3 施設
霞は研究者の後をついて歩いていた、彼の歩いた後はうっすらと濡れている。
気が付くと四人いた研究者たちは一人になっていた。
(結局このおっさん以外の三人は一言もしゃべらなかったな、何のためにいたんだろうな、いやそうだあそこで俺がとる態度によって状況が変化したかもしれないんだ、あとの三人はひつようなものだったんだ、ノベルゲームかよ)
霞がぶつぶつ言っていると研究者が何事か話しかけて来た。
良く考えると自分はこのおっさんのことを何も知らない、向こうは一方的に自分のことを調べているのに不公平だと不満が頭をもたげた。
「なぁおっさん、あんたの名前くらい教えて欲しいな、そっちは俺のことを良く知っているんだろう、不公平だ」
「おう、忘れていた私は山田と言う」
「下の名前は」
「太郎、山田太郎だよ」
「本当の名前を聞きたいんだが」
「本物、そんなものは大したことではない、霞君もそれを知ったところで何か状況が変わるかね?本名だと称して伝えた名前が本物だと言う確信はどこで得られるのかな」
霞は言葉に詰まってしまった、山田の言うとおりだったからだ、えも言えぬ口惜しさと恥ずかしさが混ざった感情が湧いた。
「うん、じゃあ続けようか、ここは図書室」
山田が厚みある引き戸を開けると想像よりもずっと大きな図書室が広がっていた。
「広いだろう、並の高校や三流大学にも負けんよ、フフフ誰でも本の取り寄せ申請ができるんだよ、おかげで助かっておる」
「あんた...税金」
「言うなよ、霞君がこれから生活する様々なこともこれ税金だからね」
「望んで来たわけじゃないよ」
そのようなやり取りをしながら図書室を見回すと、雑誌コーナーが目に入った。
「あっこれ山と岩じゃないか、良く読んでいたんだ、これはちょっと嬉しいよ」
「ん、その雑誌は鈴木が好きで取り寄せている雑誌だよ、趣味が似ているのかもしれないね」
「鈴木ってのも山田さんの同僚かい」
「そうだ、入所者ではない、研究者の一人でな登山が好きなヤツだ」
「税金」
「言うな」
霞と山田は少しだけ打ち解けたようにみえた。
図書室の次はプールに案内された。広いスイミングスクールのプールに負けじ劣らじの規模だ。
ぱしゃぱしゃと音が聞こえて来たのでその方を見やると、一人ゆったりと泳いでいるように見えた、体型からして女性だろうか。
「そう言えば女の異能者もいるのか」
「当然だよ、数字の上でも男女大差ない人数だ、ああ、あそこで泳いでいるのは異能者だよまぁまたそのうち知り合う機会もあるだろう」
次は食堂だ、これも広く、テレビで見た自動車メーカーの食堂もこれくらいだったか、もっと大きかったかと見回すとホールには誰もいなかった。
調理スペースで女性が何かノートに書き込んでいるだけだった。
「飯時じゃないからね、誰もいないけど時間になるとドッと混むぞ、なにしろここにいる全員が食事をとるからね」
「あー忘れていた体育館があるが今は工事中なんだよ、見ていくかい」
「使えないんじゃあ見てもしょうがないな、だけどここまでの様子を見ると体育館もしっかりしてんだろうな」
それを聞いて山田はニカッと笑い、そのまま食堂の出口に向かった。
食堂から廊下を折れるとそこは風が通る渡り廊下が見えて来た。
「山田さん、外に出れるじゃないか、これで良いのかよ」
「首くび、枷があるだろう、ああでもここから出ても大丈夫だぞここから見てみろあの塀のな、外に出ると爆発する」
「にしても開放的と言うか、あれはグラウンドかい」
「そうだトレーニングには必要だろう」
「なあ山田さん、ここは表向きどんな施設として運営されているんだ、だっておかしいだろうこんなに目立つものを造って、いやどんな場所にあるかは知れないがどうごまかしているんだ」
「障がい者リハビリ就労支援センター」
「障がい者、あんたたち本当に支援されるべき人たちを置き去りにして俺たちみたいな改造人間モドキを育成することに税金を注いでるのかよ」
山田は渋い顔を見せたしばらくは何も答えず目を伏せていた。
「思っている...そう思っているんだよ私たちは、税金で君たちを縛り付けるのは何とか気を収められる、だが障がい者の名目で税金を引っ張ること、その看板を出すことには強い抵抗がある、私は君たちにも障がい者の方にも懺悔する必要があると思っている」
霞は予想外に返答に少しうろたえていた、研究者とはその対象に迫るのであれば何でもやるようなイメージがあったからだ。それこそ「日スポ」のオカルトめいた記事の様にだ。
山田達研究者は感情と喜怒哀楽を持った人間なのだ、たとえ異能者を管理している立場でもだ。
では異能者である自分たちはどうなのだ、人間なのか、霞は山田の背中を見つめることしかできなかった。