67 手触り
新宿にある紀伊の国屋書店で霞は本を見繕っていた。
関心のあるジャンルは医学や人体のことを記した書籍、ショート・ショートの文庫本だった。
家にテレビが無く、関心もない霞は、暇が出来るとこうして本をまとめ買いしているのである。
十数冊選んでレジに向かい、会計をしていると書店員が話し掛けてきた。
「こちらニ千円以上お買い上げの方を対象に、くじ引きを実施しているのでどうぞ一枚引いてください」と言う具合なので、霞は特に考えもせずくじ引きを引いた。
「二等になります、こちら木工芸展示即売会の入場と特典付きのチケットになります」そう言って二枚のチケットを渡して来た。
エコバッグに本を詰め込んで店外に出て、チケットを見直す。
(これは二等に類するのか、好みがわかれるし俺もそれほど関心が無いな)
霞はチケットを上着のポケットにしまった。
池袋にもどり、部屋への階段を上がり、ドアを開ける。
買ってきた本をさっそく本棚にしまい込み、一冊だけ持ってテーブル椅子に腰かけ読み込んでいく。
小一時間読んだので、瞑想のために中断しようと栞を探し上着のポケットに手を突っ込むと、書店でもらったチケットが二枚出て来た。
取りあえずそれを栞代わりにして瞑想を始める。
日が暮れだした頃に瞑想を解き、再び読書をしようと本を手に取るとチケットが目に入った。
しばらくの間椅子にもたれて何か考えていたが、異端を取り出して異共の緑川のアイコンをタップし、文章を打ち込んでいく。
冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、立ったまま飲んでいると異端に着信があった。
手に取ると緑川からの返信がある。
「お誘いありがとうございます、木工芸展示即売会行ってみたいです明日空いてますがどうでしょうか」
と文章があったので、霞は時間と場所を指定して返信をした。
(木の異能だからって誘ったけど、迷惑じゃなかったか、早まったんじゃ)
と考えながら頭をかいた。
翌日、霞は新木場にいた、「新木場駅」と彫り込まれた大きな丸太材の前で待ち合わせである。
「お、お待たせしました」と言いながら緑川が近づいてきた。
薄手のミリタリージャケットに色のすすけたデニムパンツ、黒のスニーカーとリュックサックと言う見た目であり、オシャレとは言い難い雰囲気である。
「なんかごめんね、木の異能だから木工芸好きかなって早まってしまって」と霞が言うと「そんなことありません、施設では木に触れて馴染むところから始まりますし、実際の樹木も観察したりしていましたから」そう言って緑川はパッと明るい顔になる。
「そうか、良かった」霞がほほ笑むと緑川はふにゃけた顔をした。
展示会のショールームは歩いて十分ほどの場所にあった。
中に入ると家具やアート作品の他にキッチン周りのアイテムにと数多く展示されていた。
「へえ、すごいな、意外と面白そう」霞がそう呟くと「そうなんです、木は面白いんですよ」と緑川は楽しそうに言った。
二人はくまなく見て周り、色々な物を手に取る、緑川は普段よりも明るい感じに見える。
しばらくして触っても良い展示に緑川が歩を進めると、一つの作品の前で足を止めてくまなく触り出した。
「これを気に入ったの」霞が緑川の顔を覗き込むと、彼女は険しい顔をしている。
「これ、木異能者が作った物です、刃物を入れた跡も器具で仕上げた跡もありません、間違いないです」
緑川は作品のネームプレートをみてカウンターに向かった。
霞がついて行くと緑川が名刺を手にしている。
「どうするんですか」と小さな声で霞が声をかけると緑川は「佐々木さんに相談します」と言って異端をいじり始めた。
その後の緑川は口数が少なくなり、こまごました商品と記念品をもらって展示場を出て、新木場駅に向かった。
「きょ、今日はありがとうございました、楽しかったです」とにこやかにしたが、その笑顔はぎこちなく見えた。
それから三日後、霞は「手当」をもらいに支店に行き、佐々木の部屋に入室すると、堀田と緑川がいた。
「おお、堀田」と声をかけたが彼は気のない返事を返して来た。
「霞君か、君も関わっているのだから話を聞いて行くか、なに、先日の木異能者の件だ」
霞は新木場での展示会を思い出した。
「緑川の報告でな、木異能者を確保しに行ったのだ、何のことは無い名刺に住所が書いてあるから探す必要もなかった、そこは山深い場所で若い男が一人でやっている木工芸品の工房でな、我々が仔細を話すとすぐに納得したようでな、いつかこんな日が来るとおもっていた、とあっさりついて来ることを申し出たのだ」
「その人はどうなるんです」と霞が問いかけると「首枷をかけて施設に送らた」と佐々木は声を漏らした。
「山の中で静かに暮らしていただけなのに」霞が返事を返す。
「緑川は良くやってくれたと思う、見逃すこともできた、同じ異能の人間をだ、職務を全うしたのだ、正直私も後味が悪い」佐々木はそう言うと髪をかき上げた。
「わ、私は異管の異能者ですから」緑川は小さな声でつぶやいた。
霞は緑川の小さな背中を見て思った。
(くじ引きなんて当たらなければ、緑川を誘わなければ、あのまま栞にしてしまえば良かったんだ)霞は足元を見て立ち尽くしていた。




