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第__話 秘密の多い女

皆の無事は、聞いた。

重い怪我をした者はいるけれど、命は繋がっていることも。

まだ合流できていない者がいること――

それでも、“最悪”ではないと、そう思っていいということも。


だから今は、考えない。

考えても仕方がないことは、マリィがちゃんと線を引いてくれているはずだから。


――そんなことを思い返しながら、いつの間にかよじ登ってきたマリィを肩車したまま、俺は城門に向かって歩いていた。


行き交う魔族や魔物たちが、ちらちらとこちらを見る。


多分、警戒というより、戸惑いに近い視線だな。 


逆に俺を人間として見ている人はいない様で


「……あれ、親子かしら?」

「いや、歳が合わなくない?」

「こんな時間に?」


そんな囁きが、ざわりと空気に混じっていた。

どれも敵意はなく、ただの好奇心。

城門前で見るには、少し変わった光景なのかもしれない。


その視線を背中に感じながら、俺は肩の上へ、控えめに声をかける。


「マリィ……あの……もう自分で歩けるよね、君」


「歩けるわよ」


「いや、歩けるかどうかの確認じゃなくて何で肩車なのかという」


くすりと小さく笑う気配。


「疲れちゃったの。朝から魔障の点滴も兼ねて、お見舞いにも行ってたし」


「……うん。ネリュスの様子を見に行ってくれてたのは、ありがとうなんだけども」


「じゃあ――あなたへのご褒美」

彼女は、わざとらしく脚を軽く揺らす。


「少女の生足を肩車で堪能できる貴重な時間よ」


一拍置いて、からかうように続ける。


「貴方が望むなら、前みたいに舐めてもいいわ。イエナにも黙っててあげる」


「セレナさんとのあれは未遂だ!! 実際舐めてない!!」


「あら? そうだったかしら」


楽しげにとぼけるが、その一件を把握しているのは、イエナとネリュス、モチャ――

そして、かつて俺の中にいた“先生”だけのはずだ。


「……あのさ」

その事実に思わずため息混じりに漏らす。

「もう正体隠す気、ないよね。君」


「ええ」


あっさりとした返事。躊躇も、誤魔化しもしないのか


「だって貴方――」

少しだけ、声の調子が変わる。


「もう、確信してるもの。そしてその確信――全部、正解よ」


そう言って、マリィは俺の頭に軽く額を預けた。


「だから貴方、今すごく困ってる。聞きたいことが多すぎて、どこから手を付けていいかわからない顔」


その通りだ 図星すぎて、何も言い返せない。

もどかしいのに君といると不思議と安心してしまう。


君になら騙されていてもいい、利用されていてもいいと思えるほどに。


「なぜか」

「どうして、こうなったのか」

「私が、何をしたのか」


一つひとつ、耳元で囁くように言葉が並べられる。


「……最初に言ったでしょう?」

少しだけ、悪戯っぽい声。


「私、秘密の多い女なの」


そして、逃げ道を塞ぐように。


「でも安心して 貴方が知ることになる秘密は――全部、貴方のものよ」


少なくとも一つだけ理解できた。

彼女はずっと楽しんでいる。今のこの状況も、あの無表情な顔から想像出来ないほどに。


――人の迷いも、恐れも、選択の瞬間さえも、甘く味わう悪魔みたいだと俺は密かに思った。



「そうだ」


突然、何かを思い出した様にマリィは俺の頭に預けていた額をそっと離し、肩の上で、何かを探すように小さく身じろぎする。


「これ、あげるわ」


視界の端に黒い布が垂れてきたかと思うと突然右半分の視界を覆われる。


「……わっわっ 突然何?」


「バンダナ。もう使わなくなったものよ。私の右目はちゃんと出来上がったから」


「……出来上がった?」


問い返すと、彼女は俺の頭の後ろで結んでくれた。


「私、今、義眼なの。空洞だと格好悪いからしばらく隠してた」


そして、少しだけ真面目な声になる。


「その目ね。時々、見え過ぎちゃうから 他人の過去とか……必要以上に」


説明されるより先に、右目の奥がじんと熱を帯びる。


(なるほど……)


「無理に抑え込むと、疲れるし、痛む。だから“閉じる”選択肢も、持っておいた方がいいわよ」


そう言ってから、いつもの調子に戻る。


「それよりも」

肩の上で、またくすりと笑う気配。


「目の色までお揃いだと、イエナが嫉妬しちゃうわ」


「……そっち?」


「そっちよ」

即答。


「女の嫉妬はね、魔王よりも厄介よ」


「これから魔王様にも会うんだよね?……なんか怖くなってきちゃったな俺」


俺は小さく息を吐き、再び歩き始める。


「……まぁでも、ありがとう。マリィ」


これは、額に結ばれた布切れに対してじゃない 赤子になってもなお、俺が壊れないように黙って見張ってくれていたこと。


そして―ー俺が気づくその瞬間まで、何も奪わず、何も急かさなかったことに対してだ。


「こちらこそよ 」

彼女は満足そうに言って俺の頭を撫でた。




城門は、やはり魔王城と同じく街中の建物とは明らかに趣が違っていた。


瓦を幾重にも重ねた和風の巨大な門構えで重厚な木組みに施された魔法陣が鈍く光っており、その前に立つ衛兵たちも、さらに異質だった。


街の魔族たちは布や革を重ねた実用的な服装なのに対し、彼らは身体のシルエットが浮かび上がるほど先鋭的なデザインの装束を身にまとっている。


鍛え抜かれた筋肉を誇示するかのようなそれは、全身タイツと呼べるようなチープさは無いものの正直目を引く


何より二人とも、でかい。

背丈も、肩幅も、俺より一回りは上だな。


周囲の通行人たちも、城門に近づくにつれて自然と距離を取っていく。


――嫌な予感がする。


案の定、門前まで来たところで、一人が一歩前に出てきた。


「おい」


低く、荒れた声。


「止まれ。ここがどこだか分かってんのか?」


足を止める。


視線が、どうしても彼の服装に行ってしまう。いや見るなと言う方が無理があるだろうこれ。


いかにも近未来な世界観でぴちぴちスーツ着て古風な城の前に立ってるなんてあべこべが過ぎる


ただ……それが良くなかった。


「……あ?」

衛兵の眉が、ぴくりと動く。


「なんだテメェ。人の格好、品定めしてんのか?」


一気に距離を詰め、威圧的な影が落ちて周囲の空気がぴりっと張り詰めた。


「い、いや……ごめんなさい そういうつもりじゃ――」


言い終わる前に、もう一人の衛兵が気づいたように目を見開く。


「おい、待て」


彼の視線は、俺じゃない。

俺の――肩の上。


「……その子……」


制止するように腕を伸ばすが、遅い。


絡んできた方は、なおも一歩踏み出した。


「質問に答えろ。何もんだ、テメ――」


その瞬間。


「貴方、無礼ね」


肩の上から、静かな声が落ちる。


それは怒鳴り声でも、威嚇でもない。

ただ、事実を告げるだけの、淡々とした声音



――なのに。


空気が、凍った。


絡んできた衛兵の表情が、みるみるうちに変わる。

血の気が引き、目が見開かれ、口がわずかに震えている。


「……っ」


喉が鳴る音が、やけに大きく聞こえ止めようとしていたもう一人の衛兵は、完全に青ざめている。


慌てて片膝をつきかけ、しかし途中で動きを止める。「正解の行動」が分からなくなった様だ。


「ま、待っ……」


言葉にならない声。


マリィの表情は見えないけどこの空気感は既に知っていた。明らかにキレている


「名も名乗らず、理由も告げず、それで相手を威圧するのが、この城の礼儀?」


一拍。


「うちのと違って、随分と品のない門番ね」


「も、申し訳……!」


最初に絡んできた衛兵が、反射的に頭を下げるその動きは、さっきまでの威圧が嘘みたいにぎこちない。


「マリィ、怒らないで 元はと言えば俺がジロジロ見ちゃったからだし」


一瞬。


肩の上で、気配が止まる。


……何も返ってこない。


(や、やば……余計だったか)


そう思った直後。


「……貴方が、そう言うのなら♡」


声の調子が、ほんの一瞬で変わった。

きゅるん、とでも擬音を付けたくなるような甘く、柔らかい声音。


衛兵の表情が、理解できないものを見る顔になる。


そんな顔で俺を見ないで 俺も知らん


「代理には、もう話は通してあるわ」


すぐに声は元に戻る。感情の起伏を一切感じさせない、いつものマリィの声。


「下がりなさい」


そして命令。


「はっ……!」


二人の衛兵は、ほとんど反射的に一歩下がった。

背筋は強張るほどに伸び、視線は地面へと縫い留められている。


「し、失礼いたしました……!」


もはやそこに、威圧も疑念もない。

残っているのは――完全な服従だけだった。


マリィは、それ以上何も言わない。

ただ、俺の頭に軽く手を置く。


「ほら。行きましょう」


「……う、うん」


なぜ、彼らがここまで怯えるのか。

その理由を考える余裕もないまま、俺は再び歩き出す。


城門は、こちらが近づくよりも早く、音もなく開かれ、その先に広がっていたのは、意外にも静謐な光景だった。


整えられた砂利道。

ライトに照らし出された見事な一本松。

池の水面には鯉がゆったりと影を落とし、日本式庭園そのものだ。


砂利を踏みしめる音だけが、やけに大きく響く。


――その時。


『――フハハハハハッ』


耳ではなく、空間そのものが笑った。


「ッ!」


圧倒的な威圧感が叩きつけられ、城全体が軋むように震えて、池の水面が荒れ、鯉が跳ね、水飛沫が高く舞い上がる。



『ほぅ……』


低く、愉快そうな声が、庭園の奥から降ってくる。


『その隻眼の丸い男が――』

一拍、間を置いて。


『最後のツレか、不良娘』


次の瞬間。


空を切るような微かな駆動音とともに、丸い小型の機械が飛来した。


手のひらほどの大きさの球体。表面を走る光のラインが、脈打つように明滅している。


それは俺たちの前で、ふわりと停止し、間を置かず、球体の一部が展開される。


無数の光点が溢れ、空間に投影されていく。


現れたのは、一人の少女。


年頃は、マリィと同じくらい。

整い過ぎた顔立ちに、作り物めいた均整。


長い髪は現実感のない輝きを帯び、輪郭は淡く揺らいでいる。


――ホログラム。


けれど、その視線には確かな意志が宿っていた。


少女は宙に浮いたまま、こちらを見下ろし、口元が楽しげに歪んだ。


『……ふむ』


視線が、俺に向き。


『なるほどな』


そして、投影の足元に文字情報が走る。


《MAO SYSTEM》

Status : Online

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