表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妄想英雄 ー俺の黒歴史が今では世界の希望らしいー  作者: 没太郎
第七部 封ぜられし門編
68/72

第六十話 壊れた身体、消える声

何者かの話し声が、暗闇の底に沈んでいた俺の意識をゆっくりと引き上げた。


(久しぶりに夢を見ずに眠れた気がする……最近は特に彼の記憶の断片ばかりでこんなに穏やかなーー)


……いや待て。


穏やかに寝ている場合じゃ無い。 


落とされた飛行艇。

イエナも、マリィも、ネリュスも、そしてモチャも……みんなの無事を確認しないと。


身体を跳ね起こそうとするーーが動かない。

それどころか視界が戻らない。


まるで太い縄で全身を縛られているかのように。


(とっくに頭は冴え渡ってるってのに……何でだ)


「ぅ……ぁ……」


喉がひゅっと痙攣して、上手く声も出せないがそんな俺の反応に誰かが声を上げる。


「意識が戻ったべ!! ツユハ呼んで来い!!」


「わ、わかった!!」


「兄ちゃん聞こえてっか!? お前さん空から落っこちてきたんだべ 身体ズタボロで死んでもおかしくねぇ状態だったんだぁ!! 今ヨスケがセンセェ呼びにったからーーもうちっと気ぃしっかり持て!!」



(ズタボロ………そうだよな……あんな高さから落ちて無事で済む筈無い。)



ならーーさっさと狭間の力で回復と修復を……。


ーー複製体作成。擬似人格付与。


接続開始。



(先生、聞こえますか?)


『無理だぜ』


(……まだ何も言ってないんですけど俺)


『肉体修復だろ? 最低限出来る事は俺がやってある けどこれ以上は無理だ』


(やっぱり……そんなに酷かったのか俺……)


『酷いなんてもんじゃねぇぞ なんせ高度約2000mからの垂直落下。 いわば潰れたトマト状態だ』


(うげぇ……)


『何とか人の形には戻したがそれでも色々繋がってない状態でな 彼らが見つけてくれなきゃどうなってたか……ちゃんと礼言っとけよ』


(はい……)


沈黙が落ちた直後、彼はボソリと告げる。


『あとよ……悪いが俺はお前を見限る事にした』


(え?)


『狭間の力の本質もわかってねぇのに無茶ばっかする。 俺は”自分を粗末に扱うため”にお前を鍛えたんじゃねぇ 調子乗んなよ 王国で持て囃されて英雄にでもなったつもりか?』


(ち、違います そんなこと決して)


『じゃあな。達者で生きろ、馬鹿”元”弟子』


その言葉と共に、複製体と擬似人格は霧散し、狭間の接続がぶつりと切れた。

もう繋がらない。

完全に拒絶されたーーそんな感覚だけが残る。


直後、外からバタバタと駆け込む足音と声


「じいちゃん!! センセェ連れてきた!!」


「ツユハ 兄ちゃん意識が戻ったんだぁ 早速診てやってけれ」


何者かが、ひどく優しい手つきで俺の顔に触れる


「あんさんウチの声、聞こえる?」


「ぁ…は……い」


「自分が誰かわかる?」

 

「は……い 名…前はせい……いちろう……で、す」


「見当識は大丈夫やね 顔触られてるのもわかるえ?」


「ぷに……ってしてます」


クスッと笑う気配。


「触覚も正常やわ ホンマ人間か疑う程の回復力やねぇ」


「目が……何も……見えません」


「あぁ安心しぃ。今のあんさん、包帯でぐるぐるまきやさかいなぁ………何も心配せんでええ。今はただ安静に養生するんよ」

包帯の隙間から漂う薬草の匂い。

ゆっくりとした柔らかな指先が包帯越しに頬を撫でてくれる。


(凄く安心するけどこのまま寝てるわけにいかない 皆を探さないと)


俺は指先から手、手から腕へと意識を集中し、ゆっくりと動かしたーー次の瞬間全身を駆け巡る激痛


「ーーッがア!!」


「あかんよ!! 何で動くん 安静にって今言うたトコやろう!?」


(痛いってレベルを超えてる まるで全身を引き裂かれたみたいだ)


「ハァッ……ハァッ……仲間を……探さなきゃなんです……悠長に寝てる暇……無い」


「……あかん 鎮静剤打つわ せっかく戻った意識やけど堪忍え。 

アンタらも手伝ってこの子押さえて」


声と共に何本もの腕が俺の身体を押さえ込もうとし、その内の一つの手が俺の左腕を掴んだ。


(これ以上意識を失うわけにいかない )


決死の思いで右手を動かして左腕を掴む手を引き剥がす。


「なっ……なんて力やの こんなんまるで鬼の子やない!!」


「離して下さい……俺は……立ち止まる訳にいかない……皆を探すんだ」


「いやそもそも動ける状態じゃないっぺ!! 」


暴れる俺にしがみついていた何本もの腕が次の瞬間、悲鳴をあげてほどける。


「ちょっ……!! 離すんでねぇって!!」


「無理だ!! 兄ちゃん怪力すぎる!!」


全身が軋み、骨が悲鳴をあげているのに、それでも身体は勝手に起き上がろうとした。


(動かないと……皆を……)


己を鼓舞するように力を込めたその瞬間ーー


バサ、と頭に巻かれていた包帯がずり落ちた。


「っ……!」


まぶしい。

左目を突き刺すような光に、思わず目を細める。


それでも、俺は見た。

ぼやけた視界の向こうにーー


俺を押さえつけようとしていた“存在”たちの正体を。


緑色の皺だらけの皮膚に麦藁帽を首に掛け、甲羅を背負う河童の老人。

羽団扇を落とし、目をまん丸にして俺を見上げる甚平姿の天狗の子供。

九尾には及ばないが、ふわりと揺れる尾と三角の耳を持つ白衣の狐の女。


「……え……?」


現実味のない光景に、思考が一瞬固まった。


いや違う、現実味がないのは俺のほうだ。


(…………妖怪……?)


呟こうとした瞬間、視界が揺れる。


「今だ、ツユハ!! 隙できたべ!!」


「ごめんな、兄ちゃん……ちょっと寝ぇ!」


冷たい金属の感触が左腕に押し当てられ、皮膚を貫く感覚が走る。


「あっ……!」


身体が瞬時に重くなり、心臓の鼓動が、急激に遠ざかっていく。


(……だめ……まだ……)


指一本すら動かない。

喉も声も凍りつく。


落ちるーー意識が。


最後に見えたのは、俺を押さえつけていた河童のじいさんの、泣きそうな顔。


そして、息を吸うのもやっとの声で、ただ一言だけ漏れた。


「……妖……っ……怪……」


そこまで呟いたところで、世界は完全に暗転した。


深く、深く沈んでいく。


底のない暗闇を、意識だけがゆっくりと落ちていった。

けれど今回は狭間も、声も、あの皮肉ばかりの“師匠”すらも現れない。


(……静かだ……)


あまりにも静かな暗闇に、不安だけが浮かび上がる。

自分の輪郭すら曖昧な感覚が続いた頃、遠くで水面が揺れるような音がした。


ーーザバァ……ン。


湖の底で横になっているような、そんな奇妙な浮遊感。


(ここ……どこだ……?)


視界が一瞬だけ白く光り、誰かの影が、水中越しに覗き込んだように揺らぐ。


手が伸びてくる。

柔らかい小さな手。


(……マリィ?)


触れようとした瞬間、泡の弾けるような音とともに、影が霧散した。


ーーそして。


耳元には久しぶりに彼女の声が落ちてくる


「ごめんなさい…… 本当にごめんなさい」


(泣いてる……のか……なんで……なんで謝るんだ)


「私、半分だけ与えた。ただ貴方を繋ぎ止めたかった……」


(それって……どういう)


問いかけようとした瞬間、暗闇が低く唸り――

裂けるように世界が、俺を再び現実へ引きずり上げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ