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第__話 居場所の無い道

「もう止めぇッ!!!」


突然、裂けるような女の声が響き、俺は現実に引き戻される。


気づけば俺は、頭を失った熊のように巨大な魔獣の死体の上に立っていた。

血と瘴気が混じったぬるい空気の中、両手には――深々と突き立てられた一本の鉄の剣を握りながら。


……いつ、どこから取り出した?


そう思った瞬間、背筋が冷える。


視線を声のした方へ向けるとそこには小天狗の与助がいて、ツユハがその小さな体を抱きしめながら必死に庇うようにしてこちらを睨んでいる。与助も翼を震わせ心底怯えきった目で俺を見ていた。


「あ……俺……」


喉からこぼれた声は、ひどく掠れて状況が、少しずつ、嫌な形で輪郭を持ち始める。


この剣は、どこかから拾ったものなんかじゃない。

俺が生み出したんだ……完全なる“無”から。

与助を、この魔獣から守る為だった。

必死だったんだ俺も。




――だけど……これは。


これは、いくらなんでもやり過ぎた。


俺が一歩、二人に近づこうとするとーー


「ひっ……!」


与助が短く悲鳴を上げ、そして次の瞬間、ツユハの腕を振りほどき叫ぶ。


「ば、化け物ッ!! お前なんか()()()にいちゃんじゃない」


その言葉は、刃物みたいに胸に刺さり、与助は翼をばたつかせながら村の方へと逃げ出した。


「与助!」とツユハが叫び、迷うことなく彼を追って駆け出していく。


――振り返りもしない。


残されたのは、俺と散らばった山菜、魔獣の骸と突き立てたままの剣だけ。


剣から手を離し、ゆっくりと地面に降りると足が、村とは逆の方を向いていることに気づく。


そうだ……元々ここに、俺の居場所はない。


そのまま踵を返し、村を後にするように歩き始めた。


背後で誰かが呼んだ気がしたけれど、振り返ることはしない。


もう――これ以上、この村の温かな日常壊したくなかったから。





* * *




村を離れてから、どれくらい歩いただろう。


振り返らずに歩き続けたせいか、時間の感覚が曖昧で踏みしめる土の感触と、風に揺れる木々の音だけがやけに鮮明になっていた。


やがて道の分かれ目に古びた標識が立っているのが見え、金属製の板には掠れた文字。


――峠道 この先 山道


日も既に傾いているが他に選択肢はない。

俺の帰る場所はこの世界に一つ「獣の巣」だけだ。


とにかく他の村か集落でも見つけて首都への方角を教えてもらおうとそう小さく息を吐いて、そのまま山へ続く細い道に足を踏み入れた。


舗装はされていない。

獣道に毛が生えた程度の道を、枯葉を踏み鳴らしながら進んでいく。

空気はひんやりとしていて、村よりもずっと静かだった。


……このまま、どこまで行けばいい。


そんなことを考え始めた頃、背後から、聞き慣れない音が近づいてきた。


ガタ……ガタ……。


振り返ると、山道の脇に一台の軽トラ。いや、正確には“軽トラのようなもの”のライトに照らされ、走っている車体は地面すれすれに浮いているようにも、引きずられているようにも見える。


エンジン音らしきものはするのに、どこか不自然だ。


思わず身構えた俺に構わず、運転席の窓が、ゆっくりと下りる。


「……誠一郎」


呼ばれて、心臓が跳ねた。


そこにいたのは、ツユハだった。


「……ひどい顔やね 診察の必要はなさそうやけど」


呆れたような、でも少し困ったような表情で、彼女は俺を見ている。

さっきまで、与助を抱きしめていた人と同じとは思えないほど、落ち着いた声だった。


「やっぱりここにおったんやねぇ……あんさんここ首都から真反対の方角やよ?」


「やっぱりってどういう意味です?……それに与助は」


そう聞くと、ツユハは一瞬だけ視線を逸らす。


「無事。今は団十郎さんとこや。泣き疲れて、寝てしもたわ」


その言葉に、胸の奥で何かがほどけた気がした。


「で」


ツユハは窓枠に肘をつき、じっと俺を見据える。


「このままこの山道に用がある訳ちゃうやろ。ひとまず乗り」


答えに詰まっている俺を見て、彼女は小さくため息をついた。


「……はぁ。二度も言わんからね」


そう言って、ツユハは助手席側のドアを内側から開ける。

俺は一瞬だけ迷い、それでも拒む理由も見つからないまま、軽トラに乗り込んだ。


ドアが閉まると同時に、車体はふわりと浮き上がるような感覚を伝え、静かにUターンする。

エンジン音のようなものだけが、一定のリズムで山道に響いていた。


「……その眼は大丈夫やの?」


ツユハは前を向いたまま、視線も動かさずにそう尋ねた。


「眼……?」


反射的に、瞬きをする。


その瞬間、違和感が胸を打った。


――瞬きが、出来ている。


右も、左も。


今まで気づかなかったのは、見えていなかったからじゃない。

見える状態が、あまりにも“当たり前”に戻っていたからだ。


俺は思わず、もう一度、ゆっくりと瞼を閉じて開く。


両目で、世界が見えている。


咄嗟にバックミラーで右目を確認するとそこには深紅の瞳が映し出されてーー


(まるで、マリィの瞳みたいだ……)


そう思った瞬間、胸の奥がひくりと跳ねた。


――待て。


俺は小さく息を呑む。


先生は、確かに言っていた。


『何とか人の形には戻したが、それでも色々繋がってない状態だ』

『肉体修復だろ? 最低限出来る事は俺がやってある。けど、これ以上は無理だ』


(……まさか)


言葉が、頭の中で反芻される。


(先生は……)


嫌な仮説が、ゆっくりと形を持ちはじめる。


見えなかった右目を補うように現れた、赤い瞳。

英雄の元バディである彼女が、唐突に俺たちの前に現れた理由。

俺よりも、俺の身体のことに詳しかった理由。

そして――俺に“狭間の力”の使い方を教えられた理由。


点が、線になっていく。


(……マリィが…)


喉が、ひくりと鳴った。


(彼女が……俺を“作って”、そして“治した”?)


自分で考えたはずの言葉が、あまりにも重く、現実味を帯びて胸に落ちる。


(……自分を、捧げて?)


そんなはずがない。

そう否定したいのに、否定できる材料がどこにもなかった。


力を。

眼を。

――彼女の、全てを。


背筋が、ぞわりと粟立つ。


一体、何が目的で。

英雄ではなく、“俺”をこの世界に――。


それ以上に。


(なんで、今の今まで……)


謎だらけの彼女を、疑いもせず受け入れてきたのだろう。


気づけば、答えは一つに収束していた。


全ては、マリィ……

いや、マリアが知っている。


そう、今ははっきりと確信できる。


「……誠一郎」


ツユハの声が、思考を断ち切り慌てて顔を上げる。


「……何か、思い当たることでもあるん?」


相変わらず、前を向いたままの問いかけ。

けれど、声だけで分かる。


――彼らはマコトを知っている。


「……いや」


反射的に、誤魔化そうとした。


けれど、それではいけない気がして、言葉を飲み込み――

勢いのまま、口を開く。


「分からないです」


一拍。


「……でも」


喉の奥が、きしむ。


「与助の言ってた、“マコト兄ちゃん”って……

貴方達、英雄と親しかったんですよね? だから俺を……助けてくれたんですよね」


言い終えた瞬間、胸がひりついた。

その言葉を口にしてしまったこと自体が、何か越えてはいけない一線を踏んだ気がして。


しばらく返事はなかった。

軽トラはトンネルに入り薄暗くもオレンジの光が一方向に流れ、再び外に出るとツユハが小さく息を吐く。


「……英雄、ねぇ」


その声音には、呆れとも懐かしさともつかない色が滲んでいる様に思えた。


「悪いけどな」


彼女は前を向いたまま、はっきりと言った。


「うちは、英雄のことなんて知らんよ」


胸の奥が、きゅっと縮む。


「うちが知ってるんは」


また一拍、間を置いて。


「不器用な“鬼”とその後ろを、歩もうと気張り続けた子供の話だけや」


思わず、息を止めた。


「知りたいって顔やね ええよ 聞かせたる 首都までの談話には丁度いいやろう」


ツユハは、そう言ってほんの少しだけ肩をすくめた。


「せやから、誠一郎」


そして声は、不思議と優しい


「あんさんが知ろうとしてるんは英雄の過去やない」


赤い瞳が、フロントガラスに淡く反射する。


「ただの、昔話やよ」


軽トラはそのまま、闇に沈みかけた舗装道路を走っていく。


俺は何も言えず、ただ両目で、進む先を見つめていた。


――英雄マコトの物語ではない。

――一人の鬼と、少年の話。


それが次に語られるのだと、何故か確信して。

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