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11 山ごもり

霞は男の車に乗ったが、なんとなく居心地悪さを感じていた。

しばらく沈黙が続いたが、しばらくして男が口を開く。

「自己紹介してなかったな、俺は成瀬陽一ナルセヨウイチ

「俺は柊霞です」

「よろしくな霞君」

そうこうしているうちに自動車はどんどん山奥へ入って行った、狭い道路であちこちに窪みができ、落石がそこら中にある。

対向車があってもとてもすれ違えるとは思えない。


「すごいところだろう、ここら一帯はワシ以外住んでおらんのよ。」

「はい、驚きました」

「あーあれ、あそこの岩見えるかな、あれ先月落ちて来た岩だよ、落石」

そこには軽自動車くらいの大岩が鎮座していた。

霞は今のタイミングで、あんな落石があったらひとたまりもないぞ、と怯えた。


しばらくしてきつい勾配でカーブを描く枝道に入った、枝道の前には小さな小屋があり、看板が立っている。

「バス停」

霞がそう言うと「すごいだろ、ここまでバスが来ていたんだ、今はもうワシしか住んでおらんのでここまでは来ないがね、路線自体は生きておるよ」


そうこうしているうちに車は開けた場所に出て、木っ端が積み上げられた軒の前で停止した。

「ここがワシの住処だ」そう言うと成瀬は車を降りた霞もそれにならい自動車からおりた。

辺りを見回すと、朽ちかけたジャングルジムやブランコ、うんていが目に入った。

「ここは元小学校だったのが廃校になった場所だよ、上にあるのが宿直室の跡で、ワシはそこで寝起きしている」

となるとこの広場は運動場になるのか、小さな運動場だなと霞は思った。


霞にはこのような場所に人が住んでいることが驚きだった。

しばらくぽかんとしていると、石段の上から成瀬が呼びかけて来た。

「朝飯くったか、今からだから一緒に食おうや」

「まだです、いただきます」霞は答える。

石段をカツカツと登るとそこには小さな家があった。

「入れ入れ」

「おじゃまします」

たたきの所には平たい石が置かれてありそこに成瀬が脱いだ靴がおかれていた、良く見るとそれは中学校で指定になっていた白い靴だった。

(大人がこの靴を履いているのをはじめてみた、なつかしいな)

座敷は毛羽の目立つ畳にちゃぶ台と本棚が置かれていた、シンプルなものだ。


「すまんな、すっかり冷めちまったが朝飯だ」

とちゃぶ台の上に味噌汁、ごはん、漬物を置いた。

「いや今朝、罠を見回ってたらイノシシがかかってねぇ、早い方がいいってんで町に卸しに行っていたんだよ、その間に飯はさめちまったってワケだな」

「ああ、それで朝早くから」

「そう言うことだ、まぁ食おう食おう」


二人でいただきますを言うと、霞はまず味噌汁から手を付けた。

「おいしいです、この味噌汁」

「だろう、町のバァさんが手作りしている味噌なんだよ、美味いんだよなコレが」

そのまま、霞はご飯と味噌汁を交互に食べだした。

腹が減っていたのだろう冷めたご飯でも美味しく感じられた。

食事を終えた霞は食器を洗うことを申し出た。


食器を拭いて食器棚に戻すともうやることは無くなってしまった。

霞がちゃぶ台の前に座すと、成瀬が言った。

「君と生活するにあたっていくつかの約束事を決める、まず飯はワシが作る、ワシの飯はうまいからな、食器を洗うのは君、次に毎日この家の掃除をしてもらう」

成瀬が提示してきたのはごく簡単なことばかりだった。

「それと畑の手伝いだなそっちの所にあるんだ」と成瀬は壁の方を指さした。


朝食を取った後で成瀬は「木を切り出しに行く」と言ってどこかへと消えていった。

霞が自分も手伝う旨を申し出たが「一人の方が早い」と言うようなことを言われたので、霞はこの廃墟同然の場に残されることになった。

家の中を見て周ったがガス式の小さな風呂と、薪を利用すると思われるストーブ、ボットン式の便所などくらいしか目立つものは無かった。


下の運動場に降りて辺りを見回しても先ほど目にした朽ちかけた遊具と、フィットネスジムより幾分か大きな校舎があるだけだった。

校舎には鍵が掛かっていなかった。

傍らには靴箱があり古びたサンダルや野球のボールにグローブと言った、雑多な物が押し込まれていた。

その中に不揃いのスリッパがあったので、霞はスリッパに履き替えて校舎に入った。


校舎の中には広く天井の高い、場所があり両面に黒板がついていた。

おそらくここが教室で一度に何組も授業をする塩梅なのだろうと思われた。

部屋の隅には何組かの布団とたくさんの畳が積み上げられていた。

校舎はじめじめとした陰気な空間だったが、一面にガラス戸が付いていたため明るさは申し分なかった。


教室からは廊下が伸びており小さな個室があり、中にはスキー板や登山靴、何がしかの獣のはく製があり雑然としていた。

もう一つの個室には長机がいくつかとパイプ椅子が置かれ、灰皿がいくつかぽつんとあった。

廊下が別棟に入るとひときわしっかりしたつくりの部屋に応接セットがしつらえてあった。

おそらくここは来客室か校長室だろう。

他の部屋は調理器具が置かれた給食室と、大き目のトイレと言った具合だった。


霞はやることが無くなり、朽ちかけたベンチに座り地面を見つめたり空を眺めたりしていたが、そこに成瀬が帰ってきた。

「暇だろう、午後からは畑に入るから頼むぞ、今日から山ごもりだから覚悟するんだぞ」と成瀬が笑いながら声をかけて来た。

(山ごもり...坊さんや修験者じゃあるまいし)

だがとりあえず居場所が出来たことに霞は安堵していた。





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