52 十二月
季節は十二月になっていた。
霞はモッズコートを首元までしめて、支店への道を歩いていた。
(年末も近いな、年末休みなんて無いんだろうな)
「掃除屋」の業務形態を省みて考えていた。
佐々木の部屋に入ると御剣は白いもももこしたフリースを着ていた。
「寒くなりましたね、年末も近いし」霞が話しかける。
「はい、北の方で掃除があると辛いですね」と御剣が返して来た。
「年末も年始も我々には関係ないぞ、何か起きれば正月でも掃除に出る、逆に無ければ五連休なんてこともありえる」
「元々掃除は週に一回から三回くらいですからそれを思えば余裕です」御剣が笑顔で答える。
「では本日の掃除だ」佐々木の後ろにある液晶ディスプレイにボロボロの建屋と二人の男が映し出される、看板には「ぐんま解体」と薄汚れた字で書いてある。
「昨今良く聞く導線泥棒と言うやつでな、ソーラーパネルの導線やら何やらを窃盗しているらしい、らしいと言うのは証拠がつかめていないからでな、警察も手を出しあぐねている、だから君たちが建屋に入りちょっと暴れてくれれば、騒ぎを駆け付けた警察官が敷地内に突入すると言う筋書きだ」
「妙な掃除ですね、芥を処理するわけでもないし」霞がそれに答える。
「そうだな、まぁデコイみたいなものだ」佐々木は手でカモのような形を作って笑う。
「場所は群馬県の江木ですか、時間かかりそうですね」霞が佐々木の方を向いて声を出す。
「そうだな、二時間と言ったところだ」
「東京公衆衛生局」のバンに乗車してしばらくは下道を進んだが「練馬IC」で高速に乗った。
バンはどんどん北上していくと景色は徐々に田舎のそれに変わっていく。
「東京からそれほどかからないのにもう山並みが見えるんだ」霞がそう呟くと御剣がそれに返答した「そうですね、だから都会の息抜きなんかで行く人や転居する人もいるみたいですね」
霞は以前に見た「北海道赤平市への移住と就職百万円支給」と言う特集を思い出していた。
バンは「波志江スマートIC」から高速を降り十分もしないうちに目的地に着いた。
「あそこにあるぐんま解体がそうですね」と御剣がささやく。
霞はそれに頷き、鉄板で囲まれた建屋に向かって行く。
引き戸は鍵がかかっていなかったので、そのまま中に入ると、男が二人煙草を吸っていたが、こちらに気付き大声をあげた。
「何の作業ですかい、大体のことはやりますよ」
「作業は俺たちが始めるんだ、掃除屋だからな」
霞がそう言うと二人ともハッとした顔をして身構えた。
男の一人が地面にうねっていたワイヤーを手に取るとそれを蛇のように操り、御剣の身体を絡めとった。
「異能か」霞はそう呟くと歩みを進めた。
「動くんじゃぇね、この女がぶつ切りになるぞ」
男が言い終わると同時に、御剣の身体に絡んでいたワイヤーがはじけ飛んだ。
「御剣さんは土の異能、あんたもそうだろう、効果無いよ」
御剣は「暴れます」と言ったかと思うと鉄板や鉄くずを建屋に叩きつけた、大きな音がして派手に建屋がひしゃげる。
「じゃあお前が死ね」そう言うと男はワイヤーを霞に向けて延ばして来た。
霞はワイヤーを手でそらせてそこに電撃を流す、男は昏倒した。もう一人の男はその場にうずくまっている。
その間にも御剣は建屋に鉄板を叩きつけているが、どことなく楽しそうに見える。
「御剣さん、そこまでで」と霞が叫ぶと同時にパトカーのサイレンが聞こえてきた。
警官が五人敷地に入ってきてそれぞれ何事か叫びながら走っていく、そのうちの一人が霞たちのそばに停まり「お役目ご苦労様でした」と敬礼をしてから走り出した。
霞たちは東京へ向かう高速道路を走るバンに乗っていた。
「御剣さん、派手にやりましたね」霞が掃除中のことを話しかける。
「はい、思い切り異能が使ってみたかったんです、そしたら楽しくなっちゃって」と御剣はクスクスと笑う。
(異能を思い切り使うか、山ごもりしていた時は良くやっていたけど、今はほとんどないな、ウデがなまってないと良いけど)
霞は夕暮れ近くなった山並みを見ながらそう考えていた。




