4 住居棟
山田は最後に住居棟と呼ばれるスペースに霞を案内した
「入居者の個室がある棟だよ、異能者は皆ここで生活することになる、6畳程度の個室になるがまぁその程度の広さで十分だろう」
住居棟には風呂と洗面所にトイレが併設されていた、それらは共同で、風呂は一定時間にならないと解放されない仕組みだった。
霞は何か以前にも見たような、脳の端っこがチリチリと刺激される感覚を覚えた。
「校外学習会、そうだあれに似ているんだ、規模や設えはほぼ同じだ懐かしいな、あれは楽しかったな卒業アルバムに俺が映っていたっけ」
それを聞きながら山田は歩いたまま廊下に通じる三つめの個室で足を止めた。
「ここだよ、君のねぐらはここさ」
そしてしっかりとした引き戸をカラカラと開けた、その動きはスムーズだ。
中にはビジネスホテルに近い構成、クローゼットや小型冷蔵庫
大き目のデスクに大まかな棚が置かれていた。
「悪くないだろう、ある程度揃ってる、もし必要なものがあったらとりあえず管理室に着て申請してくれ、以前の入居者が置いて行ったものを支給できるかもしれないからね」
霞は自分がこの部屋で生活することを想像してみた、悪くない、生活用品は多分支給されるとは言え衣服の類がどうなっているのか気になった。
「服はどうなってるの、自前でそろえるのかな」
「制服があるよ、インナーシャツや下着は毎日支給されるあっとそうだ、君の服を忘れていたすまないがここでしばらく待っていてくれないか、そう言うと山田はどこかへ行ってしまった。
ポツンと残された霞は立ったまま部屋の内部を見回した、確かに悪くない。
彼はここになじみつつあることや、リラックスしていることを自覚した、だがそれは自分の置かれた状況に屈するようで抵抗もあった。
(なるほど、そういう風に作られているのか)
霞は今の自分を客観視してそう思った。
そこに山田がやってきた。
「いやすまないね、君にはこれを着てもらうことになるよ」
山田が掲げて見せたのはブルーグリーンのつなぎ服だった。良く見ると何カ所かにスリットがあり、所々に格子状のアタッチメントのようなものが付いている、霞が怪訝な顔をしていたので山田が柔らかい顔をして言った。
「なぁに夏場につかう通気性ジャケットのようなものだよ、それに身体の中心にはヒートゲルが付いているのさ、つまりヒートゲルで濡れを乾燥させその時の水蒸気が通気ファンで放出されるわけだね。
「それでこの状況、ずぶ濡れは少しはマシになるのか」
「なる、水異能に特化したスーツだ他の水異能でも結果は出ている」
霞は技術者がそう言うのならばそうなのだろうかと、半信半疑でスーツを身に付けた、スーツは重さを感じたがそれが確かに機能する証のようにも思えた。
「腰の所にパネルがあるだろう、そこのボタンを押すごとに強さが切り替わる、三段階だ。
霞は言われるがままにボタンを押すとコォオと言う音共にスーツが膨らみ、確かに風の循環を感じた。
ボタンを二段階三段階と切り替えるとその挙動と音が変わっていった、どうやら音で段階を判別する塩梅式らしい。
「あまり変わらないぞ、効果が無いんじゃないのか」
「焦るのではない、何事も段階と言うものがある今の状態からなら、そうだなぁ20分もあれば不快感が無くなるだろうね」
「おぉ、背中が暖かくなってきたちょっと気味が悪いな」
「ヒートジェルが効いてきた証拠だ、調子は良いようだね」
「これはいつまで着ていればいいんだ、まさか一生着るんじゃぁ無いよな」
「訓練を積めば水を操れるようになる、そうすれば割とすぐにずぶ濡れ状態は解消されるはずだよ、さて今日はこのくらいで良いだろう、あとは自由に動き回っていいぞ、ああそうそう鍵を渡しておこうか」
そう言うと山田は白衣の胸ポケットからカードキーを取り出した、そこらのビジネスホテルで良く見る変哲もないカードキーだ。
「これはICカード式と指紋認証式を合わせたキーになっている、カードの下に丸いマークがあるだろう、そこが指紋認証キーだこれに親指でタッチして同時にドアノブの上にあるパネルにタッチする試しに私がやってみよう。
山田はカードキーをパネルにタッチした。
ツツーと言う電子音が鳴った、これはカードが受け入れられていないと言う意味だろう。
「ほら今度は霞君の番だ」
そう言うと山田はカードキーを手渡して来た、それを受け取りパネルにタッチするとカッチと言う音が鳴った。これで解錠されたと言うことになるのだろう。
「ほらほら早く入った入った、十秒でまたロックされるぞ」
二人は再び部屋の中に入った「この扉はオートロック式ではないから出かける時はロックする知良いぞ」
「なんでオートロックじゃないんだよ、めんどくさいな」
「そこなんだがなぁカードを忘れて締め出しを食らう者が多くてな、いちいち解錠するのも手間がかかってなぁ一部リフォームの時についでに今の方式に付け替えたんだよ」
「さて、今日の所はこれでしまいだ、机の上にあるパンフレットに食事や入浴の時間、管内設備の利用手段が書いてあるはずだ、それを見て行動してくれ、ではね」
そう言うと山田は軽い足取りで廊下を歩いて行った。
「なんで食堂と風呂を案内した時に時間のことや利用手段を伝えないんだよ、でもまぁ書面の方が分かりやすいし忘れないか」
ひとりごちてベッドに倒れ込むと霞はそのまま眠りについた。