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妄想英雄 ー俺の黒歴史が今では世界の希望らしいー  作者: 没太郎
第四部 沈黙に導かれし影編
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第三十八話 獣は策略と舞踏する

王都に来て四日目、俺たちはアヴァンヘルム城の大広間へ招かれていた。

煌びやかなシャンデリアの光が、磨き抜かれた大理石の床に反射し、ざわめきと楽の音が幾重にも重なって耳に届く。


すべての始まりは、数日前――ヴェル美さんとの魔導通信だった。


『イエナちゃんお願い! 数日後に王族主催の舞踏会があるの。ヴェルミチェッリ家の代理で参加してほしいのよ。Sランクに昇格したあなたの顔見せも兼ねて。私が不在でも違和感ないでしょ?』


『やだよ!! なんでアタシがそんなお飾りみてぇな場所に顔出さなきゃなんねぇんだ。そもそも向いてねぇの、わかんだろうが』


『そんなこと言って! あなたには上流階級へのマナーを一式叩き込んだって、ヴァイスさんから聞いてるわよ』


『……クソ、あの狸親父、余計なこと喋りやがって……そもそもアタシらは旅の途中で――』


『わかった!!! なら取引しましょう。マリィちゃんが戻らないのは私なりに責任を感じていたし、本当はこんな形にしたくないんだけど、100Ø……いや、一人100Øを貴女の旅の支援金として出します』


『ってことは400Øッ!? 馬鹿か!! なんでそんなに出してまで出て欲しいんだよ。逆に怖ぇんだよ!!』


『貴方の働きによっては更に追加報酬を渡すわ。とにかくお願い。フロインに準備は一任するから』


――そんな押し問答の末、なぜか俺まで巻き込まれる形で、今こうして会場の片隅に立っているわけだ。

マリィとモチャと留守番して、のんびり茶でも飲んでたかったな……。


「……なんでアタシがこんな格好……窮屈すぎんだろ」


金糸の刺繍が走る深紅のドレスに、編み上げのコルセット。ラグ姐は到着早々、ぼそりと吐き捨てる。

横顔は完全に仏頂面――だが、所作や立ち姿は妙に堂に入っていて、周囲の貴族たちの視線すら自然に受け止めていた。


「わかる。俺の礼服も、サイズ合ってないんじゃないかってくらいパツパツだもん」


「似合ってるぞ。貴族のバカ息子って感じで」


「それ、褒めてないよね」


豪華絢爛な大広間は、燦然と輝くシャンデリアの光に包まれ、貴族や要人たちが張り付いた笑顔で談笑を交わしている。


磨かれた大理石の床に、靴音と弦楽の旋律が溶け合い、甘い香水とワインの香りが漂う。


そんな中、場違いなほど肩を寄せ合って駄弁る俺たちは、さぞ浮いて見えるだろう。視線がやたらと刺さる。


「……すごく視線感じる。見てくれだけはバッチリなのにな」


「使用人共、見てみろ」


ラグ姐が顎をしゃくる方向に目をやる。

メイド服の女性、鎧姿の衛兵――その中には半獣や獣人、ドワーフなど様々な種族の姿があった。

だが、貴族の輪の中に他種族の影は一人もない。


……こういうのは、どこの世界でも似たようなもんか。


「要は、獣人がきれいなおべべ着て歩きゃ、誰だろうと嫌でも目立つって話だ」


ラグ姐がわずかに肩をすくめる。


「なるほど……つまり、見惚れてるってことか」


「……話、聞いてたかお前?」


「聞いてる聞いてる。つまり、きれいなおべべ着たきれいな獣人が珍しいってことでしょ? そりゃ見惚れるって。新たな門が開いたっていうかさ。似合ってるよ、ラグ姐も!」


――ゴツッ。額に軽く拳骨が落ちてきた。


「痛ッ! 誉めたのになんで殴るのさ」


「ムカついたからだ」


ため息まじりに、ラグ姐はちらりとダンスホールの中央へ視線を向けた。


「……ったく。いつの間に覚えたんだよ、そんな軽口」


「……本心なのに」


「ちなみに……踊れんのかお前」


「こんなとこ来た事ないからなぁ……踊れないし、そもそも踊った事ないです。」


「だろうな どうせ暇だ……ひ、暇つぶしに教えてやらなくもねぇぞ?」


差し出された手は皮肉まじりなのに、仕草は妙に優雅だった。周囲の視線がさらに集中するのを、ひしひしと感じる。


「ほら、突っ立ってないで手ぇ出せよ」


おずおずと手を伸ばすと、すぐにラグ姐が指の形を直した。


その手は意外なほど細くてしなやかで、無骨に剣を振るう手と同じとはとても思えない。



「握るな。包み込むんだよ。そう、優しく。力入りすぎると相手の足も心も踏みつけることになる」


「足はわかるけど、心まで?」


「舞踏会ってのは、見せ物じゃねぇ。挨拶であり、交渉であり、探り合いなんだ」


ラグ姐の声が、不意に上流階級らしい柔らかさを帯びる。普段の豪快な笑い声とはまるで違う響きに、思わず意識が引き寄せられた。


「……急にキャラ変わったね」


「狸親父に一通り仕込まれたからな。いいから足動かせ」


腰に添えた手から、薄布越しに温もりがじわじわ伝わってくる。


人混みのざわめきも楽団の演奏も遠くに霞んで、やけに心臓の音ばかりが耳に響く。


ぎこちなく一歩踏み出した途端――


「イっ!!馬鹿、左足だって言ったろ!」


「うわっ、ごめん!」


軽く舌打ちしながらも、背を押してステップを導く。

耳元で落ち着いた声が響くたび、場違いなほど心臓の鼓動がやかましくなる。


「……そうだ。その調子」


――あれ、なんか……凄く緊張する…


何度か踏み間違えを繰り返すうちに、最初は無理やりだった動きが、少しずつ呼吸を合わせられるようになってきた。


「――そうだ。腰の回転はもっと自然に。背筋はまっすぐ」


「言うのは簡単だけど……」


「やるのも簡単だ。ほら、次の拍で回るぞ」


ラグ姐の腰がわずかに引かれ、それに合わせて身体を回す。


流れるような一歩、二歩――視界が一瞬、天井のシャンデリアで満たされたその瞬間、彼女の横顔が灯りに照らされ、妙に胸の奥が締め付けられる。


「……おお」


「今の、悪くなかった」


短い言葉とともに、ラグ姐の口元がかすかに緩む。

中央にいるわけでもないのに、周囲の談笑がいつの間にか減り、視線がこちらに集まっていた。


獣人の女性と無名の若造――奇妙な組み合わせのはずなのに、今だけは妙に絵になっている。


最後の一拍、ラグ姐の手を軽く離し、俺は無意識に胸の前で礼を取り、それに合わせて彼女も優雅に一礼する。


その所作が、なぜか手のひらに残る感触と重なり、離れがたいような感覚を呼び起こす。


――ぱちぱち、と小さな拍手が起こった。


「……余計に注目されてない?」


「この注目のされ方なら悪くねぇだろ」


そう言って視線を逸らすラグ姐の耳の先が、わずかに赤かった。


――たまたまか、照れてるのか。


理由を考えた瞬間、なぜか俺の胸まで、場違いなほどうるさく脈を打ち始めた。


曲はもう終わっているのに、足の裏までまだ熱い。


……そのとき、王の席に控えていた侍従が一歩前に出る


「――皆さま。本日は舞踏のほかに、陛下より余興のご提案がございます」


大広間が一瞬、静まる。


「この度、王都に集う猛者たちの技を披露する場として、御前試合を催します。既にお名前を頂戴している出場者は――」


侍従は巻物を広げ、流れるように名前を読み上げていく。だが、その中に耳慣れた響きが混じった瞬間、俺は思わず息を呑んだ。


「――Sランク冒険者 ラグド・イエナ様」


「……は?」


ラグ姐はきょとんとした顔で、次の瞬間、俺と同じように首を傾げた。


「ちょっと待て、アタシ、そんな話一言も――」


侍従は続けざまに別の名を告げる。


「そしてもう一人の特別出場者――暦信教団より派遣された勇者、セレナ・アルヴェール様」


大広間にざわめきが広がる。白銀のドレスに身を包み、長い金髪を背に流した少女がゆっくりと前に進み出た。


その姿は、舞踏会の華やかさの中でも異質なほど、清冽な光を放っている。


「……勇者の娘……」

観客の誰かが呟き、それが波紋のように広がっていった。


セレナと名乗った女勇者は、ラグ姐に向かって一歩進み、礼儀正しく一礼する。


「ダンスお見事でした。手合わせできること、光栄に思います」


「……ああ。そりゃどうも」


ラグ姐は短く答えるが、その瞳は油断なく相手を測っており、俺の背筋に、わずかな緊張が走る。


この二人が同じ場に立つこと――それ自体が、きっと偶然じゃない。


……完全にしてやられた。最初から「舞踏会の代理」なんて口実は、目くらましに過ぎなかった。


本命は、この御前試合。相手は教団の顔役――それも女勇者。


燈守と教団の水面下の勢力争いに、ラグ姐はがっつり足を突っ込まされたわけだ。


「セレナ様、すみません。少し席を外します」


勇者から引き剥がすようにラグ姐の手を取ると、そのまま大広間を抜け出した。


「ラグ姐、これ……まずいよ」


「だな。話が美味すぎた分、裏があるとは思ってたが……あのカマ野郎」


「辞退しよう。今からならまだ――」


「いや、ダメだ。それだけは絶対に出来ねぇ」


「なんでさ」


「請け負った以上、代理が尻尾巻いて逃げりゃ、それこそ燈守と教団のバランスが崩れかねねぇ」


「ラグ姐には関係ないじゃないか」


「……いや……多分、関係ある」


ラグ姐の目が鋭くなる。


「言ってたろ? 『アタシの顔見せも兼ねて』って。多分あの野郎には、もっと別の意図がある。獣人用の一張羅、数日で用意出来る方が不自然なんだよ」


胸の奥がざわつく。

ヴェル美さんは彼女に何をさせたいんだ。


ラグ姐を政治の盤上に乗せるなんて俺達の日常を守ると言った彼の行動として破綻している。


しかもこんな何も知らせず彼の思惑だけで駒にするなんて――その構図が、どうにも引っかかった。


そんな事を考えていた矢先。


「ラグド様、ここにいらっしゃいましたか。少し早いですが模擬戦に備えて、ご準備を」


従者のフロインが現れて恭しく頭を下げる。


「……わかった。すぐ行く」


ラグ姐は短く息を吐き、俺の肩を軽く叩いた。

その仕草は何でもないように見えるが、指先にわずかな力がこもっていた。


「ラグ姐ッ!!」


「心配すんな。命までは取られねぇさ」

にやりと笑い、まるでただの余興にでも向かうような足取りでフロインの後を追う。


その背中が人波に消えていくまで、俺はなぜか目を離せなかった。


あの人は、自分のためじゃなく、誰かのためなら平気で危険に足を踏み入れる。


だからこそ、見ているこっちが落ち着かなくなるんだ。


……どうすることもできないのが、余計に。


「……クソ」


ため息をつき、気持ちを落ち着かせようとした、その時だった。


「やあ」


唐突に、間合いのすぐ外から声が落ちてきた。

振り返ると――そこには、艶やかな黒髪を肩で切りそろえた少年が立っていた。

真っ白な仮面が顔の上半分を覆い、表情は一切読めない。

年は……俺より少し下くらいか。だが、どこか妙に落ち着いた佇まいだった。


「今の人、強いね」


声は柔らかいのに、妙に耳に残る響きがあった。

そしてその目――仮面の奥の瞳が、じっと俺を射抜くように見ている気がした。


「……あなたは?」


「名前?」


少年は首をわずかに傾け、答えの代わりに一歩近づく。香水でもない、金属でもない、冷たい匂いがふっと鼻先をかすめた。


そして、仮面の奥の視線が俺をとらえる。

まるで俺の奥の奥まで覗き込むように。


「……ここは少し、耳が多いね」

少年は低く呟き、ほんのわずか口元を緩めた。


「場所を変えようよ」


そう言って、廊下の先――人の気配の薄い扉の方へ視線を流す。その誘いは命令じゃない。けれど、不思議と拒否の言葉が出てこない。


舞踏会の喧騒から一歩離れたその瞬間、背後の音がすっと遠のき、代わりに足音と、少年の呼吸だけがやけに大きく響き始めた。

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