47 立て籠り②
「壁を出せる私が前を行きます、柊さんは後ろを警戒してください」小声で御剣が言う。
「俺だって壁は出せます、女性を前に行かせるなんて」霞が拒否の返事をする。
「私は壁を三年扱っているんです、この場合は慣れている者が行くのが定石です」
確かにその通りである、言い返せずに霞は御剣の後をついて行くしかなかった。
この店舗は格子状の商品配置になっており、しかも棚の丈が高いため隠れる場所が多い、隠れて進むには好都合だが、それは「芥」にとっても同じである。
通路が開ける場世に来ると御剣はゆっくりと周囲を見回し、通路は小走りに進むと言うことを繰り返し、通路の突き当りまで来た。
御剣はゆっくりと腹ばいになり、またゆっくりと棚から顔を出した。
「芥を確認」
御剣はゆっくりと起き上がり「柊さんも芥を確認してください」と小声で伝えてきたので、同じようにゆっくりと腹ばいになり周囲を見つめると、定石通り角の位置に芥が座り込んでいるのが見えた。
肩には確かに銃器のようなものが見える。
「芥を確認」そう言ってゆっくりと起き上がったがその時、霞のかぶっていたフードが菓子類の袋にあたり、袋は床に落ちて乾いた音を立てた。
芥は何事か叫びこちらを向いた、そのとたん芥の方角から何かが飛来し、二人の後ろにあった壁に当たり重い音を出し、商品ワゴンの上に落ちた。
同時に御剣は店舗のフロアに両手を付けると石造りの「壁」を立ち上がらせた。
「異能者です」
御剣が叫ぶと同時に芥の側から壁に何かが叩きつけられ、音を叩て床に落ちる音がした。
「この音、木の異能」すぐに御剣が判断する。
「なんで異能者が、それに銃を撃って来ない」
「わかりません、異能、銃、状況は芳しくありません」
霞は御剣の対応能力に驚いていた。
秒とかからず判断しているように見える。
(これがこの人が持つ本当の力、普段の様子からはとてもわからない)
霞の頭は瞬時に凪へとシフトした。
「御剣さん、縮地を使います、絶対に当たらない方法なので安心してください」
「柊さんがそう言うならそうでしょう、任せます。
言い終わると同時に霞は身体をゆらりと揺らす。
近くの壁がへこみ欠片が周囲に降り注いでくる、御剣がとっさに手で顔を覆う体制を取ろうとした瞬間だった。
「芥を処理」
霞の声が店舗内に響いた。
御剣が壁から出ると店舗内は酷い荒れようだった。
商品棚は倒れ反対側の壁は大きなへこみが出来ていた。
霞が奥の方で手を降っている。
床に散らばった様々な商品を避け、御剣は霞の元に向かった。
芥にはすでに結束帯がかけられ、昏倒している様子が見られた。
「あの、棚とかいったい何があったんですか」
「えーと、こう、壁から出てそこから縮地を使うと、丸見えになってしまうじゃないですか、だからまず右の壁に縮地で着地して次は斜め左の棚に、とまぁジグザグを繰り返してここまで到達したと、そう言うことで」
「あぁ、それとこれ、ショットガンはおもちゃでした」と霞はショットガンを肩に構えた、
「あ、回収依頼出しました」
いつの間にか御剣は回収依頼を出していたようだ。
しばらくすると「東京公衆衛生局」の局員何名かが現れ、芥を回収し、残る一人は裏口へ二人を案内し、横づけになっていたバンにいざなった。
バンに戻ると御剣が異端を開く。
「柊さん、このまま支店に戻ってこいとのことです」と霞の方を見て言う。
「いつものような解散じゃないんですね」霞は言葉を返す。
「うーん、今回はそうですね、面倒くさそうですね」と御剣はごもごも言っている。
霞はエネルギーバーとゼリー飲料を交互に食べ続け、暫くするとそのまま眠ってしまった。
「支店ですよ、柊さん起きてください」
声をかけられて目覚めた柊の顔は御剣の肩にあった。
「わぁ、すいません寄っかかってしまって」と霞。
「いいんですよ、柊さんお疲れの様子でしたし」
そのようなやり取りをして支店への階段を登り、佐々木の部屋へ入った。
「ご苦労だった、いや良くやってくれた」と佐々木がねぎらいの言葉をかける。
「ずっと見てたぜ、お前らちょっと映ってたぜ、後ろ姿だけど」と堀田が霞に声をかける。
「三人で待ってたんですか」
「テレビに報道される掃除をすることは珍しいからな、まぁ、勉強を兼ねてだが、今回の件はもっと複雑な一件でな。
そう言うと佐々木は液晶ディスプレイの画面を切り替えた。
「今回の芥は斉藤和彦、SNSに木の棒を浮遊させる動画をアップしていたところを異管がかぎつけた」佐々木が顔写真を示して言った。
「自分から異能を晒していくなんて馬鹿なのか」と堀田。
「意外なことだがSNSに異能を晒す例は無いわけでもない、承認欲求と言うヤツだろう、それで回収に向かった者が同行を求めると素直に従うそぶりを見せたが、玄関先に置いてある散弾銃を突き付けて脅して来た、まぁ、おもちゃだったわけだが」
「回収者がうろたえている隙に斉藤は逃走、回収員が探している間に、散弾銃を突き付けタクシーをジャックし千葉ニュータウンまで到達するが、前方で偶然にも飲酒運転取り締まりをしているのを見つけ、タクシーを捨てて、スーパーマーケットに闖入
立て籠りに至ったと言うわけだ。
「回収者はすぐに逃走の情報共有をしなかったのですか」と御剣が問う。
「そこが忌々しい点でな、彼らは逃走を許したことによる罰則を恐れ、自分たちで探そうとしたが、そうこうしているうちに立てこもり事件が発生、状況から自分たちが逃した異能者だと気付いた。
佐々木は強い声で言う。
「だがそれでも保身のために報告を怠った、相当混乱していたのだろうな、借金を返すために経理課の職員が金を着服し、マズいと知りながらも繰り返し、膨大な金額になる話と類似している案件だ。
「彼らは立て籠もりに異能者が掃除に入ったと知りその時点で、自分たちのミスを報告してきた、もう露見すると考えたのだろう」
佐々木はため息をつき腕を組んだ。
「そんなことがあるんじゃ芥は一般人だと言われていても気が抜けないな。堀田がソファーにもたれかかりながら言う。
「今回の件は許されるべきではないが、人間が作業する以上絶対ではないと言うことを理解するのに、十分な材料と言えよう」
佐々木は机に掌を着けて乗り出すように言葉を発した。




