18 冲田
自動車はゆっくりと山道を進み水窪市街に出た。
いなかの小さな町だが2年間あの場所から一歩も出ずに生活していた霞にとって、ひどくにぎやかなものに見えた。
道路もそれまでの山道と違い、整ってゆったりとしたものに変わって行った。
しばらくすると大きな川にぶつかり、そのわき道を走る形になった。
ガードレール脇に「一級河川天竜川」とある、天龍とは粋な名前だと思っていると何やらボートのようなものを漕いでいるのが見えたが、霞にはそれがどんな名称のスポーツなのか見当もつかなかった。
長く走行した後「浜松北IC」の看板が目に入り、高速道路に入ることが分かった。
「おじさん、名前は何て言うの」
「私か、加藤太郎だ」
「太郎ねぇ」
霞は施設にいた山田太郎を思い出していた。
「加藤さん、俺はどこに連れて行かれるの」
「埼玉県だ」
「ふーん」
霞はいつの間にか寝入っていたようで、加藤に揺り起こされた。
「悪いが君が寝ている間に首枷をつけさせてもらったよ」
そう言われて首元を探ると確かにあの首枷がはめられていた。
「加藤さんこれいらないよ」
霞がそう言うと首枷は「ガチッ」と言う音とともに外れた。
それを加藤に投げてよこす。
加藤は慌てて退く。
「大丈夫だよ爆発しない、故障させてあるからね」
「お前が脱走できたのは、首枷の故障じゃなかったのか、どうやったんだ」
「おしえない」
加藤は慌ててどこかへ電話しだした。
首枷が効かないとかなんとかそんなことを話しているのだろう。
霞はその間に外に出たがそこは大きなサービスエリアだ「御殿場サービスエリア」とある。
「御殿場、だいぶ走ったんだな」
そこらをうろついていると、何かいい匂いがしてくる。
「牛くし味いちばん」とのれんの出た屋台があった。
そこに加藤が駆けつけて来る。
「おい、勝手にうろつくな逃げるつもりか」
「逃げるなら加藤さん気絶させてとっくに逃げてるよ、首枷もいらないよ逃げないから、まぁどうせ外すけど」
加藤はぐぅの音も出ないと言う顔をした。
所でお腹空いてさ、何か食べたいんだけど。
「うん、いいぞなんでも食え」
「おごりなの」
「いや、こう言うことには国から予算が付いてる」
それを聞くか聞かないかの内に、霞は「牛くし味一番」で注文していた
霞は牛くしの他に焼きそばを二つに大き目の麦茶を二本自販機で購入し。
ベンチに座ってガツガツと食べだした。
「よく食うなぁ」と加藤
「何も食べてなかったからね、それこういう食い物が久しぶり過ぎてうまい」
霞は全てを平らげ席を立つ。
「おい、どこへ行く」
「ゴミ箱とトイレだよ、大丈夫だよここに戻ってくるからさ」霞はそう言って歩き出す。
用を済ませた霞は加藤が座るベンチに戻ってきた。
「戻ってきたでしょ加藤さん」
「ああ、わかったお前は逃げる気が無い」
それを聞いた霞はニコニコとほほ笑んだ。
再び自動車で走り出すと霞はまた眠くなってきた。
目を覚ますと自動車は川沿いを走っていた、埼玉県なのだろうか。
しばらく進むと比較的大きな建物に自動車は入って行き、駐車スペースでエンジンを止めた。
見渡すと同じタヨト社のプロパックスが並んでいる。
外に出て加藤に問う「加藤さんなんでプロパックスがいっぱいあるの」
「お前もわかっていると思うが秘匿性の高い組織だ、それなりに偽装する必要がある」
なるほどねぇと霞が返す。
建物には「吉河市水道局」と表示がある。
(なるほどこれが偽装された名前なのか)
こうなるとどの施設も偽装じゃないかと思えてくる。
加藤がこっちだと手招きするので建物内に入った。
自動ドアが開き加藤に続いて霞も中に入る。
少し進むと加藤が胸ポケットからICカードを出し扉にかざす。
「お前も一緒に入れ」
「あっそうだ堀田はどうするの」
「作業員が回収している」
そう言われて振り向くと作業着姿の男性二名が堀田を引っ張り出しているところが見えた。
いかにもそれらしい格好だ。
加藤は二階への階段を登り、霞もそれに続いた想像よりも内部が広い。
「所長室」と札のある部屋の前で加藤が止まりノックした」
「加藤です、ただいま戻りました」
中から入りたまえと返事があった。
二人が中に入ると四人の男性が目に入った。
手前のソファには中年男性と壮年の男性が、中央のデスクにはまだ若さが残る男性が座っていた。
「柊霞を確保してまいりました」
部屋はシンと静まり返ったままだ。
「本当に首枷がないね、逃げようともしないんだって」
デスクに座る男性が声をかけて来た。
「はい、色々理由はありますが合理的に考えて組織に属した方が良いかと思いまして」と霞。
「うん、素直で助かる、ああ申し遅れた、私は所長の冲田新次郎だ」
「冲田さん今からでも首枷をかけてみたら」
「そうですよ、故障かもしれない」
ソファに座る二人はそう冲田に提言した、もう一人は黙って冲田を見つめている。
「いいですよ、首枷かけても」と霞。
それを聞いた冲田が引き出しから首枷を出し、ソファに座っている男性に手渡した。
その男はおっかなびっくり霞に近づくと、首枷をカチリとはめた。
しばらく無言が場を支配した後に霞口を開く。
「外して良いでしょうか」
「どうぞ」と冲田。
カチリと小さな音が響き霞は首枷を外して見せた。
ソファに座っていた男たちは慌てて壁に張り付く、爆発を恐れているのだ。
冲田はデスクに座ったまま少しも姿勢を崩していなかった。
「爆発、しませんよ、ねぇ加藤さん」
「そうです、柊は爆発をさせずに首枷を外せるのです。
「うん、面白いね」
冲田はそう言った。




