14 雷
成瀬がここに住むワケを聞いてから一か月ほど経過した。
ストレッチは順調で前屈をするともう少しで掌が畳みにつく程になっていた、
型の方は基礎の基礎をやったあとで、拳打や前蹴りなど技と呼べるものを習う段に入っていた。
追加の修行としてランニングをすることになった、とは言っても運動場を走るのではなく山沿いの小道を走るのである。
地面は凹凸が多く笹が飛び出しているので非常に走りにくく、毎日ランニングをしていた霞でも相当にこたえた。
「中から外にー外から中にー」
座禅の方は効果がそれほど感じられなかった、ただ腹は空いた。
異能の修行は座禅の後に行われた。
「ふんうん、水砲にキレと言うのかまとまりが出て来たな」と成瀬。
「自分でもそう思います」
「ワシはずっと考えておったんだが、君の異能は君の内側から発生しているのだと思う、いや当たり前だと思わんでくれ、臓器や身体そのものだ、心臓、脳、足腰、や胃腸、」
「そうだ、人間の身体は六十%が水だと言われている、君の異能はなんだ、水だ、つまり身体そのものが異能で構成されている、それと電気の異能、あらゆる神経は電気信号で動いている、これもまた体中が異能で構成されていると言える」
「ですが、施設では相反する異能で同時に展開できないか、同時に展開すると自身にダメージを追うと習いました」
「君はまだ固執しているのか、今はゼロから再出発の最中だ、心中がそんな状態では話にならんぞ、それに異能はまだ良くわかっていないのだろう、施設とやらで習ったことが正しいとは限らんぞ。
「ではどうすれば」
「座禅をするときの頭だ、いきなりでなくても良い、あの座禅の心中で異能を使うこと、それと拳法の基礎の基礎である型、あれも大分様になってきている、あの時の身体、時間がかかってもいい、心を静めて身体を見るように探るように考えるのだ、いいや、考えてはだめだな瞬きをするように、心臓が鼓動するように当たり前で自然なように」
霞はとにかく基礎の基礎の型を取り目をつむった。
(中から外へー外から中へー、いや考えてはだめだ、型が崩れている、なおさないと、駄目だ考えるな)
霞の思考は渦を巻くようにからまりまた離れた、いつの間にか幼少期の記憶を思いだしていた、ぼやけた視界、うるさい音、母の声、眠りに落ちる時の感覚。
そんな記憶は今まで無かったものだ。
自然に目が空いていた。
右手に火花のようなものが見える、身体が少しチリチリする。
右手が自然に動き、軽く前に押し出すようにぬめった。
その刹那破裂音と共に掌から何かが飛び出した。
霞が気が付くと石垣には大きな穴が開いており、周囲の立木がぱちぱちと燃えていた。
成瀬が走り出し、バケツの水を必死にかけている様子がみえた。
霞はそのまま見ているだけだった。
しばらく後に成瀬がかけつけてきた。
「ふーー予想外過ぎたわ、なんだありゃ、おい、おおい、生きてるか」
「はっ師匠」
「気が付いたか、覚えているか」
「何がですか」
「あの石垣の穴、お前が空けたんだぞ、そんで火事になるところだったわ」
霞はぼんやりと思い出した。
「手が動いて、なにか出た」
「おそらく、いや間違いなく電気の異能だぞ」
「えっ、えええええ」
「そうだ」
ふと気が付くと日が傾いている。
「師匠、何分くらい過ぎました」
「一時間半と言ったところだな」
「いちじかんはん、俺は十五分程度かと、何が起きたんですか」
「完全に内に入っていたのだと思う、睡眠に近い状態だったかもしれん」
「え、立ち寝してたってことですか」
「そうではない、身体と心の状態が睡眠に近い状態だと言うことだ」
それを聞くと霞はその場にぺたんと尻もちをついてしまった。
「た、立てない、力が抜けて、腹がへりました」
「そうだろうな、あんな状態は拳法家でも見たことが無い、ちょっと待っていろ」
成瀬は家の方に駆け出し、石段を登り家の中に消えていった、暫くすると両手に鍋を抱えてゆっくりと霞の方へ近づいて来た。
成瀬は二つの鍋をどんと霞の前に置いた。
中身は大量の水と、同じく大量の煮豆だった。
成瀬が、今はこんなものしかないがと言うか言わないかの内に、霞は水をごぼごぼと飲み始めた。
次は煮豆だ、両手に豆をつかみがむしゃらに食べている。
食べる、飲む、食べる、飲む。
そうこうしているうちに鍋は二つとも空になってしまった。
同時に霞は地面に倒れ込んだ。
「食って飲んで寝る、デカい赤ん坊だな」成瀬はそう言うと、霞を抱えあげ彼の居室である教室の隅にある布団に寝かしつけた。




