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妄想英雄 ー俺の黒歴史が今では世界の希望らしいー  作者: 没太郎
第一部 夢の名残編
1/49

第一話 英雄は灰に祈る

――この世界には、救われなかった物語がある。


誰にも届かず、誰にも覚えられず、

ただ静かに、灰のように、風に舞って消えていく。


これは、そんな“ひとつの妄想”の終わりと、

“もうひとつの現実”の始まりの物語。



俺の名前は、山本誠やまもと・まこと。十九歳。

都内の大学に通う、ごく平凡な――いや、やや肥満気味の青年だ。


朝、台所から漂う味噌汁の匂い。

洗面所では父のシェーバーが唸りを上げ、妹のけたたましい声が壁を貫通してくる。


「ちょっと! お兄ちゃんの部屋、またクサいんだけど!」


ーー騒がしくもどこか安心する朝の日常。最近は特に目が覚めて()()()()()()()でもある。


「瞳〜、お弁当ここに置くわよ〜。お兄ちゃんも起こしてきて〜」


「やだ! 無理!」


「口呼吸でがんばれ〜♪」


(ぐふっ……朝から俺の尊厳を容赦なく削ってくるな……)


布団をたたみ、ベッド脇の机に積んであるコーヒーゼリーの空容器と――恐らく部屋のニオイの原因であろうくしゃくしゃのティッシュをゴミ袋に放り込み匂いが漏れない様に縛る。


ゴミ袋を持ち扉を開けると、そこにはちょうどに妹が鼻に洗濯バサミを挟んだ姿で立っていた。


「兄ちゃん起きてんじゃん。ってか、やけに目ぇ潤んで無い?」


顔を覗き込もうとする彼女の視線を避け、俺は顔を逸らしながら言う。


「ハウスダストだよ。」


「……ほんとに? 泣き顔に見えるけど?」


「臭いって言われたからじゃ断じて無い」


「ダイジョウブ クサクナイヨ(棒)」


(棒読みだし、目線逸らしてんじゃねぇか……これガチのやつだな けど確かに俺汗臭いかも……)


「ふ〜ん……本当だな〜? 臭くないんだなぁ? じゃあ、ハグでもしとくかぁ! 今日から兄ちゃん二、三日いないし〜」


「ほんと無理。クサいから」

「ぷるるるるりゃあああああああ!! イモウトニウム補給させろこらぁぁあ〜〜!!」


奇声とともに妹を追いかけ回し、朝から一汗かいた俺は結局シャワーを浴びるはこびとなった。



風呂から出てリビングに戻ると食卓には、母親特製“ザ・和食”朝食セットが準備されていた。

味噌汁、焼き鮭、白米、出汁巻き卵、漬物──完全無欠の布陣。


椅子に腰を下ろし、両手を合わせる。


「いただきます」


味噌汁が胃に染みる。

焼き鮭と白米の鉄板コンボが、神話級のうまさを誇っていた。


(……ほ〜うまいじゃないか 日本の朝はこういうのでいいんだよこういうので 飯!!食わずにはいられない!)


「ゆっくり食べなさい。よく噛まないから太るんだよ」


母の声はやさしいが、相変わらず言葉のナイフは容赦がない。


「これは幸せ太りってやつだよ。愛されボディなんだよ」


「それで思い出した 確か高校時代、“デブ猫”ってあだ名だったよな?」


背後からの追撃。ダイニングのソファでくつろぐ父も新聞を広げながらノールックで刺してきた。


「ゴフッ!」


(あまりにも鋭利で吹き出したわ 相変わらずこの夫婦、ツープラトン攻撃がうまい……)


「それよりほんとに大丈夫なの? ソロキャン。準備も急だったし」


「まあ……アウトドア系アニメは一通り見たから?」


「……だからこそ、余計に心配なんだがな しかしなんでまた急に」


「まあ……“自分探し”ってやつだよ。就活の前にさ」


そんな俺の出まかせに目を細めた父は新聞置いてキッチンにいる母と少し顔を見合わせたが、二人はそれ以上何も聞かなかった。 俺も言えるわけなかった。心配させるわけにもいかなかったから




俺は、今日から初めて一人旅をする。バイト代は免許やバイクに消え、わずかしか残っていないので目指すは山奥の無料キャンプ場。最低限の道具だけ積み込んで春の空気を切り裂くつもりだ。


表向きは“自分探し”。だが、本当の目的は――俺の中に巣食っている“妄想”の供養。


俺は昔から、妄想が得意で大好きな少年だった。

異世界転生、魔法バトル、仲間との絆。

そんな空想の世界に、何度も心を救われてきた。


とりわけ、何度も読み返し、書き足してきた設定がある。


タイトルは――

『世界を救い、忘れ去られた英雄が、変哲もない日常を謳歌している件』


ありがちなストーリー。だけど、当時の俺にとっては人生そのものだった。


けれども今年いよいよ俺も20歳を迎える。名残惜しくはあるがいい加減そんな妄想からの卒業を考えていた矢先、とある夢が突然俺の現実を()()()


夢の内容はいつも同じ 傍に立つ悪魔、見たこともない異界の白銀の塔、見た事のない禍々しい生物とそれに襲われる人々、死者を抱く腕、そして()()()


そんな断片的な映像が流れた後いつも行き着く先は妹、瞳の死の光景だった。


もちろん、現実じゃない 妹は現に生きてるし、病床に伏せる彼女は今よりも確実に幼く、予知夢というにもおかしな話だ。だからどう考えても俺がかつて考えていた妄想の延長線上……もしくは深層心理からくるものなのだろう


けど、やけにリアルで目覚めた時に感じる感情の重みが“作り物”にしちゃ重すぎた。


最近じゃそんな夢の頻度と内容も濃さを増しており、ここは一度きちんと電波も入らない様な山奥で自然と、そして過去の自分の妄想と向き合うべきだと考えたのだった。



出発前、部屋のドアがノックもなく少しだけ開いた。


「兄ちゃん、ホントに行くの?」


瞳が、廊下から半分だけ顔をのぞかせる。


「行くよ。もう大学も休み入ったしなぁ、就活前の最後の自由期間ってやつ」


「ふーん……」


どうにも言いたげな顔で、彼女はドアの縁に寄りかかる。


「どうしたんだよ らしくないな」


「べつに。ただ……行く前に一言くらい、言うことあるんじゃない?」


「え、何? じゃあ……“俺の部屋がクサいって言ってごめんなさい”?」


「それは別件!」


「“お兄ちゃんのことを世界でいちばん愛してる”とか?」


「もっと違うわ!!!!」


バンッ、とドアが閉まりかけて――

すこしして、またすっと開いて、瞳がぽつりと漏らした。


「……気をつけてね」


「……ああ」


その一言が、なぜか強く胸に残った。


いつもみたいに騒がしくしてれば、ずっとこんな日々が続くと思ってた。

だけど、何かが変わるとしたら、きっとこんな“ちょっとした瞬間”なんだと思う。


俺は、心のどこかで祈るように思っていた。


(この日常が、ちゃんと“帰る場所”でありますように)



キャンプ場に着いたのは、夕方近く。


木々の匂い。鳥のさえずり。誰もいない静けさ。


俺は慣れない手つきでテントを張り、焚き火を起こす。


パチパチと薪が爆ぜる音が、心地よく鼓膜を叩く。


バッグから、ひときわボロボロのノートを取り出した。


表紙には、“せかおう”と、マジックで書かれている。


古びた表紙。中には、世界設定、キャラ紹介、魔法詠唱、必殺技、死亡フラグの定型パターンまで――

俺の“全部”が詰まっていた。


ぜんぶぜんぶ、書き殴った。まるで祈るように。


現実に耐えきれなかった頃の俺が、必死に自分をつなぎ止めた跡。


あの頃の俺は、人間関係はぎこちなく、夢もなくて、自信もない。

何かになりたくても、何者にもなれなくて。


だけど妄想の中の俺は違った。

仲間に慕われ、誰かのために剣を振るい、世界すら救った。


空想の中では、俺は“必要とされていた”。


「俺はここにいる」って叫びたかったんだと思う。

現実じゃ誰にも届かない声を、妄想の中で響かせていた。


だから俺は、妄想に救われた。


でも俺はもう、“そっち側”で生き続けるわけにはいかない。

現実の俺は、まだ何者にもなれてないから。


(……ありがとうな。おかげで、俺は生きてこれた)


そっと、炎にくべる。


紙がゆっくりと燃え崩れ、淡く白い煙を立てて空に還っていく。


さようなら、もう一人の俺。

さようなら、英雄だった俺。



「……よし。供養、完了」



――これで、終わり。……そのはずだった。




次の瞬間、空が裂けた。


音も風もない。ただ、世界の“上っ面”がベリッと剥がれたような感覚。

森が、空が、視界がぐにゃりとねじれる。


「な、に……これ……?」


見間違いだと思いたかった。何かの自然現象、そう言う理屈で処理したかった。

でも、”直感”が拒絶した。


重力が狂う。空間が反転する。


世界が壊れていく。現実が、形を失っていくーー


――そして、俺は落ちた。





気がつくと、煉瓦造りの床で俺は横たわっており、身体を起こすとその異様な光景に驚かされる。

そこは現代アートの様にごちゃごちゃした街の広場で周囲には様々な時代や様式の建物、遠くには船や飛行機、潜水艦まで地面から()()()()()のが見えた。


しかし、何より異質だったのは――広場の中心に立つ少女の姿。


腰から生えた小さな黒翼、銀髪ストレート、長い前髪からチラッと見える赤い瞳、漆黒のドレスを身に纏う。夢で、何度も見た“悪魔”のような存在。


「ん、来たね マコト」


彼女は、前髪を描き上げながら気だるけに言った。


「ようこそ境界を越えし影。……で、君は()になりたい?」


そして俺は、理解した。


終わらせたはずの物語は、まだ終わっていなかった。


むしろ、今ここからが――本当の始まりだった。

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