1 異能
治安が悪化した日本、東京。異能力を持った人間が現れ始める。
政府側とマフィア、ヤクザらに所属する異能者での攻防が繰り広げられる。
柊霞は半異能と呼ばれる中途半端で低い能力に目覚める。
霞は半異能で戦い抜くことが出来るのか。
政府の方針はいつも通り右往左往として、人口問題が相変わらず取りざたされる日本。
ビル群が立ち並び、夜景は眩しく、駅の工事はいつまでも続く良く知られる東京。
一見して平和に見えるこの都市は、ヤクザ、マフィア、半グレが警察組織では抑え込めないほどに広大化していた。こうなると当然付随してくるのはドラッグ、抗争、武器密輸など、気付かぬうちに市民を脅かす要素だ。
察する通りそれらは都市のスラム化を引き起こしていた。
そんな中ある噂が世間に静かに流れていた「妙な連中がおかしな事件に関わっている」そのような話だ。
都市伝説とでも言おうか...
柊霞は昨日から仕事を休んでいた。
部屋は男の名の通り霞み、いたるところが濡れていた、霞自身もまた雨に打たれたように全身ずぶぬれであった。寒さから小刻みに震えている。
この現象は仕事中に発生した。いつもの様にPCを繰り電話対応をしていたが、徐々に全身から水分が吹き出し書類が濡れキーボードは誤作動を起こし、とても仕事にならなかった。
上司に報告すると「多汗症ではないかね?とにかく仕事にならんだろう早引けしたまえ」と全身がうっすら濡れた霞を、ねめつけるように言った。
霞は自宅に帰る前に医者に行くことにした。スマホで検索するとちょうど良く診察が空いている内科クリニックがあったので、そのまま予約する。
多汗症が内科なのか何なのかわからなかったが、母親が「まず内科に行きなさいよ」と言っていたためそれに従うことにした。
混んでいると思った内科はさほど混んではおらず、20分程度で待つことになると看護師は霞に伝えた。その間も全身は濡れたままで、どころか余計にびしょ濡れになっていた。
クリニックの名前が入った安物のスリッパは水たまりと化し、テープで継いであるソファはぬらぬらと光っていた。
他の患者は怪訝な目で霞をチラチラと見ていた。見かねた看護師がバスタオルを持ってきて霞に手渡す。
診察の順番が回って来て診察室に入ると、頭部の禿げかかった恰幅の良い医者が椅子に座っており、お決まりの様に「今日はどうされました?」と霞に投げかけた。
「汗が止まらないんです!多汗症でしょうか?」霞は答える。
「いつ頃から?ほかに何か違和感ある?」「3時間ほど前です違和感はこの状態そのものです」
医者はいつもの手順と言う様子で聴診器を当て血圧を測り、喉と瞳孔を調べた。
その間にも医者は「こりゃあすごい汗だ」だとか「心臓も血圧も問題ないけどねぇ」とぶつぶつとこぼしていた。
そしてカルテに何かよくわからない文字をサラサラと書きつけながら「大きい病院で」と言いかけたところで、バッとかすみの顔を見やった、その目はぎょっとした様子だった。
「・・・うん、君ね大きい病院に行く必要はないからとりあえず一日二日自宅で待機していなさい、専門医がね行くからね」「自宅待機...?ですか」「う、うん、感染症が流行った時もそうだったでしょう?」
医者にそう言われたのだからそうするしかないのだと霞は思った。
クリニックを出て早足で駅に向かい、緑色のラインをした鉄道に乗り込んだ。
鉄道の中はスマホを見ている人ばかりで霞の様子を気にする人はほとんどいなかった、自宅付近の駅で降りるとすぐそこのコンビニでゼリー飲料や栄養ドリンク大量の経口補水液に食料を買う。
部屋ごもりをして一日が経過し朝の七時頃に訪問者を告げるチャイムが鳴った。
玄関に行き鍵を開けると黒いスーツを着た大柄な男が三人立っていた。
「柊霞さんですね?」妙な空気を纏う三人に気おされながら霞はそうだと答えた。
「あなたは特殊な疾患の疑いがあります、検査が必要ですので我々に同行してください」
「同行ってどこへですか?」
「ある医療機関としかお伝え出来ません」
霞はなにか猛烈に嫌な予感がして扉を閉めようとしたが、心得ていたとばかり一人の男が革靴のつま先を扉に差し込み閉じられなくした隙に、他の二人が強引に扉を引きはがし玄関になだれ込む。
「手慣れたもの」のようだ。
「仕方ありません、眠っていただきます」
男がそう言うと他の二人が霞をガッチリと押さえ込んだ。
「やめろ!やめろおおお!なんなグウ」霞の口にさるぐつわがカマされる。
そして手早い動作で注射器が首元に差し込まれた。
霞の意識はゆっくりと薄れていった。
天井がある、自宅の天井ではない。
冷たい感じのする天井だ。
霞はしばらく天井を見つめていた2分?10分?わからない。
ようやく身体を起こそうと力を入れると身動きが取れない。
ギシギシキリキリと言う音がする、どうやら拘束されているようだ。
一気に恐怖感と三人の男たちがフラッシュバックして霞は奇声をあげた。
おそろしい状況が分からない、なぜ拘束されているのか、拘束を解こう。
あばれるも全身が動かせない状況であり、ただギシギシキリキリと言う嫌な音が耳に入ってくるばかりだ。
そこへ妙ないでたちの人間が4人現れた。
「おちつきたまえ、おちつきたまえよ、柊霞君だね?」
「あんたたち何者なんだそれから話せよ!なんだよこれは!」
「わかったわかった我々は異能者管理センターの医師と研究者だ」
「研究者...俺を研究する...?」
「......そうだ」
「イノウシャって何だよ」
「そこからだね、漢字で異なる能力の者と書く、最初にはっきり伝えた方がいいだろう、異能者とは超能力者、エスパーのことだ、君はエスパーと言うことだね」
霞は色々なことが起こったため思考が鈍化してしまっていたが、一気に思考が覚醒し状況を理解した。
「俺がびしょ濡れになっているのはエスパーだから何だな?」
「そうだ、わかりが早くていい」
「ガタイの良い黒服は捕獲人、医者は俺がエスパーだと見抜いてお前らに連絡して自宅にいるよう指示した」
「パーフェクトだよ霞君!」
ここまでくれば当然行き当たる思考、自分の状況と合わせてカッチリ合わさるピース。
「あんたたちは俺に何をさせたいんだ、いやなんに使われるんだ」
「そうだ私たちはそのことを話したかったんだ、まぁ大雑把にいってね、ヤクザやマフィアをやっつけて欲しいんだね」
「断りたいが、この状況を見る限り断れないんだろうな」
研究者たちはにこりと笑った。