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妄想英雄 ー俺の黒歴史が今では世界の希望らしいー  作者: 没太郎
第三部 焔を背負いし者編
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第二十六話 拳は熱を知る


――あれは、俺の拳だった。


英雄でも何でもない、ただの“俺”が、人を殴った拳。


現実味なんて追いついてこない。


それでも、その拳に殴られた巨大なオークは、土煙を上げて吹き飛び、闘技場の地に転がっていた。


観客のざわめきに衛兵たちの叫び。全部が、どこか遠くで聞こえているように響く。


(……なんで、俺が……?)


頭が真っ白だった。気づいたら動いてた。走ってた。叫んでた。そして――殴ってた。オークを。


(どうして……動けた? 俺の体で? 英雄(エイドロン)の力も使ってない……)


今も、右手がオークの血で濡れている。

けど、感触がない。痛みも、反動も、心に帯びてた熱までもまるで夢の中みたいにぼやけてる。


(俺は……なにを、やったんだ……?)


そんな混乱の中目に入ったのは崩れた“野犬”――いや、ジンさんで、仰向けのまま微かに身じろぎを見せ、俺はすぐに駆け寄る。


――何かを確かめるように。自分自身をも、納得させるように。


「ジンさん……ですよね? 俺です。居候ですッ」


声が震える。答えてくれ、という願いと、違うと言われたくないという恐れと、それでも確かめずにはいられない、混乱のままに絞り出す言葉。


獣人の身体が、ぴくりと動いた。

「ハハッ……お前…か……その鉄仮面…いよいよ処刑人が来たかと思ったぜ」


笑っていた。掠れた声で、肋骨のどこかが折れてるのか、言葉の節々が震えていたけど――それでも、ジンさんは、笑う。


「なんでここに……それよりなぜ俺だとわかった……前会った時に見せてねぇはず……」


問いの途中で、ジンが咳き込み、血を吐く。それでもこちらを睨むように見上げ、俺はすぐに答える


「……ラグ姐の……動きと、そっくりだったんです。だから、たぶんって……」


その言葉に、ジンの目がかすかに見開かれる。


何も言わず、それでも、どこかで――少し、力が抜けたように見えた。


隠れていた仮面が、いま、剥がされるのをただ受け入れるように。


「……そうかよ……よく見てんだな。アイツの事……」


吐き捨てるように、けれどどこか安心したようにジンが呻いた。


その直後に、ギィッという金属のこすれる音が地下に響き、続けて鎧の足音と怒号が、怒りと制裁の匂いを纏って迫ってくる。振り返ると、闘技場の出入口――鉄柵の奥、螺旋階段の先から、数人の衛兵たちがなだれ込んでくるのが見えた。


「貴様ッ!! その場から動くな!!」


その手には、剣、槍、網。 迷いも容赦もない、“制圧”のための武器たち。


(やばい……)


喉がひゅっと鳴る……迫る殺気に、足が一瞬すくむ。


「ジンさん……!」


「逃げろ。お前は……もう十分やってくれた……イエナの事だけ。頼む」


「頼むなッ!! 俺は俺で選びます! ラグ姐だってジンさんだって俺は俺の意思で守りたいって思ったからここにいるんだ なのに勝手に諦めないでくださいよ!!」


自分を奮い立たせる思いでそう叫びながら、俺はジンの腕を引く、肩を貸して、なんとか立たせようとする。


だけど――


「……っ!」


崩れた。ジンの脚が、完全に力を失っている。


「まだだ……」


咄嗟に背負い上げる様にして、俺は立ち上がろうとする


その時、背後。風を裂くような“殺気”。


(――来る!)


反射で振り返った。斜め上から、巨大な戦斧が振り下ろされている。


「野犬を奪う気か、反乱奴隷めッ!!」


鋼の唸りが、俺の全身に殺意を叩きつけてくる。


間に合わない――!


そう思った瞬間、俺はジンさんを庇うように背を向け、肩をすぼめて、無意識に叫んでいた。


「助けてッ!! 真里ィッ!!」



――ガッ!!!



観客席から一直線にそれは飛んでくる。鈍い衝撃音。金属の跳ねる音と共に気づけば、斧ごとその兵士が吹き飛ばされている。


「……え?」


俺は呆然と、飛んできた“それ”を見る。


俺たちの前に立っていたのはーー


黒髪。赤い瞳。そして、顔を真っ赤に染め、身をよじるようにこちらを見つめるグラマーな女。

その目は、怖い。なんかすごく、怖い。


「えっ……だ、誰ですか……?」


「ハァ……ハァ……ちょっと興奮中ぅ……理想の英雄の“先”ィ……そんなの見れると思ってなかったぁ……派生が尊い……重量属性拳(ファットフィスト) カッコよすぎぃ……」


「ほんと誰!? それに勝手に技名まで……俺はマリィを呼んだんです お帰りください!!」


「呼んでおいて酷ぃ……でもそこも尊い……その先も見たいから……ずっとそばにいるぅ……♡」


「ひぃぃッ!!」


「その“ひぃぃ”っ……! 完璧ッ……!!」


彼女の言葉で確信に変わる。

マリィだこれ……俺の中のマリィ像が、ジェンガみたいにガタガタと崩れていく。あぁ無口で無表情でしおらしい彼女が……そうふけっているとーー


「――けど”ここ”を出るのが先」スンッ


「うわぁ! いきなり落ち着くなッ!!」


突然の無表情、ヴァイスさんもビックリなテンションの落差に風邪をひきそうだ。


「……お、おい、悪いが状況が……読めねぇ。この女……仲間なんだよな?」


ジンが呻くように、肩越しに言う。俺は慌てて獣人姿のジンさんの筋肉質な身体を担ぎ直し、その重さに必死に耐えながら言葉を搾り出した。


「俺の……相棒です……いろいろ知らない一面ありますけど……たぶん、それが“彼女”なんです」


「安心していい」


さっき飛び込んできた兵士たち――その後ろから、さらに増えており、怒号と重い足音が、正面だけじゃない。左右の通路からも迫ってくる。いつの間にか観客席の縁にまで武装した兵が現れていた。


それを見てジンは俺の背中から声を漏らす。


「……囲まれてる……奴ら俺達をここから出すつもりはないみてぇだぞ……」


しかしグラマラスマリィは得意げに片目を閉じて俺に笑いかけた。


「大丈夫 今の私 最強だから♡」


マリィの声が軽く跳ねたかと思うと、視線の先に“何か”が見えた――いや、“感じた”。


赤い瞳が光り、黒髪がなびく。次の瞬間、マリィが宙を跳び、床に触れることなく、ふわりと舞い、そのまま前方の敵陣に滑り込む。


「――裂けろ、クローズ・アクト!」


直後、鈍い破裂音が鳴り、前衛数名がまるで紙人形のように吹き飛んだ。


マリィの動きに合わせ、回り込もうとした左右の兵士が構えた矛――その刃先を、彼女は軽々と手刀で受け流し、反動で足を滑らせるように回し蹴り。


(あれ……舞ってる……?)


一瞬、そんな言葉が頭をよぎる、殺陣でも舞でもない。ただ“綺麗に敵を倒す”動きだ。


マリィは、狭い階段を駆け上がりながら、切り開いていき、その後ろから隙間を駆け抜ける。


そして、段差を跳び越え、くるりと回って敵の武器を避けながら、マリィが――なぜか俺たちのほうを向いて聞いてきた。


「ねぇ……今の私。新ヒロイン? ねぇ……真ヒロイン? 神ヒロインよね? ふさわしい?」


「へ?」


「なに言ってんだ……!?」


ジンの声が素で引いているのがわかるがマリィは、敵ではなくこっちを真っ直ぐ見つめる。敵の斧がすぐ後ろに迫っているというのに、ガン無視だ。


「……答えて……♡」


(やべぇ……なんか、めっちゃ期待してる……)


思わず俺は叫んでいた。


「す、すごくカッコいいよぉ〜!! マリィ〜〜ファンサして〜〜!!」


「ファン……ふ、ふふ……くふふふふ♡」


マリィの頬がだらしなく緩み、次の瞬間、黒いオーラがぶわっと広がった。


オーラに包まれたかと思うと、視界が一瞬にして反転する。


俺たちは、さっきまでいた階段の途中から――


――観客席の最奥、封鎖された重厚な鉄扉の前へと瞬間移動していた。


ジンは呆然とする。


「な……今……何が起きた……?」


「わかんないです……けどこういうものなんです」


俺がゼェゼェと肩で息をしながら答えると、ジンが眉を寄せる。


「どこが“ヒロイン”だよ……あの子、どっちかっていうと“魔王側”じゃ……?」


「言わないであげて下さい……彼女、今凄く楽しそうなので……」


視線の先には、マリィがいた。


さっきまでグラマラスだった彼女が――明らかに少女サイズに縮んでいる。髪も白髪に戻って制服の袖がだぶついて、首が泳いでる。それでも、どこか満足げな顔でこっちを振り返った。


「私の《簡易転送魔法ファンサ》……♡ 今、開ける 待ってて」


マリィの周りに見覚えのある魔法陣が展開されて淡く光り始めたその時、彼女は唱えた。


「――爆贖(イグナ)


爆音と共に呆気なく扉は杭ごと吹き飛び、煙漂う通路をマリィの身体が風のように駆け抜けていく。


「流石……よッ メインヒロイン……」


「なら後で対価を所望する」


「わかったよ……逃げきれたら何でもしてあげる……引き続きお願い」


ジンを背負い直しながら、俺はマリィの切り開いた通路へと走り出す。


追ってくる足音。怒号。網が壁に打ち付けられる音。


通路を抜けた先、石壁の奥に、らせん状に巻き上がる階段が現れる。


(包囲は掻い潜れた……けど、時間がない……!)


俺はジンを背負ったまま、階段を駆け上がる。マリィが先導するかと思いきや、彼女は最後尾に回った。


「私が殿(しんがり)する 全力で登って」


「お願いマリィ」



ふと視線を外しかけたその時、何かが、ぱちんと弾けたような“違和感”が走る。


(え……?)


再び振り向いた彼女の姿――


「……また……縮んだ?」


彼女の着ている服が完全にブカブカで裾が引き摺られていた。頬も丸くなり、目が大きくなって、幼女姿に変わっている


「マリィ……もしかしてかなり無理してるんじゃ……」


「大丈夫 行って」


「いたぞッ!!」


追い上げてきた敵に振り向きざま、マリィの手刀が一閃。


階段口に駆け込もうとした敵兵の首元を、寸分違わず切り裂く。


その男がよろめきながら落ちていくと、下からもう二人、すぐに追ってきた。


「オラァアアアアア!!」


斧を構えた獣人型兵と駆け上がってくる。踏み込みの重みで階段が震えた。


「走れ……! 時間を掛ければ掛けるほど逃げ切れなくなるぞ……」


「逃げますッ……逃げますけどっ……重いッ!!! ジンさん、ちょっとだけ軽くなれませんか? マリィみたいに小さくなるか人間に戻るとか」


「無茶言うな……あの姿は今………ぐ……!」


ジンが呻き、俺は歯を食いしばって、階段を駆け上がる。


(足が……笑う……!)


一段ずつ、足場が狭い。手すりもない。一歩踏み外せば、真っ逆さまだ。


下では、マリィの足音と戦闘音が鳴り響いていた。


階段の半ばまで来た頃、風が変わり湿った空気に混ざって、冷たい風が吹き抜ける。


地上までもうすぐ……。


視界の先――最後の踊り場を上がったその先に、黒く、巨大な鉄の扉が見えた。


「見えた……扉ッ!! あと少し!!」


足場がぐらつき、俺の足元を狙って、階下から何かが投げられる――鎖、網、そして手斧。


「うわッ!!」


「跳ぶ」


マリィが背中で全部を受け流す。踏み切り、最後の数段を駆け上がり――


黒い鉄の扉へと、両手を広げて体当たりを決めたが 


ゴゴン!!という金属音とともに、扉がびくりと揺れるが開かない。


「なっ……まさかここもッ!?」


「二撃目いく 下がって。」


俺はジンを抱えたまま身をよじる。マリィが両足で床を蹴り唱えたーー


爆贖(イグナ)


鉄の扉が、弾けた。蝶番ごとねじ切られ、鉄の板がゆっくりと傾き、外へと倒れていく。


目の前――空が開け、曇天の隙間から、オレンジ色の陽の光が差し込んだ。


「開いたッ!!」


すぐにジンを抱え直して外へと飛び出そうとした……しかしその背後――何か、布がずるっと引きずられる音がして、俺は振り返る。


「……ま、マリィ!? まさか――」


「……あの……ちょっともう……歩けない……♡」


「”あ”ぁ”ぁ”あ”あ”ぁッ!!!」


そこにいたのは、赤ん坊に成り果てたマリィだった。服が完全にズレ落ちて、袖がコートの中でテントみたいになってる。


そのちっちゃな手が、地面にペタッとついて、膝を出して――


「大丈夫 頸は座ってる。」


そう言ってマリィは、ハイハイで歩み始めたが、階段の下から怒号と衛兵たちの足音が迫ってきているのが分かった


「やっぱり無理してんじゃん!!」


俺はパニックになりつつもジンを背負いながら左腕で服ごとマリィをぐるっとまとめて抱き上げ、全力で駆け出す。


「これがバブみ?……おぎゃあ……」


「俺にそれ感じないで……」



しかし――


扉の先で待ち受けていたのは、複数の矢と槍、抜き放たれた剣の列。


薄明りの中にいたのは兵士達


――逃げ場は、もうどこにもなかった。

いつも読んで頂きありがとうございます


次回は7月18日までに更新したいと考えています


引き続き応援よろしくお願いいたします。

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