12 拳法
昼食を食べ終わりしばらくすると、成瀬は運動場に降りて行き妙な動作を繰り返し始めた。
その動きはキビキビとしていて見ていて、面白いような感じがした。
それに興味を持った霞は、運動場まで降りていき、成瀬に声をかけた。
「格闘技か何かの型ですか」
「おぉ、そうだよ、ここは時間が余って仕方がないからね、暇なときはこうして型をやったりイメージトレーニングをやったりしているよ。
「何の格闘技ですか」
「日本拳法と合気道のごっちゃになった物だね、他にも混ざっているけど」
「しばらく見ていてもいいですか」
「うんいいよ」
霞はそこらに転がっていた丸太をもってきて椅子代わりにして、成瀬の挙動を眺めた。
それは流れるような動作で、とても五十代そこらの人間の動きとは思えない。
時に強く、しなやかだ。
どうやら相手がいる想定で動いているようで、攻撃をいなすような動作や、素早く後方に跳ねるような動きをしている。
「見ていて面白いかね」
「面白いです、すごいですね、動画で観た拳法よりキレがあるように見えます。
「ガキの頃からやっているからね、身体に染み付いているよ」
「そうだ、霞君もやってみないか、どうせここでは暇な時間がたくさんある、時間つぶしにもなるぞ」
霞は少し考えこむと
「やってみます」と答えた。
「よし、では今からワシのことは師匠と呼びなさい」
「はい、師匠」
「では早速基本から始めるか、決めたら早い方がいい」
成瀬は校舎に向かい歩き出し、扉を開ける。
「あぁしまったな、しばらく掃除していないし畳もつんだままだ、まずは掃除からだな」
成瀬はそう言うとどこからか箒とちり取り、バケツに雑巾を持ってきた。
二人は教室の箒がけを始めた、大量のほこりと塵屑が出てくる。
一通り箒がけを終えると、成瀬が水を汲んでくるように言ってきた。
「校舎を出て右端に水道があるからそこから汲んできてくれ」
成瀬の指示に従うと、洗濯機と水道があったので、水道から水を汲む
それを使って雑巾がけを始めるが2-3回雑巾がけを行うと、雑巾は真っ黒になってしまうので、何度も水汲みを行うことになった。
三十分ほど経過したころ成瀬が、もういいだろうと言うので雑巾がけはそこで終了となった。
「フロアが乾くまでしばらく放置だな、あぁもう飯時だな昼飯にしよう」
昼食はご飯に大量の煮豆とナスの煮びたしに味噌汁だった。
相変わらず味噌汁はおいしい。
「豆が多いですね、作っているんですか」
「いや大量には作れないからね、仕留めたシカやイノシシと豆を袋一杯交換してくるんだ、豆は栄養価が高いし体を作るのに最適だからね」
「豆もおいしいです」
「そりゃぁよかった」
「昼飯が済んだら畑へ入ろうと思っとったが、修行の初歩にするかね」
それまでしばらく休んでな」
成瀬がそう言うので、霞は食器を片付けると、また運動場に出てベンチにすわり空を見上げた。
田舎と言えば広く澄み渡る空を想像していたが、谷底にあるようで思うほど空が見渡せない。
しばらくそうしていると、成瀬が現れて「じゃあ畳を敷こうか」と言うので、二人で畳を敷くことになった。
コレが案外大変だった。想像していたよりも畳が重いのだ。
霞はこれだけで疲れでしまった。
「じゃあこれから基礎の基礎を始めるからね、まずはストレッチからだよ」
「本当に基礎からなんですね、型とかからと思いました」
「まず身体を作らねばならん、特に柔らかさと体幹だね」
二人は畳の上でストレッチを始めた。
「一通り見てみたけど結構柔らかいね」
「ありがとうございます」
「でもまだまだ足りないからね」
成瀬はそう言いうと霞が前屈しているところに無理やり力をかけた。
「いたたたた、痛いですキツいですよ」
「なに、これくらいやらんといかん一時間続けて休憩をはさんでまた一時間の二セットだよ」
霞はあぜんとした、これを二時間も、そう思うと軽く教えを乞うたことを後悔し始めていた。
二セットのストレッチを終えた霞は畳に転がっていた。
身体が痛いが所々甘く気持ちよい感覚もあった。
ダウンしている霞を見て成瀬が言った「ちょうど良くほぐれて身体も良い具合に力が抜けている頃合いだろう、基礎の基礎の型を教えるぞ」
型を教わるとなって霞は嬉しくなった(あの演武みたいなのをやれるのか、楽しみだな)
そう思っていた霞の期待は裏切られることになる。
「ほれ、力が入っとるもっとゆったり構えるんだ」
霞は脚を前後に出して腰を落とし腕を軽く開いた形を維持し続ける修行をしていた。
「全然だめだな、力が入っている、柔らかくならんと」
そう言われても霞は精一杯柔らかくしているつもりだった。
「水みたいにならんとだめだ、緩やかに流れて柔軟に形を変える、水をイメージしろ」
(水みたいに、水は俺の異能だぞ、異能のコントロールは制圧することばかり教えられてきた、水を緩やかにするのか、真逆じゃないか)
霞は自分の異能と拳法の考え方が同じ観念でありながら、全く逆であることに気付いた。




