13 修行
拳法の基礎の基礎を初めて三日たった。
三日程度では何の成果も上がらず、身体のだるさが蓄積するばかりだった。
加えて畑の草むしりや、開墾作業があるため毎日へとへとになる。
今日も疲れて畳に胡坐をかいていたが、以前から疑問に思っていたことを成瀬に聞いてみることにした。
「師匠」
「なにかな」
「師匠はなぜ俺になにも聞かず世話を焼いてくれるんですか」
「聞いて欲しいのかい」
「いえ、そう言うわけでは」
「聞いて欲しそうな顔をしているよ、良ければ話してごらん」
霞は自分にあったこれまでのことを成瀬に伝えた。
「ふうん、巷ではそんなことになっているんだね」
「とは言っても、ほとんどの人間は知らないです」
「異能ねぇ、面白いね、実に面白い、聞く限り自分の体質みたいなものだろう」
「そうかもしれませんが詳しくは」
「うーーーん、ここ三日君の動きを見て柔らかいのにどうにも硬い部分があるなとは思っていたんだよ、その部分はおそらくその異能のせいだね」
「異能の、なぜそう思うんですか」
「うん、君が訓練を受けた時圧倒しろと教わったんだよね」
「はい、基本は圧倒から始まります」
「それだよ、力で制御しようとしている、自分から出て来たものを力で圧倒しようとしている、それはよくない、自分から出て来たそれは自分自身そのものだと思う」
「病気ともとらえられませんか」
「かもしれん、取りあえずその異能を見せてくれんか」
成瀬にそう言われると霞は外に出て成瀬の家がある斜面の石垣に向かって、水砲を2発放った石垣は水びたしになり倒れかかっていた木が折れて倒れた。
次に霞は水鞭を大木に絡ませると、木の枝にぶら下がりまた水糸でスルスルと降りてそのまま成瀬の元へ向かった」
「おもしろい、これはすごいね」
「はあ、でもこれは基礎の二つだけでぜんぜん」
「基礎なのか、だったらよかったな、まだ矯正できる」
「矯正」
「硬い、思っていた通り身体に力が入りすぎている」
「おもしろいぞ、これは拳法と合わせるとどう化けるかわからん、明日から異能を含めた訓練をするぞ」
「ん、ああそうだ、なぜ君の面倒を見ているかって話だったね、ワシも同じようにここに拾われてきたんだよ」
「どういう事です」
「ワシは20代で起業して30代で破産したのだよ、破産宣告だね、良くある話さ妻は実家に帰り子供たちもそれについて行った、わずかな持ち物と金しか残らなかった」
「これからも良くある話、自殺しにここへ来たんだね、この辺り一帯の山は好きな場所でね、何度か登山をしたんだ、だからこの山で死のうとわずかな金と駄菓子程度の食料、それとロープをもって山道を登っていたんだ」
「その時自動車が通りかかってね、お前どうした顔色が悪いぞっておっさんが声をかけて来たんだね」
自分の時とほとんど同じだと霞は思っていた。
「今のワシと同じくらいの年齢だなぁ、なつかしいな、それで半ば強引にここに連れてこられて、飯を食えだの掃除しろだのと、ハハッ全く同じだろう、その人もワシに何も聞かないんだな、ここからは君と同じでワシが何でこんなことをするのかと聞くに至ったというわけだ」
「自殺するのを見抜かれていたと言うことですか」
「そう言うこと、まぁ今思えば尋常じゃない雰囲気だっただろうからね、そう言うわけで全く同じだと思って君を連れて来たんだよ」
「でも自殺じゃなかった」
「ああ、驚いたよさっき話を聞いて」
成瀬は昔話はこれまで、と言いながらいつもの訓練に戻るように霞に言った。
次の日から異能も含めた訓練が始まった。
いつものストレッチと型を行った後、成瀬は霞を大木の元へ導いた。
「座禅を組むんだ、座禅、適当でいいよ」
そう言うと成瀬はその場で座禅を組んだ、きれいで自然な座禅だ。
霞もそれにならった。
「ワシの言葉通りにくり返すんだ」
「はい」
「中から外へー外から中へー中から外へー外から中へー」
成瀬は繰り返す
「霞もそれに合わせる」
何分経過したのだろうか、成瀬が「よし、良かろう」
と言ったのでお開きとなった。
その後は畑の手入れと掃除などをして過ごしたが、いつもより余計腹が減っているような気がした。
夕飯をガツガツと食べる霞を見て「腹が減っただろう、あの座禅は想像以上に腹が減るんだ、理屈はわからんがね、ワシもたまにやっておったが今日から毎日だな、おお、余計に飯を炊かんといかんな」
霞はそれを聞いて疑問だったことを成瀬にぶつけてみた。
「師匠、師匠はどうやって、その、生計を立てているんですか、食料とかガスとか」
「そろそろ聞かれると思ってたよ、主なものは狩猟だな、町で割と良い値で買い取ってくれる、あとは木を切り出して薪にしておろしておるよ、キャンプブームだとかでけっこう売れる、食い物は畑や山菜にキノコなどがあるからね」
「じゃあオレが来たことで作業が滞って収入減がなくなってしまっているんじゃ」
「ま、三、四日のことだから大したことはない、それにな、ここだけの話し以前住んでいた男が選別とか言ってそれなりの金額を置いていったんだよ、それもちょこちょこ手を付けておるがまぁまず五年は何もしなくても食えるよ」
「いや、何か安心しました、それとありがとうございます」
「なに、ワシは自分がしてくれたのと同じことをしているだけさ」
霞は安心するとともに、自分が足を引っ張らないようにしなければと煮豆をかみしめながら思った。




