幕間 ラグド・イエナの手記
あぁ〜……こういうの書くの、アタシらしくねえってのは百も承知だ。
でもな、今朝方の出来事は、無視できねえレベルで脳みそにこびりついちまった。
これを書いてるのも、昔ジンに言われた「ジャーナリング」ってやつを思い出したからだ。
あいつ、変に博識でさ……「頭の整理には紙とペンだ」って、よく言ってたっけな。
ともかく、今日の出来事はな──
下層でガキ共が追いかけっこしてる日常とは、まるで別世界の話だ。
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始まりは昨晩の夢だった。
夢と言っても、内容はぼんやりしててほとんど覚えてねえ。
ただ……「クロノアの遺跡へ行け」って、誰かに命じられたような感覚だけが残ってる。
正直、あの遺跡は冒険者や昔の教団崩れが掘り尽くして、金目のもんはもう持ってかれてるってのが相場だ。
ふつうならアタシもわざわざ足を運んだりしねえ。
その時間があったら、ガキ共のために日銭稼いでる方がよっぽど有意義だ。
けどな──今までこういう“変な夢”に何度も命を救われた。……だから行くしかなかった。
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朝のうちに街を出て、半日がかりでクロノアの遺跡へ。
辿り着いた途端、鼻先がピリついた。風の流れ、匂いの質、音の響き……
どれも、前に来た時とはまるで違ってたんだ。
何かが変わってる。何かが起きてる。
そう確信して、アタシは遺跡の奥へ奥へと足を進めた。
まるで誰かに導かれてるみてえに。
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最奥部まで来たけど──何もねえ。
古い石の回廊、砕けた柱、落書きみてえな碑文。全部、見覚えがある。
ため息をついて帰る準備をしようとした。
何も起こらねえなら……それでよかった。
……その時だ。
今まで行き止まりだったはずの奥の壁が、「ゴゥン」って鈍い音を立てて開いた。
ホコリが舞い、空気が一気に冷えた。まるで長い眠りから目を覚ましたみたいに。
アタシは松明に火をつけ、開いた先に足を踏み入れた。
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そこは広くて暗い、沈黙の空間で岩の天井に滴る水音すら、まるで祈りみてえに響いていた。
中央にでけぇ石台があり、その上には……鎧を着た男が横たわっていた。右手には大剣。左手には……なんもなかった。
最初は完全に「墓」だと思ったさ。明らかに英雄の……そういう風格だった。
慎重に近づいて顔を覗き込んだ──
……そしたら、息をしてたんだ。
正直こいつの装備だけ剥いで逃げちまおうかとも思ったが、声が聞こえた気がした。
「置いてかないでくれ」って。
妙なこともあるもんだと、アタシは彼を背負って遺跡の外に出る。
このまま町までは戻れねぇってんで、とりあえず遺跡の前に簡易拠点を作り、奴の様子を観察することにした。
夜になった頃、彼が目を覚ます。
襲ってくる気配も無く、なんというか夢うつつのような感じで名前を尋ねると、
「ヤマモトマコト」とそう答えた。
あぁ……これが一番に脳をバグらせた……
方や英雄、方や異端者として広く知られた存在と同じ名だったんだ。
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表向き魔王国が瘴気を操って侵攻してきた──
そう教団は言っている。だが、真実は違う気がしてならねえ。
傭兵時代に聞いた話がある。瘴気の正体についての噂だ。
大半の連中は「魔王国の呪術師が操ってる」って信じてたけど、アタシは違うと思ってる。
その噂によれば……瘴気は魔王国が生み出したものじゃねぇんだ。
古代のどこかの文明が禁忌の術で封じ込めた存在が、瘴気を撒き散らしているらしい。
教団の暗躍や戦乱の混乱で封印が弱まり、やつは暴れだしたんだとさ。
で、その瘴気を利用しようと画策した教団が、魔王国を敵役に仕立てあげて、王国や民衆を巻き込んで戦争へと突き進ませた――って話だ。
アタシはあの噂を鵜呑みにしてるわけじゃねえけど、教団の情報だけが真実じゃないってことは確かだ。
英雄様が瘴気を封じて戦争を終わらせたのも、そういう背景を知ってたからかもしれねえ。
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どちらにしろ、今の奴には記憶がない。
自分が何者で何を成したのかもわかっている様子はなく、多分それは嘘じゃねぇ。
ただ、コイツを今このまま放りだすのはいささか不味い。
あのまま眠ってりゃまだマシだったが、連れ出して叩き起こしたアタシの責任もある。
一度連れ帰るしかないだろうと提案した。
「あたしのとこに来い」ってな。