53 パワードスーツ⑤
「諸君、非常に悪い知らせだ、昨日大阪支部の吹田支店が壊滅状態に陥った」
佐々木は渋い顔をして四人に告げた。
「壊滅って爆破とかですか」堀田が驚いた声をあげる。
「いや、言い方が悪かったな、四人いる異能者のうち三人が重症に近い怪我を負った」
「異能者が三人も、どうして」緑川が呟く。
「そこだ、なぜ異能者がそこまでの痛手を負ったのか、覚えているか、総社市でのパワードスーツ案件のことを」
「相手はパワードスーツを着た人間だった」霞が声を出す。
「その通りだ、怪我を負った異能者全員が鎧のようなものを着た相手で、異能がまるで通用しなかったと証言している」
「量産されていたのかよ、クソッ」堀田が怒りの声を漏らす。
「それで話の肝はなんですか」御剣が佐々木に問う。
「ふむ、気付いたか、君たち四人でそのパワードスーツに対応しろとの要請が来ている」
「前回でも危なかったのになぜまた私たちが」緑川が叫んだ。
「だからだ、前回は堀田が負傷したがそれでもパワードスーツの処理を完遂した、実績を作ってしまったのだな」佐々木はため息をついて四人を見た。
「非常に不愉快だが今回の掃除にも同じことが求められている、すまないが行って欲しい」
「どこですか、大阪のどこが現場なんですか」霞が佐々木に声をかけた。
「ん、ああ、大阪は高槻市の山中だ」
「いつ、行くんです」霞は続けて質問する。
「すぐにでもだ」
全員が色を無くす。
「そうだな約四十五分後に発車する新幹線をおさえてある、あまり時間が無いぞ、急いでくれ、それと、全員無事に帰るように」佐々木は絞り出すような声で言った。
品川駅の大阪方面行プラットホームで四人は無言で新幹線を待っていた。
堀田は靴先で地面に円を書いており、緑川はずっと下を向いている。
やがて新大阪行きの新幹線がプラットホームに入ってくると、四人はそれに乗り席に着いた。
「まぁさ、前回は霞君が手際よく片付けてくれたから大丈夫なんじゃないの」と堀田が作り笑顔で言った。
「同じ条件ならばイケると思うけど、うん、何とかなるよ」霞は堀田が場を和ませようとしているのに乗る返事をした。
「そ、そうですよね、前回は壁が有効でしたしとりあえず防ぐことが出来れば」と緑川が焦った様子で続いた。
「大阪、道頓堀見たいんですよね」と御剣がぼそりと口にした。
それが場の空気にあまりにもなじまない発言だったので、四人は声を出して笑った。
その発言が良かったのかそれぞれに、プレイヤーで音楽を聴いたり、ネットで何がしか検索して時間つぶしをしている。霞は新幹線の窓に頭をもたれさせて流れゆく景色を眺めている。
霞はボーっとしているように見えて実は思考を巡らせていた。
(何か気になるんだよな、光異能のスキル、ネットに接続できるアレが電気異能に通じるところがあるんだよな、ネット回線と電気、電気異能のスキルはまだもっと先があるんじゃぁないのか)
霞が施行を巡らせていると新大阪到着の案内が入ったので、全員下車の準備を始めた。
新幹線のドアが開き、全員が新幹線を降りて改札をくぐった。
「西口を出てすぐ右のレンタカー屋さんです」御剣が先に立って歩いて行く。
レンタカー屋は歩いてすぐそこにあった。
霞の名前で予約をしてあったので建物に入り、受付で免許証確認や、保険などの説明を受ける。
霞と店員が外に出て来たので、全員であまり重要でもなさそうな説明を聞きタヨト社のヤヴィスに乗車した
霞はシートに乗りシートベルトをはめ、異図を取り出してナビモードに設定した。
「どのくらいの時間かかるんだ」と堀田が声をかけてくる。
「一時間ってとこだな」とハンドルを切りながら霞が答えた。
しばらく走ると霞が左手で指し示しながら「もうすぐ万博記念公園が見えるぞ」と言ったので、皆色めき立った。
「あのキモい塔見えるんかな、動画でビーム出しているのを見たけど笑えたぜ」
「あ、観覧車ですよほら」緑川が指さす。
「ほんとだ、うおっあの尖ってるのが何とかの塔だろ」堀田が嬉しそうに身を乗り出している。
「太陽の塔ですよ」と御剣。
しばらく進むとカントリークラブの看板が見えてきたので「もうそろそろ現地です」と霞が発すると全員に緊張が走る。
やがて山間部に入り、県道から未整地の私道らしきものに入って行った、しばらく進むと軽トラやワゴン車などが停めてある場所に出た。
「いるな、堂々としている」霞が言うと堀田も続いて言葉を発した「見ろよ、監視カメラ二台、もうバレてるな」
壁を出せる御剣が最初に自動車から降りて、後から三人が続いて外へ出た。
立木の影に隠れながら進むと大きな建屋が見えて来て木陰から覗くと、すでに三体のパワードスーツが待ち構えており、手にはそれぞれ銃火器を構えている。
「いるのはわかってるぞ異能者ども、出てこいよ相手してやる」と大声を出して来た。
「隠れても無駄ですね、走ってすぐ壁を三枚出します」そう言うと御剣は駆け出し、全員がそれに続く。
御剣は壁を三面に斜めに展開した。
垂直よりも斜めの方が銃弾をはじきやすいためだ。
壁が展開されるのとほぼ同時に銃撃が開始された。
「AG74」は「イザマッシュサイゲ」より壁に着弾した振動が大きい。
その後に強い衝撃と爆発が壁を襲った「N203グレネードランチャー」である。
「壁がもたない、二重にします」御剣が叫ぶ
敵は横に移動しながら壁の隙間を狙うか後ろを取る狙いである。
こちらからはとても顔を出せる状況ではない、見えなければ異能での攻撃が出来ない、追いつめられている。
「三体いるなんて聞いてねぇぞぉ」しゃがみながら堀田が叫ぶ。
「まずいです隙間から狙われます」緑川が壁に張り付いて御剣に伝える。
「撤退、走りましょう」と御剣が言うと同時に霞が叫んだ。
「まて、まてもう少しだけこらえろ、今走り出したら背後から撃たれる」
霞は精神の深い部分にまで潜っていた(見えそうだ、見える、見えた)
霞は猫のような動きで立ち上がると目を閉じたまま片手を前に伸ばし、水糸を三本延ばした。
「あてずっぽかよ霞君」堀田が叫ぶ、それと同時に壁の隙間から銃弾が飛び込み緑川の脛をかすめ、背後に着弾した。
「ヒィイイイ」と緑川が甲高い声をあげる。
だが銃撃はそこで止み、壁への衝撃も発射音も聞こえなくなった。
「大丈夫だ、三体とも片付けた」霞が目を開けて壁を周り込んで外に出た。
「大丈夫ですよ、三体とも失神しています。
それを聞いて御剣はそろそろと壁を消していく。
そこには倒れ伏した三体のパワードスーツがあった。
「よっと」そう言いながら霞は着用者の手足をへし折っていく。
それを見た堀田は自分がそうされているかのようにしかめっ面をした。
「いったいどうやったんだよ霞君、あの状況でコイツらが見えていたのか」堀田が問いかける。
「みえていた、といってもこいつらの着ている物が見えていた、前から考えていたんだ、光異能はネットに接続できる、あれは電気信号だ、じゃあ俺も電気の流れを見ることが出来るんじゃないのかって」
「どういう理屈、つまりどう見えてたの」堀田が質問を返す。
「あいつらの来ているスーツは電気で動いているだろう、その電気の流れが壁越しに見えたんだよ、人型にね、それでそこを狙って隙間から水糸を通して電撃を流した」
「つ、つまり電気がある所は地中でも天井裏でも見えると言うことですか」と緑川。
「そうなるね」
「それって生活していく上で大変なんじゃないですか」御剣も質問してきた。
目を閉じてある程度の集中が必要だから、たぶん日常生活には問題ないよ。
「新スキルじゃん霞君、いいな俺も使いてぇ」
「たぶんできるよ、時間はかかると思うけど、異管の電気異能者の大半がこれを使えるようになれば、パワードスーツ対策が出来る」
皆顔が明るくなった。
(しかしあの銃火器は異常だな、どこかから流れ込んでいるのか、いずれそれも潰さないといけないのかね)
霞はそう思いながら「異端」で回収を要請した。
支店メンバー四人がソファーに座り液晶ディスプレイの画像に見入っていた。
そこには地図と建屋が表示されている。
「パワードスーツの件だが確度の高い情報が上がってきた」
佐々木はノートパソコンを操作して画像数点を追加した
「この画像は量産型パワードスーツの部品と思われる写真だ、AIによる画像マッチングも九十八%一致している、本部では以前から光異能者をWebに潜らせ、鹵獲したパワードスーツのあらゆる部品番号をさらったところごく平凡なパーツのみ一致を確認した」
「個人や機密性の高い部分も潜らせたんですか」と御剣。
「光異能者に潜れない場所などない、それも痕跡も残さずにだ、しかし今回あまりにも成果が上がらなかったため画像そのものも当たらせた、これが困難な作業でな、AIも導入したが雑音が高くこの数点の画像しか上がらなかった、おそらくスタンドアローンでデータを管理して、ごく古典的な紙・媒・体・でのやり取りで工程管理をしているのだろう」紙媒体を特に強調して佐々木が答える。
「それで、その数点の画像は、出所はどこです」霞が佐々木に問いかける。
「愛知県豊田市だ、地図と画像はその豊田市のものだ、豊田市はタヨト社とその関連企業が過密と言っても良いほど集中していてな、部品ごとに分けて隅の方で作業をさせても誰も気が付かん、作業者さえ何を扱っているのか知らない可能性さえある」
「じゃあ自動車工場で部品を制作して豊田市のどこかでスーツの形にしているってことですか」堀田が驚いたように聞いた。
「そこが難しい所でな、書面でスーツの発注が来ると何点かに分けて送付し、受け手側で組み立てている可能性も考えられている、だが試作試験などは必ず行われていると言うことで的を絞ったのがこの建屋だ」と、佐々木
「え、通常の建屋に見えますがどこが違うんですか」と緑川。
「うむ、まず完成した時期だが、君たちがパワードスーツと接触した時と建設が一番近い建物がコレなのだ、さらに周辺地域の建屋より壁面が頑丈で、監視カメラの数も多い、付け加えてタヨト社のデータベースには記載されていなかった建物がこれだ」佐々木が画像を指す。
「タヨト社内部も騙していると言うことになると」霞は建屋の画像を指さして言う。
「その可能性がある、社内のあるグループがスーツの制作プロジェクトを勝手に立ち上げたと言う線だ」佐々木は空中を指さす。
「無茶な、さすがにイントラネット操作で気付く人物がいるのでは」霞が指摘する。
「自動車部品は約一万点以上になる、隣の部署が何をしているのか、何の図面なのか知らないなどと言うことは容易に起こりえる、さらにこの企業では機密漏洩を危惧して、未だに紙で管理をしている部署が少なくない、書庫の鍵もバイトが管理している可能性さえある、差し替えは容易だ」と佐々木。
「で、いつ掃除に入るんですこの話をすると言うことは俺たちが行くんですよね」堀田が手を頭の後ろにまわして発言する」
「今回の掃除は沖縄を除く関東以西の全支店が当たる、大掃除だな」
室内にざわめきが漏れる。
霞たちは地下鉄鶴舞線に揺られていた。
「東京ほど混んでねぇな」と堀田がつぶやく。
「ち、地下じゃないですねこれ」
「どうも途中から路線が切り替わっているみたいだね」異図を見ながら霞が答える。
「豊田って言うから都会を想像していたんですが、なんだかのどかですね」御剣は車窓から景色を見ている。
豊田市駅で下車して辺りを見回す。
「自動車のモニュメントとかあるかと思ったけど何もないな」堀田が階段を降りながらつぶやく。
駅前は良くある地方都市のそれで、にぎやかでもなく殺風景でもなくと言う具合だった。
霞たちは指定された立体駐車場に入り「大阪公衆衛生局」のバンを探した。
ほどなくバンが見つかり、近づくと助手席のドアが空き「何支店さんですか」と運転手が聞いてくるので、池袋支店と答えると「どうぞ」と声があり全員中に乗った。
程なくバンは発車し運転手は何事か無線連絡をしている。
「田んぼと畑だな、でも所々工場があるか」堀田は窓の外を珍しそうに眺めている。
「豊田市と言っても奥まで行けば山の中のような市らしい、吸収合併して巨大化したんだろう」霞が異端で何か調べている。
しばらくすると前方に「大阪公衆衛生局」の車両が二台見えてきた、後方にもいつの間にか同じ車両が走っている。
しばらくすると小高い丘の上に写真にある建屋が見えてきた。
「目的地に到着します」運転手が言うと全てのバンが工場横に停車した。
堀田が最初にバンから降りて次に緑川と続いて行く。
他の車両からも続々と異能者が降りてくる。
堀田が先頭を歩き警備員に声をかける「岡山の総社市の件で聞きたいことがある、と工場長に知らせてくれ」
「細かい御用件はどのような」と警備員が答える。
「岡山の総社市の件、これで工場長わかるから」堀田は同じことを言った。
ただ事ではない様子に警備員は電話をかけて何事かやり取りしている様子だ。
やがて「中へどうぞ」と警備員が壁内へと案内する。
異能者全員がそれに続く。
作業着を着た数名がそれに気付き驚いた顔を見せた。
建屋の中に入ると初老の男性が作業着にネクタイ姿で立っている。
「私が工場長の瀬見川です、どういったご用件で」
明らかに狼狽している。
堀田は二枚の写真を取り出して瀬見川の前に突き出した。
「これ、聞いてるよね、ここ映っているの銃ね、俺の肩に当たったんだわ」堀田は凄みを利かせる。
「そのようなことは聞いておりませんが」
「じゃあもっとわかりやすく言うわ、お前んとこ対異能者用パワードスーツ作っているだろ」堀田がそう言うと、霞は工場内を覆うシートを引きはがし始めた。
他の者もそれに続く。
やがてパワードスーツが何事かの検査にかけられているのが見えた。
「おじさん、あるじゃないですか、正直に話してくださいよ」霞がスーツを指さすと、堀田が左手に電撃を浮かべた。
「い、異能者」瀬見川は後ずさりする。
他にも何名かが自分の異能を手に浮かべている。
周囲には作業服の人間が集まってきており、驚きの表情を浮かべている。
「はい、スーツを制作しております」と瀬見川。
「反社に流した」堀田は確信となる話を聞く。
「は、はい」瀬見川は観念した様子で頭をたれている。
「じゃあ、あんただけで良いわ、来てくれない、ここの連中は医療機械とか土木用とか説明してるんでしょ」堀田は親指で外を指さす。
瀬見川は頷いて堀田に肩を固められながら「大阪公衆衛生局」のバンに乗せられた
全員唖然とした様子でまた建屋の外に出た。
「掃除は終了、解散ですよ皆さん」堀田は道化じみて両手を広げた。
「ねぇどういうことですか」御剣が霞に問う。
「俺もさっぱりです、とにかく帰れるんでしょう」
霞は「大阪公衆衛生局」のバンに乗車した。
全員が納得できないと言う空気の中、堀田は「帰ったら支店長に聞け」とだけ全員に言い残して、バンに入って行った。
「わ、わけを話してください」緑川が堀田に聞く。
「佐々木さんに報告するまでまてよ」堀田はそう言って面白そうに笑った。
釈然としない空気の漂う支店メンバーは、池袋支店に戻ってきた。
「戻りました」堀田が佐々木の部屋をノックし、中に入る。
「指示された通りのことが起こりました」堀田がソファーに座りながら佐々木に言う。
「うむ、無事ならそれでいい」
「あのあの、何の説明も聞いていないのですが」と緑川。
「そうですよ、てっきり銃撃やパワードスーツでの攻撃があると思っていたのに」御剣も続く。
「冲田さん、ですね」霞は苦笑いしながら佐々木に問いかけた。
「そうだ、冲田さんの指示だ、まず報告をあげたら本部に呼ばれてな、お・そ・ら・く・反・撃・も・銃・撃・も・な・い・と言われてな、さすがに私も狼狽したがな」佐々木は呼吸を置く。
「冲田さん曰く現場のトップは白くなければならない、あくまで公共福祉に寄与した活動だと思わせること、だから武装はない、作業員は作業土木用のスーツと完全に思い込んでいる必要がある、すなわち危険は少ないと判断する、そう言われた」
「さすが冲田さん」と霞。
「で、ではあれだけの人数を集めたのは」緑川が問う。
「威嚇だ、あれだけの数の異能者が行けば観念する、次に危険な掃除になった場合だ、これに対応する意味が強かった。
「なんだか拍子抜けですね」と御剣。
「それだ、我々掃除屋は拍子抜けするような案件が多ければ多いほど良いのだ」
佐々木はにこやかな笑顔でそう言った。




