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第十九話 獣は牙を捨て抱く

その締まった空気をふわりと切るように、ヴェル美自身が横を向いて、何気ない調子で口を開く。


「それに……今はマクスウェル(コイツ)の始末をよりすべき事があるんじゃない?」


ラグ姐がその言葉に眉をひそめ、視線を追う。


「……ん?」


俺もつられてそっちを見た。焦げた煙と、立ち枯れた木々の隙間――

その影の中に、小さな人影がひとつ、マルコだった。


「………気づかなかった」


ラグ姐はそう呟いて、ほんの少しだけ顔を伏せた。


その横顔は、どこか――苦しげで……


……もしかして、あの時、剣を振りかざしていた自分を――“見せてしまった”ことに、気づいてなかったんだ。


そう思った瞬間、俺の胸にも、ずしんと重いものがのしかかってきた。


「そりゃあ、あんなに派手にぶつかり合ってたらね」


ヴェル美が、肩をすくめる。けれどその声は、どこか柔らかい。


「でも……ずっと見てたわよ、あの子。あんたのこと、あんた達のことをね」


ラグ姐は、もう迷いなく歩き出していた。剣を持たず、構えず、ゆっくりと彼を見据えて――


マルコは、一歩だけ身を引いた。けれど、逃げはしない。


その姿に、俺の胸がまた、ズキリと痛む。


「……なぁ、マルコ」


ラグ姐が、木の根元にしゃがみ込み、そっと声をかける。


「なんで、隠れてた?」


マルコは唇を噛み、顔を伏せ――


「……ラグ姐、ぼ……僕がラグ姐を……刺した……そのせいでラグ姐が……」


その声は、かすれて小さく、それでも必死。


「うん。」


ラグ姐は驚くほどあっさりと頷いて――そのまま、にっこりと笑ってみせた。


「僕が……親に会いたいって言わなければ――」


マルコがそう言いかけたその瞬間、ラグ姐は迷いなく膝をついて、その小さな体を、ぎゅっと抱きしめる。


「そんな悲しいこと、言うなよ」


その声は、優しい。そして、それ以上に――強かった。


「マルコ……それは、願ってもいい願いだったんだ。誰かを想うってのは、そんなに悪いことかよ? ……だから、そんな悲しいこと言わないでくれ……お願いだ」



マルコの肩が震え、顔がぐしゃりと崩れる。そして、我慢できずに、ラグ姐の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らした。


「ごめんなさい、ごめんなさい……!」


「びっくりしただろ……怖かったよな。辛かったよな」


ラグ姐の声は――

もう、母親だった。


俺は――それを見て、もう耐えられなくなる。


ラグ姐の背中と、マルコのちっちゃな肩を見ながら、俺の目からも涙が溢れ出す


ラグ姐も、マルコも――無事だった。


あんな戦いの中で、こんな光景がまだ残っててくれたことが……


本当に、間に合ってよかった。

この光景が見れて……本当に、よかった。


「……う、ぐ……っ」


涙が止まらず、視界が滲む。喉が詰まって、鼻水まで垂れてくる。


「……っく……うぅ、あぁああ……!」


声にならない声が、漏れた。


ラグ姐の背中と、マルコのちっちゃな肩を見ながら、俺はただ、ボロボロと泣き続けた。


ヴェル美がちらりと俺を見て、優しいため息をつく。


「……やれやれ、怒ったり泣いたり、忙しいんだから」


そう言って、俺の背中をぽんと軽く叩く。


「でも、これでやっと……ほんのちょっとだけ、一息つけるわね」


しゃくりあげながら、俺はマリィの方を振り返る。

彼女は、いつもの無表情。けれど、その目が、ほんの少しだけ細められていた。


言葉は交わさず、ただ互いにうなずき合う。


そうだ。終わったわけじゃない。

でも、ここだけは――この瞬間だけは、確かに報われた。


ラグ姐の腕の中で泣きじゃくるマルコと、それを優しく抱きとめる彼女。

俺はまだ泣き顔のまま、それを見つめていた。




「……さ、休憩はここまで。私もそろそろ“仕事”の時間ね」

 

その穏やかでいて、妙に現実的な響きを持った声が、空気を切り替える。


ヴェル美はおどけるように軽く手を振ってから、視線を遠くへやった。

そこには、いつの間にか捕縛されている数人の暗殺者たち――まだ息がある者もいる。


「奴らの一部はまだ生きてる。見たところ、口も頭もまだ使えるみたい。質問攻めにするのが楽しみねぇ」


その声にはどこか甘美な響きがある。 まるで拷問を待ちわびるような――けれど、それは確かに“仕事”だろう。


「さっきも言ったけど、マクスウェルも、そのお仲間も、まるごと私のところで預かるわ。彼らの口から“暦信教”の詳細が聞ければ、この先の展開がずいぶん楽になる」


「……教団の情報を?」


「ええ。根っこを焼くには、どこまで腐ってるかを知るのが一番だから」


ヴェル美の目が、一瞬だけ本気の色を帯びる。それは戦場の顔ではなく、“裏”の仕事人のそれだった。


「この村もね。生存者の治療、避難誘導、損害確認……あとは、王族や貴族連中が嗅ぎつける前に、全部整えておきたいのよ。後腐れのないようにね」


「……アンタ、何者なんだ……?」


そう尋ねるラグ姐に彼女は途中まで言いかけるが流す。


「私は……いや、今はいいわ。お友達のお友達ってことで。私の“部下”も、既にこちらに向かってる事だしね」


「仲間……?」


「ええ。“お片付け班”ってやつ? 精鋭揃いよ。表も裏もね。お手並み拝見、ってとこかしら」


くるりと一回転しながら、ヴェル美はラグ姐たちの方を向き直った。


「そういうわけで、この場は一度、お開きにしましょう」


俺は素直にうなずく。この戦いの裏で、彼等がどれだけ動いていたのか……それを思うと、今は敵に回したくない。


「あとはプロに任せて、みんな……」


ラグ姐たちに振り返る。


「立ち去ってちょうだい」


その声には、強い“命令”が宿っている様に思う。


ラグ姐はわずかに目を細めたが、一歩、マルコの肩に手を置いて立ち上がった。


「……わかった。世話になる」


マルコは、ラグ姐の手をぎゅっと握り、もう離そうとはしない。


「英雄ちゃん、マリィちゃん、アンタ達は特にね。」


「……は、はぁ……」


困惑しつつも、俺は涙で濡れた頬を拭ってようやく立ち上がる。隣のマリィは、いつの間にか少女の姿から大人の姿になっており、無言のままヴェル美に頷き、そして――指笛をひとつ吹く。


すると、どこからともなく、神獣モードのモチャが現れて――


……コイツ、どんどん設定が増えていってるよな……


モチャは静かに身を屈め、ラグ姐とマルコを背に乗せる。


俺もその背によじ登ろうとした瞬間、マリィが言った。


「モチャ男爵の定員は二名。来た時同様、私が運ぶ」

すぐ隣で、マリィが無表情にそう言った。


「……え……やだやだ!! あの速度ほぼ戦闘機だよね!? ここ来る時、意識2回くらい飛んだよ俺! もっとスマートな転移魔法とかそういうのあるでしょ お願いだよモチャに乗せてくれ」


俺は必死に言った。祈るような気持ちでモチャを指差すがマリィは淡々と言葉を返す。


「……スミアとハル、ポルカにお留守番をお願いしてる 何かあったら大変 私、イエナに命差し出さないといけなくなる」


「そんな約束もしていましたね!!!」


俺がマリィに鎧を掴まれて絶望の表情を浮かべるその横で、ラグ姐とマルコは静かにモチャの背に乗っていた。


その巨体は見た目に反して驚くほど安定感があり、揺れもなく、まるで羽毛の上にいるような安心感すらあるのだ……俺もモチャが良かった。


マリィが、そのモチャの頭を軽く撫でて言う。


「ラグ姐も、マルコも……疲れてるから。ゆっくり帰ってあげて」


モチャはしばし沈黙したあと、ピンと耳を立てて、誇らしげに鳴いた。


「モチャノ!」


「鳴くのかよ……コイツ」とラグ姐がつぶやき、マルコはぽかんと口を開けていた。


そのやりとりを横目で見ながら、幾度となく勝手に増えていく設定に聞こえないフリで通していた。


マリィは俺の鎧の首根っこを再び掴みなおし、地面から一気に跳ね上がる。


「うわああああああああ!!やっぱ待て待て待てモチャが俺がいいって言ってるモチャが――!!」


その叫びを背中に残して、俺とマリィは戦闘機めいた速度で空へと突っ込んでいった。


地上には、ふわふわと空を駆け始めるモチャと、ぽかんとしたままのラグ姐とマルコの姿が残されていた。

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