17 追手
昼食後に大木の下で瞑想をしていた霞と師匠は、ジャリジャリとした音が近づいて来るのに気付き目を開けた。
「自動車、ですね」と霞。
「来るものが来たようだね」
霞が山ごもりに入って以来自動車が来るのは初めてだった。
どん詰まりもどん詰まり、霞と成瀬の二人以外誰もすまないこの場所に訪れる者などいない。
となると──
霞と成瀬は座禅を解いて校庭の真ん中まで歩み出た。
坂道を登ってきたのは、タヨト社製のプロパックス、商用車向きの自動車だ。
助手席から若い男が降りてくる。
金髪で黒のジャケットに切れ目の入ったデニム姿、首元には首枷がある。
運転席からはスーツ姿の中年男性が降りて来た。
金髪はにやにやした顔でこちらを見つめている。
「おっさん、コイツで間違いねぇの」
「間違いない、ほら」
そう言うと金髪にタブレットを渡した。
「ほんとだまちがいねぇや、同じ顔だわ、ねぇあんた柊霞君でしょぉ」
金髪の問いに霞は答える
「そうだ、柊霞だ」
「脱走者はっけーん、ねぇ霞君いっしょに来てくれない」
「いやだと言ったら」
「漫画とかではこういう場合相手を叩きのめして連れて行くよね、そう言うこと」
「やってみろ」
「お約束の言葉ぁ、負けフラグだぜ」
その様子を見て成瀬は脇にどいた。
「ああ忘れてた、自己紹介ね俺は堀田信二、電気の異能、あんた半異で水異能しか使えないんだって、だから相性で勝っている俺が来たってワケ、あと純粋に強いから俺」
「俺を発見するまで二年もかかる組織に組みしているアンタが強いって」
「あぁん、てめぇを見つけるのに時間かかったのは諜報部の連中だ、俺の強さに関係あるかよ、抵抗するなら殺しても良いって言われてんだ」
「おいやめろ」
中年男が言うか言わないかの内に堀田は霞に掌を向けた。
「おいてめぇ、当たりやがれ!カスの半異がよう」
堀田は無数の電撃を放っていたが霞にギリギリのところで避けられていた。
堀田は息が上がっている。
また一発電撃を放つ。
霞が避ける。
(遅いな、師匠の動きに比べたらのろますぎる、だいいち構えで方向が丸わかりだ)
霞は初めての異能同士の戦いでも平静そのものだった。
「クッソ、考え方を変えたぜ、そこのおっさんは仲間だろ、こいつを」
堀田は全てを言い終わらないうちに膝から地面に崩れ落ち、それを霞が受け止めた。
何が起きたのか。
運転席に乗っていた男は全てを見ていた、が見えなかった。
(なんだ、何が起こった、いきなり柊が堀田の前に現れて柊が倒れたぞ、どういうんだ)
男は狼狽している。
成瀬には見えていた、霞はダッシュのような姿勢を取ると一瞬で堀田の前まで移動していたのだ。
「縮地か、良い判断だ、いや判断と言うより勝手に動いたな霞のヤツ、それで首元に電撃を流し込んだ」成瀬は霞の動きに感心していた。
「縮地」字のごとく地を縮める技法である、一瞬で間合いを詰め相手に攻撃を叩き込む。
なぜ霞が縮地を使えるのか、彼の体内にめぐる水と電気が自身の動きを何杯にも増幅し、さらには電磁砲の要領で身体をはじき出したのだ。
(縮地、本当にできるヤツが生まれるとはな、ワシでも避けるのがやっとだ)成瀬は修行中のことを思い出していた。
「おじさん、コイツ生きてるよ、殺してない」
「な、ひ、何をやった」
「ないしょ」
「で、俺を連れて行こうってことなんだろ」
「そうだ」
「じゃあ行くよ」
霞は意外なことを言い出した。
「見つかった以上、もうここにはいられないし、逃げてもまた捕まえに来るだろ、それに俺は死亡届が出ているし医療機関も多分他のいろいろなところに手が回ってるんだろ、だったらもうアンタらの組織に入った方が面倒がないよ、それでいい?おじさん」
急に話を振られて男は狼狽を隠せない。
「あ、ああ、大人しく来てくれるなら問題はない」
「じゃあ決まりだ」
そう言うと霞は成瀬の所に歩いて行った。
「師匠、長い間お世話になりました、俺アイツらについていきます」
「いいのか、ここにいても構わんぞ」
「師匠に迷惑が掛かります、それと俺が行ったらここを出てください、アイツらは絶対に師匠を殺すかつかまえるかしに来ます、お願いします」
「わかった、元気でやれよ」
「師匠もお元気で」
霞はタヨト社のプロパックスの所まで戻った。
男がプロパックスの後部座席に堀田を運び込もうとしている。
「違う違う、堀田は助手席、俺が助手席だともし後部座席にいた堀田が目を覚ましたら後ろから異能使われるかもしれないだろ、俺は後部座席から堀田を見張る」
男は身体をビクリとこわばらせながら、堀田を助手席に乗せた。
程なくして、タヨト社のプロパックスは校庭でぐるりと向きを変えた、霞と成瀬は何も言わず互いに笑顔を向けて別れた。




