りぬからか?知恵が足りぬからか?」


小さく、首を振る。


「違う。人が、同じ“語り”を欲しがるからじゃ」


一拍。


「分かりやすい敵、分かりやすい救い、分かりやすい英雄」


「そうであれば安心できる。理解したつもりになれる。」


「だからこそ歴史は、同じ形をなぞる。英雄譚という名の型に、世界を押し込める」


視線が、俺に戻る。


「英雄は、その型の中心に置かれ、守られ、称えられ……そして、消費される」


沈黙。


「じゃが、そちは違うのじゃな」


声が、静かに落ちる。


「そちは、きっと型の外から来た。最初から、その語りに属しておらん」


「もし、そちが“英雄になる”とすれば――それは、また別の歴史になるであろう」


玉座の少女は、ほんの僅かに微笑む。


「英雄が必要とされぬ物語。

英雄が現れぬことで、続いていく世界……そういうものが、そちの先には見える」


マリィが、小さく息を吐く。


「儂ももう、英雄を望まん。息子も、マコトも……そんな繰り返しの中で失ったからの」


長い沈黙の末、玉座の上の魔王は、ゆっくりと頷く。


「そなたの滞在を許そう 誠一郎」


その言葉が、この場における全ての緊張を断ち切った。


——そして。


突然だった。


バタンッ!!


玉座の間の扉が、壊れたみたいな勢いで開く。


「マリィ!! 城門前にいねぇじゃねぇかよ!!」


反射的に振り向くとそこにいたのは――


パジャマ姿のイエナだった。


……やっと会えた!! 


寝癖のついた髪、薄い夜着一枚。

完全に寝ていた人間の格好なのに、なぜか視線だけが異様に鋭い。


そして、その目が――俺に向いた瞬間。


右半身の白化。

色の抜けた髪。

右目を隠すバンダナ。


俺の変わり果てた姿を見てか、イエナの表情が、凍った。


「……んだよ、それ……」


彼女の声が、わずかに震える。


けど立ち止まらず、むしろ歩調を早めて、一直線に近づいてくる。


「 イエナ!! 会いたかった!!」


そして嬉しくて口が、先に動いた。


「パジャマすっごく可愛いね!!」


両手を広げて、一歩踏み出した――次の瞬間。


ゴッ!!


世界が横に吹き飛んだ。


「がばッ」


床に叩きつけられて、息が詰まる。

口の中に、鉄みたいな味。


……血?


「――っ、え?」


何が起きたのか理解する前に、襟首を掴まれて引き起こされる。


そして――


唇に、衝撃。


思考が、完全に止まった。


短くて、強引で、でもどこか必死なキス。


離れた瞬間、額が触れるほど近くで怒鳴られた。


「夫婦の契りだ!!」


頭が追いつかない。


「二度と無茶すんじゃねぇぞ!!」


胸ぐらを掴まれたまま、睨まれる。


「アタシを未亡人にしたら……」


声が、少しだけ揺れた。


「承知しねえからな……!!」


……あぁ。


殴られた理由も、キスされた理由も、全部、今になって分かった。


「……ごめん」


それしか言えない。


その時玉座の上から、どこか呆れた、けれど面白がる声が落ちてくる。


「……とんだDV妻じゃの」


俺は思わず、視線を上げる。


MAOが、頬杖をついたままこちらを見ていた。


怒ってもいない。

脅してもいない。


ただ、楽しそうだ。


「殴って、口付けて、契りを宣言するとは……夫婦とは、実に騒がしい」


隣に、小さな気配。


マリィが血の付いた俺の口元を一瞥し、差し出されたハンカチを受け取りながら、横目でイエナを見る。


そして――


ほんの一瞬。


信じられないくらい、嬉しそうに口元を緩めて


……笑った


「……良い」


ぽつりと、満足そうに。


「ちゃんと怒ってくれる人が貴方には必要」


それだけ言って、再び何事も無かったかの様に俺の肩に戻る。


玉座の上で、MAOが小さく息を吐いて


「なるほどの」


視線が、俺とイエナ、そしてマリィを順に巡る。


「そちが英雄にならぬ理由が、また一つ増えた様じゃな」


……不思議と。


その言葉が、今までで一番、しっくりきた。


玉座の間に残っていた張り詰めた空気が、完全に――日常の重さに塗り替えらていく。

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