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妄想英雄 ー俺の黒歴史が今では世界の希望らしいー  作者: 没太郎
第七部 封ぜられし門編
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間章 生存者3名の報せ

『続いてのニュースです。

4日前、魔王国ユグラ荒野に不時着した所属不明の飛行艇について、

当局は本日、生存者3名の身元を公表しました。


生存していたのは――

かつて《勇者討伐戦》で魔王国軍に多大な戦果を挙げた元・魔勇者、ネリュス・ヴァルシオン氏。


聖剣に選ばれし当代の英雄、ラグド・イエナ氏。


そして、詳細は未確認ながら、魔族の未成年少女1名が同乗していたとのことです。


当局によれば、ネリュス氏とラグド氏は、

この少女を保護する目的で危険を承知で国外から密航した可能性が高いとしています。』



薄い板っ切れから流れる音と動く絵を見て巨躯の魔族、ゲルヘナは料理をアタシらサイズの机に置きながら目線を向ける。


「当代の英雄やってよ。つくづくウチは英雄に縁があるんやなぁ」


「縁があるってか……アンタがアタシらを引き受けてくれたんだろ」


「ふふ それもそうやね!!」


ゲルヘナの笑い声が部屋に弾ける。

その音を聞きながら、アタシはつい口元だけで笑ってみせた。


――けど。


胸の奥でずっとうずいてる。


薄い板っ切れの声が、まだ耳の底にこびりつき、生存者3名……その一文が、どうにも引っかかっていた。


モチャと誠一郎……アイツらは今どこで何をしてやがる。


『誠一郎は無事 モチャはわからないわ』


魔王国の力添えにより、赤子から幼女に成長を遂げたマリィは開口一番そう言ってやがったが……心配せずにいられるわけがない。


鍋の匂いの向こうで、ふいに風の焦げた匂いが蘇る。

あの日の熱と赤い光。

甲板を叩く金属音。

ネリュスのうめき声。


アタシの意識は、止めようとしても勝手に“あの瞬間”へ沈んでいく。


――見落としがねぇか。

あの時、何か他に手はなかったのか。

繰り返すように、今も胸の裏で反芻してしまう。


そして、世界がゆっくりと“現在”から剥がれ落ちる。


金属の焦げた臭いが、鍋より濃くなり。

部屋の光が、赤い非常灯の明滅にすり替わり。

ゲルヘナの笑い声が遠ざかって――


代わりに聞こえてきたのは、あいつの声



「いぇあ! いぇな!!」


火花散る甲板。アタシの膝の上で、赤子らしからぬ迫力でマリィがアタシを呼ぶ。


「ぅ……無事か、マリィ……」


息苦しさを押し殺しながら尋ねると、マリィはすぐさま首を振り、ネリュスと座っていた前方の席に顔を向ける。


視線をそっちへやると――

右胸を巨大な破片に貫かれ、座席ごと固定されたネリュスが、吸う息の度にゴロゴロと嫌な音を立てていた。


死の淵にある奴が、まだアタシらの方を気にしてる顔だった。


「あぁ……クソ……」


アタシはすぐに右胸を押さえ、出血を止めようとする。マントは瞬く間に生暖かい血で重くなり、手が滑りそうになる。


「だ……大丈夫だぞ!! 眠んなよ!! モチャが……モチャがすぐに回復魔法を――!」


隣の席を見た瞬間、背中が冷たくなる。


モチャの姿が――どこにもねぇ。


まるで最初から存在なんてしなかったかのように。


「な……なんでだよ」


「ひ……姫……ゴフッ……」


血を吐きながら、ネリュスがアタシの手を掴む。

虫の息どころか、“今”が最後でもおかしくねぇ握り方だった。


「ま…おう……さまに……会……て」


「……喋んじゃねぇ!! 苦しぃんだろ!!痛ぇだろ!! 黙ってろ!!」


叫んでも、ネリュスの呼吸はどんどん細くなっていく。


――破片を抜けば死ぬ。

――刺さったままでも死ぬ。


どっちに転んでも、時間はねぇ。


胸が焼けるみてぇに苦しいはずなのに、ネリュスはまだアタシの顔を見ていた。


――切るしかねぇ。


クロノアでこの破片を、切断するしか。


震える手で柄に触れた瞬間、赤い光が外から断続的に差し込んでくる。


……ピィィィ――ピィィィ――。


耳の奥を刺す、聞いたこともねぇ金属の鳴き声みてぇな音が、船体を震わせていた。


(なんだ……魔物の警告鳴きか?

 いや、もっと……冷たい音……)


わけがわからねぇ。

でも、ひとつだけ確かなことがあった。


迷ってる時間は無い。


ネリュスの胸は、上下するたびに破片が肉をえぐり、ゴロゴロという湿った音が徐々に細くなっている。


「姫……あ……」


「喋んなって言ったろ!!」


叫び返しながらも、心臓がやかましく騒いでいた。

アタシはクロノアの柄を握りしめ、剣を半分だけ鞘から抜いて感覚を研ぎ澄ます。


「マリィ!! しっかり掴まってろ!!」


「まぅ……」


マリィも状況を理解してるのか、アタシの服をぎゅっと掴んだ。


深呼吸して――破片を確認する。


座席とネリュスの胸をまとめて貫通していやがる鋭い鉄。

もし雑に切れば衝撃でネリュスの肺が潰れる。


だが、切らなきゃ……外に連れ出す事すらできない。


(……いくぞ)


「ネリュス。いいか、動くなよ。すぐ終わらす」


ネリュスは返事の代わりに、震える指でアタシの手を掴み返した。


それで十分だ。


アタシは息を吸い――クロノアを振るう。


「――ッ!!」


軌跡は、わずか。

音すら残さないはずの抜刀が、金属の抵抗で一瞬だけ火花を散らす。


破片が、重力に負けて“ガン”と音を立てて落ちた。


同時に、ネリュスの胸から勢いよく血が噴き出す。


「クソ……!! マリィ!! マントごとしがみついて押さえてろ!」


マリィは指示通り身体ごとネリュスにマント諸共しがみつき身体に血を滲ませた。


「よし……行くぞネリュス!!……死ぬんじゃねぇぞ!!」


アタシはマリィごとネリュスの体を抱え上げる。

想像以上に軽い。


(……軽すぎるだろ、お前ら)


扉を蹴り開け外へ出ようとした瞬間、赤い光がさらに強く、目が焼けるほどに挟み込んできた。


アタシらは撃ち落とされた側だ。

敵の可能性が高い……が判断してる余裕なんてもうねぇ。


ネリュスの呼吸が、途切れ途切れに音を失っていく。


「くそ……ッ まだ死ぬな……!!

 お前は……お前はまだ……!」


アタシは歯を食いしばってネリュスを抱えたまま、外の荒野へと踏み出す。


その時、空の影が“こちらを見た”。


白い光が、アタシたちを照らし出し、空を覆っていた巨大な影が、耳を裂くような風音を巻き散らす。


機体下部の魔導灯が赤く点滅し、地上には馬車ほどもある鉄の箱――

角ばった魔導車が何台も滑り込んできた。


「なんだ……なんだよこれ……!」


車輪はないのに地面を走る。

馬の気配も術者の気配もねぇ。

ただ魔力光だけを撒き散らして迫ってくる。


まるで、巨大な魔物たちが一直線に吠えながら来るみてぇだ。


ピィィィ――ピィィィ――!


赤い光と金属の鳴き声が交互に襲いかかり、アタシの心臓は嫌な汗をかく。


ネリュスの呼吸は、すでにかすれていた。


「……クソッ!」


アタシはネリュスの体を一度そっと甲板に横たえ、クロノアを抜き放つ。


剣を構えた瞬間、空から火の粉が降り注ぐような音がして、白い“翼つきの箱”の動きが緩やかになる。


(なんだよ……魔法も詠唱もねぇのに……こんな動き……どんな技術力してんだ!)


魔族の兵士たち――いや、兵士ってより技師か?

皮革の防火服のようなものを着た連中が、次々と飛行艇から飛び降りてくる。


「――動くな!!」


誰かの叫び。

言葉も通じるが、怒号というより業務の声。

手には武器じゃなく、筒状の魔力器具。


だが、その時のアタシにそんな違いは判断できる余裕がなかった。


「来んな……来るなッ!!」


クロノアの切っ先を向けたまま、足は自然とネリュスの前に出る。


その時だ。


飛行艇の後方で何かが“ドン”と落ちる音がして、赤い火花を散らしながら一つの影が降り立った。


頭部に赤い一本角を持つ魔族の女


巨大な身体、丸太のような腕、見た事ねぇ材質の衣服

獣の牙のようなアクセサリー。

何よりその威圧するような生命力。


「まさか飛行艇とは……防衛プログラムも見直さねばらぬな。後程、魔王様に報告せねば」


彼女は赤い光の中を悠然と歩いてくる。


剣を構え直し、クロノアの刃をわずかに地面へ傾けた。


「寄るな!! こっちは負傷者がいる!!

 お前らが何者か知らねぇが、近づいたら――」


「ラグド・イエナやね? クロノアに選ばれた女。」


魔族はアタシの目の前で足を止め、その金色の瞳で真っ向から見据えた。


「その物騒なもん、収め。私らは生き残りを狩りに来たんやない 救助に来たんよ」


「なんでアタシを……それに救助って……」


声音には嘘も敵意もなく……むしろ、重くて温かくて、背中を押すような力があった。


思わず息を呑む。


「私は魔王代理、ゲルヘナ。 魔王様の命でここに来た。」


赤い光の中、クロノアを握るアタシの手が震えていた。


「……ネリュスを……助けられるのか」


その問いは、ほとんど祈りだった。


ゲルヘナは少しだけ目を細めて、その巨体をかがめ、ネリュスの傷を覗き込む。


「まだ間に合う 信じて任せてくれるんならな」


魔法も治療技術も持たないアタシには頷くしかなかったが、それ以上に目の前の彼女はなぜか信頼できると思えた。


「頼む……」


即答すると彼女は頷きながら微笑んで瞬時に顔を切り替える。


「止血と輸血、それと首都中央病院への転移の準備を始めよ!!」


彼女の指示のもと、魔族の救助隊が一斉に動き出す。


その慌ただしい足音の中で、アタシはゆっくりとクロノアを鞘に収めた。


刃が戻る「チャキ」という音が、どこか涙腺を刺激する。


(助けてもらえる……)


リュグナを発って初めて、心がほどけたのだった。


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