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妄想英雄 ー俺の黒歴史が今では世界の希望らしいー  作者: 没太郎
第六部 星々の交わり編
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第五十一話 嘘は剥がれ 真意は露わる

ボルタス襲来の翌日、ヴェルミチェッリ邸広間では祝勝会という名の尋問会が行われていた。


モチャも最初こそ飄々と巧みに話題を逸らし躱していたが、『実力行使』に出たラグ姐を前に、英雄とは旧知の仲だとあっさり告白。


結果、モチャとネリュス、そしてなぜか俺まで正座、ご馳走が並ぶ机は一切手つかず。

広間の空気を支配しているのは、金色の瞳をギラつかせたラグ姐ただ一人。

玄関に立てかけてあった筈の聖剣クロノアが彼女の周りをふよふよと浮遊しており、フロインさんや他の給餌さん達も固唾を呑んでその様子を見つめている。


「なるほどな。テメェらは英雄と顔見知り。厄介事に巻き込まれるのを見越して、裏で動いてた……がそれに掛かったのは大物のボルタス。奴は太古から存在していたとされる異質の存在…か」


「騙す様な真似したことは認めますが、ボコボコは酷いでござるよ」


「テメェがなかなかゲロんねぇからだろ。 んで? 他にもあんだろ 出せよ」


「ラグド氏 もう出ない!! 振りかぶらないで!! これ以上叩いても何も出ないでござる!!」


情けない声を上げるモチャに、広間の空気が一瞬だけ和らいだが、ラグ姐の視線はそこで止まらなかった。


金色の瞳が、今度は俺の隣で正座する赤髪の女へと鋭く突き刺さる。


ネリュスは小さく肩を震わせ、しかし逃げようとはせず、真正面から視線を受け止めていた。


「……んで、次はお前だネリュス」


ラグ姐の低い声に、場のざわめきがすっと消え、再び緊張が張りつめていく。


「……私結構上手く立ち回れてたと思うだけどな……」


「確かにボケ兎の指示に従う上で魔勇者としての過去がある以上、シリウスとして行動するのは最善だったろう」


「だよね?」


「あぁ。けどそこじゃねぇ。アタシが聞きてぇのはセレナの前でシリウスのガワを貫いた理由だ。」


「うッ……」


「ボルタスよりも優先すべき事だったのか? 本来の能力まで制限してよ」


「姫ってば……ホントよく見てるね。」


「自分で言ってただろ。過去が複雑だって。……誠一郎からも、大体は聞いた」


ラグ姐はわずかに肩を竦め、けれどその瞳は鋭さを緩めない。


「詳しい事情は知らねぇ。けど……勇者を討つってのは、お前なりの理由と覚悟があったんだろ? だったら胸張ってろよ。後ろ暗くしちまえば、その覚悟まで嘘になるぞ」


「うん……確かにそうだね……ごめんなさい。」


一瞬の沈黙の後、ネリュスは半ば呆れたように小声で尋ねてくる。


「……誠一郎君、この人、本当に二十歳なの?」


そんな問いに、胸を張って即答する。


「みんなの姉御だからさ。マジ、カッコいいよね」


「あ”ぁ”!? 殺すぞお前」


しかしラグ姐から返ってきたのはまさかの殺害予告。


それになぜかモチャやネリュスより心なしか俺へのヘイトが高い気がする。


「……やけに殺意高くない?……」


「とりあえず殴る。歯ぁ食いしばれ」


恐る恐る尋ねると有無も言わさずラグ姐の拳が一直線に飛んできた。


瞬間的に身体が勝手に動き、狭間流古武術――武道ド素人なりに必死で覚えた受け流しが炸裂する。


「うぉおおっ!?」


思わず変な声を出しながら、彼女の腕をスッといなし、力のベクトルを変える。気づけば――両腕をガッチリと掴んでいた。


「……は?」


間近にある金色の瞳がわずかに見開かれ、広間の空気が一瞬で凍りつき、自分でも息を呑んだ。

モチャは口を開けたまま固まり、ネリュスは興味深そうに目を細めて俺達を見ている。


掌の中、ラグ姐の腕の筋肉がピクピク震えて、力づくで振り払おうとすればすぐに吹っ飛ばされるんだろうけど……!


「おい……どういうつもりだよ」


殺意ましましの勢いで怒鳴るかと思いきや、声が裏返っていた。そしてその顔、ムスッとしてモフモフも逆立っていて怖いのに凄く可愛い。好き。


「俺、ラグ姐になら殴り殺されたって構わないよ。けど理由は聞かせてほしい」


そう返すと彼女は目線を逸らして答える。


「……お前、アタシにあんな事言ったすぐ後に……セレナに……変な事言ったんだろ……足とか腋、舐めさせろって」


直後に理解と後悔が同時に押し寄せる。あー……これ受け止めたらダメなやつだった。素直に殴られとけばよかったやつだったと。


再びモチャとネリュスの方に目をやると顔を引き攣らせて明らかにドン引きしていた。


「えっと……確かに言ったけど実際にはしてないし、力を借りる為に俺なりの交渉術だったというか……四十年分の性の衝動に駆られたというか……とにかく俺はラグ姐の事が一番」


そう言いかけた所でモチャとネリュスは俺を羽交い締めに拘束する。


「マスターそれは悪手です。拙者と同じく大人しく殴られて下され」

「……そんな交渉術は聞いた事ないな。姫は十分殴り殺す権利あるよ 何があっても私達が証人だから」


「殺しちゃったら共犯だけどね」


二人に拘束された俺の目の前でラグ姐はクロノアを左手で掴み、右手で拳を握り締める……いや……うん……今回は俺が全面的に悪い。故にこちらも受けねば無作法というもの。


ーー受け流しが出来ない様に目を瞑った。歯を食いしばって、覚悟を決める。

聖剣を握った彼女の力は一度思い知らされてる。ちゃんと踏ん張らないと色々と持ってかれるだろうから


「来いッ!!!」



だが、来たのは拳の衝撃ではなかった。


もふっ。


固く閉じていた目の裏に、ふわっと温かい感触が押し付けられる。柔らかく、けれど確かな重み。思わず目を開けると、そこには予想だにしなかった光景があった――ラグ姐のもふもふの尻尾が、俺の顔にぴったりと押し付けられている。


「――は?」


周囲が一瞬静止する。モチャは口を半開きにし、ネリュスは目を丸くしてから、顔に笑みを浮かべるどころか明らかに面白がっていた。


「こ……これは?」


「……お前は……こっちの方がいいだろ 腋や足より」


女神か? 目を閉じる前の彼女は確実に修羅と化していたのに。こんなの好き通り越して信仰なんだが。


「吸っていい?」


「調子乗んな」


ラグ姐の尻尾が顔に押しつけられたまま、ふわふわした感触とほんのり甘い匂いに脳が蕩けそうになり、思わずうっとりとした声が漏れる。


「……ラグ姐……すごい……ポルカのと全然違う」


「なっ……や、やめろバカ! そういう顔すんなッ!!」


真っ赤になって尻尾を引き抜くラグ姐。

それを見ているうちに、言葉が勝手に溢れた。


「俺、やっぱりラグ姐が――」


「……ッ!!」


金色の瞳がこちらを射抜き、けれど睨みとは違う熱を帯びている。

空気が一気に縮まり、互いに息を飲む。広間に他人がいることすら忘れかけて――


「――痴話喧嘩は終わったかしら?」


涼やかな声が背後から突き刺さる。

振り向けば、ヴェル美さんがいつの間にか広間の扉の前に立っていた。扇子で口元を隠しながら、心底うんざりとしたような顔でこちらを見つめている。


「……へ?」

「……っぐ……!」


俺とラグ姐、同時に固まった。



頬の熱さを必死に押さえながら、手で扇ぐ仕草をして落ち着かせようとする。


ラグ姐は鼻を鳴らして顔を背けつつも、まだ気配を殺している。だが、胸の奥の熱は収まらない。


胸がぎゅっとなるのを誤魔化して、なんとか話題を逸らそうと声を上げた。


「えっと……ヴェル美さんは、いつ王都に――?」


向けた視線の先、ヴェル美は扇子の先で軽く皿の縁を叩き、ひらりとこちらへ向き直る。


「ついさっきよ。新たな英雄が生まれたって聞いて飛んで帰ってきたの……燈守としてね。」


言葉に冷たさが宿ってる様な気がする。

氷が割れるような一振りの冷気が、広間をまわり、炉の火が一瞬弱まったように感じた。


「マリィちゃんは?」


「……マリィなら寝室でお昼寝しています。」


燈守として帰って来た彼のその言葉に含まれた意味を直感する。


「なら好都合かしら」


ヴェル美の瞳が一瞬、誰かを見据えるように細くなった。空気が更に締まり、ラグ姐の尻尾がわずかにぴくりと震える。


彼女の指先がクロノアの柄に触れ、白い刃の反射が一瞬ふたりの顔を照らす。


「おいヴェル美……何を」


「ラグド・イエナ。聖剣は貴方を選んだ。これが何を意味するかわかる?」


その呼びかけに、ラグ姐の身体が少しだけ硬くなる。言葉の重さが、床に落ちる音のように伝わる。


「燈守、及びアヴァンヘルム王国は貴方のこの国からの出国を認めない。王は貴女に王都で生涯を過ごすようにとお達しよ。」


ヴェル美の声は淡く、だが鉄の縁取りがされているようだった。広間の隅でこぼれかけていた笑いが一斉に飲み込まれ、ネリュスの頬が一瞬引きつる。


モチャの目が丸くなり、ついさっきまでの軽口が遥か彼方に消えていく。


「はぁ!? ふざけんな。じゃあいらねぇよ、聖剣なんて! アタシの家は『獣の巣』だ」


「ーー知ってるわ。だから私は貴方の家と家族を守る為に今の立場を使って裏から手を回してきた。王都から一刻も早く発てる様にもしたつもりよ。なのに貴方は今回、聖剣に選ばれただけでなく、国の危機を救ってしまった。」


言葉が切り出されるたび、ひとつひとつが重しとなって落ちていく。


「安心なさい『獣の巣』が無くなる訳じゃない。みんな呼んでこの王都で暮らせばいいの。我々は安全で良い暮らしを約束する。それに誠一郎君の旅路だって魔勇者ちゃんがいるのなら安心でしょ?」


ヴェル美さんの言葉が鋭く突き刺さる。

ラグ姐は強気に返していたが、その瞳の奥にかすかな迷いが見え、俺は思わず口を開きかけた――


その時だった。


「ーー導燈としての言葉は求めてません。そして、それを決めるのはラグド氏です」


低い声がすっと割り込んできた。

モチャが、俺も気づかないうちに立ち上がり、ラグ姐とヴェル美さんの間に歩み出ている。

背筋を伸ばし、軽口の影は一切ない。あのふざけた兎面が、今はまるで別人みたいに真っ直ぐだった。


ヴェル美さんは目を細め、彼を見据える。

「……モチャ君って言ったかしら。こうして面と向かっては初めましてよね」


「ええ。拙者、今まであなた方がすこぶる嫌いだったもので、正直避けておりました」


普段なら飄々とした調子で言うだろうその言葉も、今は刃のように研ぎ澄まされていた。

ラグ姐も思わず目を瞬かせ、広間の空気が張り詰める。


「……あら残念。マリィちゃんもそうだけど、アタシって魔族に嫌われる星の元なのかしらね」


「それも貴方の返答次第かと」

モチャは一歩踏み込む。

「拙者、燈守管轄の治療院を訪ね、献身的な皆様の姿を拝見し、考えを改めねばと思いました。その想いが間違いであったと――決して思わせないで頂きたい」


モチャの言葉に広間の空気が揺れる。

俺はそれを見ながら、心臓の鼓動がやけにうるさいのを自覚していた。


その声音は、飄々とした忍びのそれではなく、確固たる信念を持った一人の男のもの。


俺は目を見張る。

……こいつ、こんな顔するんだな……。


胸の奥が熱くなる。

モチャが真っ直ぐに言葉を放ったのなら、俺だって黙ってちゃいけない。

ここで踏み出さなきゃ、俺はずっと“流されるだけの情けない奴”のままだ。


気づけば、自然と立ち上がっていた。

そして、ラグ姐とヴェル美さんの間にモチャと並ぶように、一歩前へ。


「……なら、俺も言わせてください」


広間の視線が一斉に俺に注がれる。喉がひどく渇き、それでも言葉を押し出す。


「ラグ姐――いや、イエナは俺の仲間です」


その一言に、空気が震えたが、自分でも驚くほどはっきりと言えた。


「この旅はもう俺ひとりのものじゃない。だから、俺が選ぶのは“英雄”じゃなくて、“仲間”です。

イエナがここで縛られるなら……俺はその鎖ごとぶった斬ります……例え相手が国であっても」


――言った瞬間、ラグ姐の金色の瞳が揺れる。

怒鳴られるかもしれない。殴られるかもしれない。

でもそこだけは、絶対に引けなかったのだ……が


「勝手に決めんなよ」


彼女から返事はまさかNOで膝の力が一気に抜けて崩れ落ち、空かさずネリュスとモチャは肩を支えてくれた。


「うぅ……やっぱり皆には良い暮らしさせたげたいよね……ごめん自惚れた。今までありがとう」


「マスター大丈夫です。拙者らが最後までお傍におります故」

「そ、そうだよ 膝枕位ならお姉さんがして慰めてあげるから」


「ありがとう二人とも。でも結構もう立ち直れないかもしれない」


その瞬間、広間の奥から、ふっと柔らかな息遣いが漏れた。振り向くと、ヴェル美さんが扇子で口元を覆いながらも、堪えきれずに笑ってしまっている。


「……フフッ……やれやれ、皆、本当に……可愛いったらありゃしない」


広間に張り詰めていた緊張が、一瞬で空気ごと弾けたように和む。扇子の奥で目が細くなる。ラグ姐の尻尾も、微妙に揺れていた。


「さて、《ノラ》のみんな、お待ちかねの私としての言葉を伝えるわよ」

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