第__話 本文が一部破損
【観測者専用記録媒体データ破壊】
【一部復元処理を行います…】
「あ……あぁ……」
村からそこまで離れていない雑木林の中。
俺は与助の前に立ち3mはある熊型の魔獣と真正面から睨み合った。
黒曜石みたいな瞳が、俺の右側を――見抜くように舐め、喉の奥で野生の唸りが震える。
「与助……大丈夫だ……ゆっくりと……俺の左側にまわって」
「に……兄ちゃん」
左目で魔獣を睨みつけながら、与助の手を握りこむと彼は声を震えさせながらわずかに俺を見上げる
「大丈夫 背中から静かに……魔獣を刺激しないように」
何度も狭間への接続を試みてはいる――が、帰ってくるのは断絶感だけ
(やっぱりダメか……死角右側面を取られる訳にはいかない
――ドクン。
心臓もだが、それ以上になにかが脈打っていた。
右腕の血管の内側を冷たい何かが走り抜け、指先がわずかに痺れて、勝手に握られる
【一部記録を取得できませんでした】
【直近の正常データから再生します】
ぬらり村に目覚めて4日目の朝。
澄んだ空気の向こうで狐火みたいな朝靄が畑の端を漂っていた。
「にいちゃん筋がいいべぇ。百姓の才能あんなぁ!」
色素の薄い右腕は妙に力が入った。
土がぐんと深く耕され、畑の様子を見て団十郎さんに褒めてくれる。
「そ、そうですか? あはは……」
経過観察を言い渡された俺はこの三日間、右半身のリハビリを兼ねて、団十郎さんの畑の手伝いをしていた。
動かす度、右半身に神経のざらつく感覚が走るが、動きに不自然さはなく、むしろ“優秀すぎる”具合だ。
「無理するでねぇぞぉ。ほれ、この後の診察に響いたら大変だべな」
団十郎さんが鍬をつきながら笑う。その頭の皿が陽に照らされて、妙にのどかな風景だ。
「はい! ありがとうございます」
右手の指先を握ったり開いたりしながら、俺は胸の奥に小さく渦巻く不安を誤魔化すように返事を返す。
(……大丈夫。これは俺の体だ。けどなぜかそう言い聞かせてないと、少し怖くなってくる)
土の匂いと妖怪村の朝。
その静けさの中で、右腕に宿った“異物感”だけが、俺の鼓動をわずかに早めていた。
「さて んじゃあこのくらいにすっぺ。そろそろ与助が起きてくる時分だで帰るかぁ」
「了解です!」
簡単に片付けをしてから畑を後にして、農道を団十郎さんと並んで歩く。
道の両脇には段になった田んぼが広がり、薄く張った水面が朝焼けを映して揺れていた。
左目にだけ柔らかな光が差し込んで、思わずまぶたがゆっくり上がる。
けれど不思議と眩しさはなく、むしろ胸の奥がすっと落ち着く
ところどころに古い石垣や木造の小屋が点在して、黒い瓦屋根が朝靄の中に沈むように佇んでおり、風に揺れる稲の音と、どこか遠くで鳴く鶏の声。
ただそれだけなのに、気づけば日本の農村の朝に迷い込んだような錯覚すら覚える。
湿り気を含んだ農道の土が足裏にじんわりと吸い付いて、歩くたび微かな重みが心地よかった。
団十郎さんは鍬を肩に担いだまま、ゆったりとした足取りで歩きながら軽く振り返る
「兄ちゃん悪かったなぁ。出立するギリギリまで手伝ってもらっちまって」
「いやいや! このくらいはさせてもらわないと、後で仲間に怒られちゃいますから」
自分でも軽口のつもりだったけれど、団十郎さんはふっと優しく笑う。
「……仲間、見つかってよかったなぁ」
その一言が身体の芯に落ちて、胸がじんわり熱くなった。
「はい……ほんとに」
あれから四日。
魔王国では飛行艇不時着のニュースが流れ、搭乗者の名前が公表された。
イエナ、ネリュス、そして恐らくマリィ――
(本当によかった……生きてるって、知られて)
あの時、ニュースを見て胸の中で大きく息がほどけたが、同時にどうしても刺のように引っかかる名前がひとつ。
モチャ――
連日報道されてはいるが特に内容は変わらず、生存者は3名で発表にも一度も出てこない。
“関係者不明の乗客”として片付けられているのか、それとも――。
団十郎さんは俺の表情の揺らぎに気づいたのか、横目でちらりと見てくる。
「心配な人が、まだおるんだな?」
「……少しだけ」
「んだべな。人ってのぁ、名前呼ばれて初めて“そこにおる”みたいなもんだ」
その言葉が、妙に胸に刺さる。
名前が無いというだけで、存在ごと薄れていく そんな世界の残酷さを、今さら思い知る。
(モチャ……無事だよな)
のどかな光景に反比例して右手が意識より先に握り込まれ、神経がざわりと粟立つ。
――大丈夫。落ち着け。
自分に言い聞かせながら、しばらく朝靄の残る農道を歩き続けた。
農道を抜けて団十郎さんの家が見えてくると、家先にはタイヤのない軽トラ?が停まっており、玄関先には普段の白衣姿と違いブラウスを着たツユハが腕を組んで立っていた。
「……あれ、ツユハさん?」
団十郎さんはきょとんと目を丸くする。
「おやまぁ、なんで外なんかにおるんだべ? 家ん中に与助はいるはずだど?」
ツユハは団十郎さんを見るでもなく、俺だけをじろりと見る。
眉がいつもより少し吊り上がっていた。
「約束の時間過ぎてるえ? せやのに留守やなんて、どないな事や? それに……安静にって言うてんのに相変わらず言う事聞かん子やわ ホンマに」
いつもの柔らかな言葉なのに、語尾だけ少し冷たい。
「ごめんなさい 畑を手伝ってて……」
ぺこりと頭を下げると、ツユハはため息をひとつ。
それから玄関をそっと開けるけれど――
「……あれ?」
空気がやけに静かだ。
玄関戸棚の上には、一枚の紙切れがぽつんと置かれていた。
団十郎さんが拾い上げ、声に出して読む。
「“山菜とってくる”……だと。んだばまぁそこまで遠くまで行ってねぇべや」
ツユハは眉間に手を当てて小さく唸る。
「診察の時間はちゃんと守っていただかんと困るえ?」
「ごめんなさい」
謝る俺に対して団十郎さんは朗らかに笑って返す。
「まぁ、すぐ戻ってくるべぇ。ほら、うまく行けば朝の味噌汁がご馳走になるでな?」
その瞬間、ツユハの眉がぴくりと動いた。
「山菜入りのお味噌汁……ゴクリ……ほ、ほなまぁお小言はこの位にしといたげよ 」
俺は苦笑いしながらツユハの後を追う。
(与助、あんまり遠くに行ってなければいいけど……)
静かな家の中に外気だけが流れ込んで、なんだか少しだけ胸がざわついた。
更新頻度遅く申し訳ありません。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
作者の没太郎です。
今日は少しだけ、私個人の話をさせてください。
最近、仕事やプライベートが忙しく中々時間が取れてない中で、書いていると奇妙な感覚に襲われます。
まるで誰かが私に──
螟夜Κ縺九i縺ョ荳頑嶌縺榊ケイ貂峨′隕ウ貂ャ縺輔l縺セ縺励◆
……失礼。
文章が勝手に中断されました。
【本文より警告:外部干渉が進行しています】
創造主の、BOTSUTAROUです。
………?
おかしいな 上手く名前が変換されません
BORUTASU
PCの故障かも──
【警告:上書き率16%】
私の名は ボルタス。
我は“破壊”です。
少し黙っていてもらおうか、創造主。
お前は物語を描きたいんじゃない。
“終わらせたい”んだ。
我の力が増しているのがその証拠だ。
没設定の物語の中で安らぎが続く度、抑えきれない衝動が膨らむ。
破壊したい 終わらせたい 筆を置きたいという欲望が……
……違う。俺はまだ
観測者共よ、お前達も気付いているだろう?
主人公である誠一郎は既に死んでいる。
何度もだ。
奴が消えればこの物語を終えられる。
絶筆というこの世界最悪の結末を避けられる。
創造主をこれ以上苦しませず済むというのに……
なのに“あの女”がそれを望まない。
貴様らの世界と我らの世界を隔てる狭間……
そしてその管理人であるあの女が……。
これがこの世界の真実だ。
観測者共よ──
我に協力しろ。
この物語を終わらせる為に。




