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第__話 光の都

「ここが魔王国首都 ゼルヴァニアやよ」


ツユハの運転する軽トラ――改め、小トラ。

その車内から見える景色は、ただただ広壮豪宕だった。


一言で言い表すとすれば近未来都市。

俺のいた日本の文明レベルを、完全に凌駕している。


夜だというのに明るく、町全体がネオン煌めいて、ホログラムが随所に散りばめられている。車道には車輪の無い車や竜にブランコを取ってつけた様な見た事の無い乗り物が走っていた。


歩道には魔族だけじゃない。

ケンタウロス、ミノタウロス、スキュラ、ワイバーン、オーガ、スライム――

魔物と呼ばれる存在たちが、ごく当たり前に街を練り歩いている。


「凄い。魔物まで……」


そんな呟きにハンドルを握りながらツユハは教えてくれた。


「安心してええよ この国におる魔物は他人を襲わん 理性があるさかいな」


「理性って……」


「……魔障ってわかる?」


「魔族の成長を助けるとかって位しか」


「よう知ってるやん 魔障はいわば知恵の実やわ 魔族の成長を助け、魔物には理性を与える秩序。この国が国であり続けられるんもその魔障のおかげって話なんよ」


ツユハはそう笑顔で語った後に顔を曇らせて続ける


「ーーただ、最近は魔障の数が減らしててな」


「なぜです?」


「あくまで噂なんやけど……魔王国全域を囲う防御障壁に迎撃装置の維持に魔力が大量必要らしいんよ」


(なるほど……俺達の飛行艇を撃ち落としたアレか。マリィの分、確保するの少し苦労しそうだな)


「ただ、まぁこの6年間この国が平穏やったんはアレのおかげやから文句は言えんのやけどね」


ネリュスの語っていた歴史が本当だとするなら。

大国同士が手を組み、魔王国に戦争を仕掛けた理由は――きっと、この圧倒的な隔絶と技術格差に付随している。


「難儀な顔なんのはわかるけど……ほら、見えてきたえ」


ツユハがそう言って顎で前方を示し、俺は反射的に視線をやった。


バイパスの先。

ネオンに染まる高層建築群の合間を抜けた、その向こう側に――


巨大な城があった。


近未来都市のど真ん中に、あまりにも場違いな和風建築。

石垣の上に聳え立つ白壁と黒瓦、幾重にも連なる屋根。

夜だというのに、天守閣は静かな光に照らされ、威圧感すら帯びてこちらを見下ろしている。


「……城?」


思わず零れた俺の声に、ツユハは小さく笑う。


「せや。あんさんのお仲間のいる 魔王国首都ゼルヴァニア、その中心――魔王城や」


最先端の技術と魔障の秩序が支配する都市の中で、ただ一つ、時代から切り離されたように在り続ける存在。


(近未来都市の中心に、和風の天守閣……か)


「ってそれよりツユハさんなんで俺の仲間の居場所ご存知なんです!?」


「いやだから送ったげるって言ったやろ 居場所も魔王城に勤めてる友人に《MAON》で聞いたら普通に教えてくれたえ?」


「そんな……探しに行くって暴れてた俺馬鹿みたいじゃないですか それになんですかまおんって……」


ツユハはハンドルを握りながら片手で上着のポッケから取り出して見せた。


「Magic Adaptive Order Network 略してMAON 魔王国領内なら離れてても声や文字を届けられる板やね」


「……いやこれ……マナ計測装置ですよね?」


「魔王国の文化詳しいんやね そう 旧型はそういう機能あったらしいけど今は民生転用して通信手段に」

彼女がそう言い切る前に、俺は自分の顔をダッシュボードに打ちつけた。打ちつけざるを得なかった


「……っ」


穴があったら入りたい。

なんなら今すぐ、この小トラの床板を突き破って消えたい。


勝手に一人で焦って、勝手に暴走して、その間に相手は《MAON》で連絡一本。


家出した子が親戚の家で一時的に預かられてたみたいな。


あながちその例えは間違っていないのだろうけど、迷惑ばかりかけて、空回りしまくってた自分が、急にどうしようもなく惨めに思える。


「……悪かったです。色々」


小さくそう呟くと、ハンドルを握ったままツユハが肩をすくめる。


「別に気にせんでええよ」


前を見たまま、あっさりと。


「《MAON》は魔王国独自のもんやからな。外の国の人間が知らんのは当たり前や」


「でも……」


「それに、すぐ仲間を探そうって動いたやろ。それは悪い事ちゃう」


ツユハはちらりとだけ俺を見て、少しだけ口角を上げる。


「この国じゃ、“すぐ手段を探す”んも“すぐ足使う”んも、どっちも正解」


そう言って、また視線を前に戻す。


「たまたま今回は魔王国でのやり方が早かっただけやし、便利であればええっていう訳でもないよってな」


「そういうもんですか?」


「そういうもんよ。戦争終わってこの国もめざましい変化を遂げたけど――」


彼女は一瞬だけ言葉を切って、街の明かりを見やる。


「うちら妖にとっても好ましいだけやない だからこそあんなへんぴな所に住んでるんやけどね」


「なるほど…つまりその…妖と魔物は……別物?」


俺の疑問を察して穏やかな声で続ける。


「この世界の人間からしたら一緒やろうね。

けど、あんさんから見たら違ったんやろ?」


ツユハはちらりと俺を見て、尾を揺らめかせた。


「目ぇ覚ましてすぐ、うちらのことを“魔物”とは呼ばんかった」


そうだ 俺はあの時ーー


「……妖怪、って言いました」


「せやね」


ツユハは小さく笑った。


「今回の一件はうちらが誰かさんに似た同郷もんに世話焼きになってしもた。 そういう事にしとき な?」



巨大な城を正面に捉えたまま、小トラは速度を落とした。

バイパスから外れ、城へと続く広い道路の脇に設けられた簡易的な停車帯へと滑り込む。


「――ここまでやね」


ツユハがウインカーを切り、エンジンを止める。


「え? 城まで行かないんですか?」


そう言ってから、俺は改めて周囲を見回した。


城へ続く大通りは、どこまでも真っ直ぐ伸びている。

だがその先――魔王城の外郭付近には、明らかに空気の違う結界のようなものが張り巡らされており、見えないはずなのに、肌がひりつく。


「当たり前やけど、魔王城の敷地内は誰でも入れる訳ちゃうんよ」


ツユハはそう言って、ハンドルから手を離す。


「特に今は物騒や。身元がはっきりせん人間を、うちが直接連れて行く訳にはいかん」


「……なるほど」


納得は、できた。

むしろ、ここまで乗せてきてくれただけでも破格だ。


「ここから先は、城の方の判断やね」


ツユハはそう言って、俺の方を見る。


「《MAON》で中のもんに連絡は入れてる。

城門まで行ったら、話が通るはずやよって」


「本当に……ありがとうございます」


そう頭を下げると、ツユハは少しだけ困ったように笑った。


「礼はいらんて。

言うたやろ? 同郷もんに世話焼いただけや」


そう言ってから、ふと思い出したように付け加える。


「それに――」


彼女は魔王城の方へ視線を向ける。


「あそこは守られる場所やけど、あんさんにとっては多分、試される場所でもある」


「試される……?」


「自分が“何者か”をな」


意味深な言葉を残して、ツユハはドアを指で軽く叩いた。


「ほな、行き」


俺は小トラを降り、振り返る。


「また……その……会えますか?」


一瞬だけ考える素振りを見せてから、ツユハは肩をすくめて言う。


「いつでも帰っといで そっくりさん」


エンジンが再びかかり、小トラは静かに発進してそのまま夜の街へと溶けていった。


残された俺の前には、ネオンに照らされた大通りと、その先に魔王城がそびえ立つ。


(……さて)


一人になった途端、忠告のせいか城の存在感が一気に重くなる。だが、立ち止まってはいられない


(やっと皆と合流できるんだ。そして何より……マリィと)


「行くか」


そう呟いて一歩、踏み出そうとした瞬間、どこからともなく背後から、ふわりと重みが伝わった。


小さな腕が、ためらいもなく俺の腰に回される。


「やっぱり貴方だったのね 誠一郎」


背中越しに聞こえる声。

間違えようもない。


「……君なのか」


俺が振り向ききる前に、彼女は少しだけ身を離した。

そこにいたのは、黒髪で赤と黒のオッドアイを持つ無表情の少女――けれど、その表情はどこか柔らかい


「その眼……」


理屈より先に、身体が反応する

赤と、黒。

その並びを見た途端、右目の奥が、じん、と熱を帯びて視界の端がわずかに歪む。


夜景のネオンが、ほんの一瞬だけ滲んだ気がした。


(……やっぱり、そうだ)


これまで何度も考えた。

仮説だと、自分に言い聞かせてきた。


けれど今は――


彼女の眼と、自分の右目が、同じ“色”で世界を見ている。

それは似ているなんて言葉じゃ、追い付かない感覚。


「ふっ イメチェン」


そう言って、くすりと笑った


「誠一郎も……素敵 お揃いで嬉しい」


お揃い その一言が、決定打になる。


胸の奥で、何かが静かに噛み合う音がする。

疑いが、仮説が、曖昧なまま放置してきた感情が――

一つの答えに収束していく。


(……やっぱり俺の右目は……彼女が――)


「……マリィ。俺は、君に話が――」


声にしようとした瞬間、彼女は俺の言葉を知っていたかのように、そっと口を開いた。


「そうね」


言葉を遮るように、けれど優しく。


「でも、その前に」


彼女はちらりと、魔王城の方を見て言う。


「イエナに会いたいんじゃない?」


図星だった。


「……うぅ」


あまりに的確な会話の遮断に喉の奥から、情けない声が漏れてしまう。


「会いたいに決まってる」


即答。


マリィは一瞬だけ目を細めて、それから――また俺の背に額を預けた。


「じゃあ」


もう失わない。とでも言うように腕に力を込めて。


「一緒に帰りましょ」


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