16 破
霞の異能がパソコンを再起動するかのように、扱いがガラリと変わった日から半年、修行の内容は劇的に進化していた。
まず座禅だが、異能を凪のような状態に固定する感覚を無意識化で行えるようになった結果「無」に近い状態に没入することが出来るようになった。
拳法は師匠と組み手を行えるまでに達した、ただしこれは異能を使う場合とそうでない場合でかなりの差がある。
電気の異能により全神経伝達を活性化した状態と、水異能をも拳法に応用した場合である。
水異能が拳法に応用できるのは人間の大半が水で出来ているからだ、水を操ることを自身の体内で行うことで身体の挙動や切れが大きく違う。
およそ想像できないレベルである。
異能を用いた拳法と、用いないそれとは一日おきに行われた。
「もはや異能は君自身と言っても差し支えない状態、になっている、しかし返してみれば異能に頼っているともいえる、初歩から組み手瞑想までを異能を一切用いない修行と、異能を全開した状態でのそれを繰り返すのだ。
「そのこころは」
「異能が使えなくなっても戦えるようになるためだ」
「戦う、師匠との修行のことですか」
「違う、君の言っている施設の連中がいずれここをかぎつけるかもしれんからだ、いや、ワシは必ず来ると思っている」
「なんでも連中は異能者を使ってヤクザもんなんかと戦わせるつもりなんだろう」
「そうですね」
「霞君、君は異能を使いすぎるとどうなる」
「え、うーん、ああ腹が減りますね」
「異能でそんなにガンガンやっているとエネルギー切れをおこす、するとどうなる」
「あ、戦えなくなりますね、これはまずいんじゃ」
「ふーん、ワシも今まで気付かなかったのが悔やまれる、今日から異能を節約する、いやもっと微細にコントロールしてエネルギーの消耗を抑えるのだ。」
異能の微細なコントロールを始めた時から、技の種類が少しづつ増加していった。
自ら考えて作り出したものと、自然に湧き出した物の二通りあった。
霞は自分の異能をどのように制御、発達させるのか考えるのが好きになっていた。
将棋や囲碁で、強くなるたびに新しい一手に達し、より巧妙な相手と相まみえられる喜びのような状態であろう。
気が付くと二人は一日の大半を修行に費やし、それ以外の時間は畑の手入れと掃除くらいで、成瀬は罠の設置をやめてしまった。
霞が成瀬に収入が減るからと修行時間の短縮を申し出たが。
「なに、前にも言ったが蓄えは十分にある、それにワシは楽しい、面白くて仕方ないんだ、君は日々微細だが進歩しておる、ワシもあわやと言う攻撃を修行で打ち出してくる、それにワシも進歩しておるんだ」
そうなのである、霞が自身で腕を上げたと思うと成瀬はまた先に行ってしまうような感覚があったのだ。
「霞君、異能状態での組み手が大分変ってきたぞ」
「本当ですか」
「より繊細に、そうだな無駄が無くなってきた、異能を最小限にして組み手を行っているのが良くわかる。
「あまり意識はしていなかったのですが」
「それで良いんだ、意識してはいかん熱いものを触った時にとっさに手を引くように、無意識化で反射的に動くことだ」
「水のようにですか」
「そうだ、水のようにだ」
霞は考えていた。
(師匠に全く追いつける気がしない、異能での組み手も勝てる感覚が無い、本当に進歩しているのか)
守破離と言う考え方がある。
初歩は手本や見本を「守り」、慣れてくると守っていた手本を「突破」する、到達地点に至ると「離れ」自らの道に入ると言うような考え方だ。
霞はこれの「破」の状態に到達しているのだろう。
この状態は一番懊悩が深い地点である。
その状況を見抜いているのか成瀬は言う。
「なに、すぐだよ、すぐ、こう言うのはたまりにたまったものが一気に噴き出すように全てが変化するのだよ」
「そうですねまだ一年もたっていない、思い上がりでした」
「ふふふふ、ワシのころはもっとこう、ギラギラして早く強くと考えておったが、今思うとあれではいかんねぇ」
「俺の場合は師匠が良いですから」
霞がそう言うと成瀬はニカッと笑った。
そして
霞がここに来て二年が経過した──




