9 圧倒
霞が実技を開始してから二週間がたった。
彼はなぜここが締め切られているのか、早々に気付いた、それは水異能の実習をするとそこいらじゅうが水浸しになり手に負えなくなるからだ。
また上級のスキルを使うと通常の壁ではもたない場合があるからだ。
だが、霞はまだそのレベルに達していなかった、未だに水が体にまとわりつくのを制御する訓練を続けていた。
彼は大きな透明アクリルBOXに入り、前ならえの体制で全身に力を込めていた。
「圧倒しろ、異能を押さえ込め、圧倒することがすなわち異能を使いこなすことだ」
小林の檄が飛ぶ。
休憩、前ならえ、休憩、前ならえ。
その繰り返しはひどく疲れる。
ここの所毎日実習が終わると、飯をかき込み風呂で半ば気絶しそうになり、動く死体のごとく歩みで自室に帰りベッドに倒れ込む、そんな生活をしている。
寛治も香里も自分の経験からわかるのか、彼に話しかけることはなくたまに手を振るくらいの接触になっていた。
だが今日の実習は違った小林は檄を飛ばさず、たまに霞を見に来ると「そうだ、そうだ、そうだその感覚を持ち続けろ」
など彼を励ますような言葉をいくつか投げかけて来た。
実習が終わり乾燥スーツに着替え、棺桶のような更衣室から出てくると、小林が近づいてきた。
「柊、いいぞこの調子ならあと一週間もあれば濡れた身体ともおさらばだ」
「本当ですか、よかった、でもなぜわかるんですか俺にはわかりませんが」
「おい、私は教官だぞ、そう言う点を見て導くのが役目だ、それとな、この手の実技は一定まで行くと急に上達するものだ」
霞は嬉しくなり全身の疲れが柔らかくなっているように感じた。
そのためか、食堂にいる寛治と香里に声をかけてみることにした。
「やぁ二人とも、ここ良いか」
霞がそう言うと二人は驚いたように振り返った。
「霞君どうしたん、大丈夫」と寛治。
「いやいやいや、無理しちゃだめだよ」と香里。
霞は、だいじょうぶだからと寛治の隣に座り今日会ったことを話して伝えた。
「やったじゃん霞君、俺は君をやれる男だと信じてたぜ~」
「うんうんうん、やったね霞君もうちょっとじゃん、ウチの教官はねそういう時一気に到達出来るって言ってたよ、3-4日で目標クリアもあるよね」
ひさびさに楽しい食事に霞は満足していた。
「うん、上出来だな」小林は笑った。
香里が言ったように、あれからわずか三日で身体の濡れを克服した。
霞はその場にしゃがみ込み「はぁ~ありがとうございます」と小林に答えた。
「全員揃え」小林が発すると、実習生が全員集まってきた。
「柊霞は初・歩・を乗り越えた、全員拍手」
実習室内に拍手と、おめでとうの言葉が響き渡った。
それから一カ月後。
霞は他の皆と同じプログラムをこなしていた。